第3話 試練と覚醒のとき
セイジュが火魔法と聖魔法を覚えてから3ヶ月が経過した。なぜその間に中級魔法の練習をしなかったのか、理由は不明だった。ただ、フレメル先生が「2歳になるまでは中級魔法を使ってはいけない」と厳しく言い渡したため、その指示に従い、セイジュはじっと待つことになった。
3ヶ月間の間、セイジュはひたすら剣の修行を積んでいた。お父さん、レオン=ルミナスから毎日、素振りを1000回という課題を与えられ、それを続けてきた。最初はなかなか慣れず、腕が痛くて何度も挫けそうになったが、セイジュは毎日欠かさずに素振りを続け、徐々にその腕力と集中力を高めていった。
また、お母さん、セレナ=ルミナスからは治癒魔法の基礎を教わった。しかし、治癒魔法は魔力のコントロールが非常に繊細であり、セイジュにはまだ習得するには早すぎると感じていた。彼は努力したものの、魔法の効果を感じることはできなかった。けれども、セイジュは諦めず、いつか習得できる日が来ることを信じて練習を続けていた。
その3ヶ月間、セイジュは魔法と剣術、そして治癒魔法において多くのことを学び、成長していた。だが、心の中では次のステップとして、中級魔法を習得したいという思いが膨らんでいた。それでも、フレメル先生の言葉を守り、焦ることなく過ごすことに決めたセイジュだった。
そして、ついにセイジュは二歳の誕生日を迎えた。
その日、フレメルは満足げに頷きながら、ついに中級魔法の指導を始めることを告げた。セイジュは歓喜した。待ちに待った瞬間だ。これまでの努力が実を結ぶのだと思うと、胸が高鳴った。
最初に教わることになったのは、火属性の中級魔法――《フレイムショット》。その詠唱は短いながらも魔力の集中を要し、筋力と魔力制御の両方が求められる魔法だった。
詠唱:「連なる炎よ、射を成せ!」
効果:小型火弾を3連続で射出。中距離攻撃に適し、複数敵への牽制にも便利。
フレメルは一度だけ模範を見せた後、セイジュに言った。
「無理はするな。ただし、お前の可能性を信じている」
セイジュは深呼吸し、小さな手を掲げて詠唱を始めた。
「連なる炎よ、射を成せ──《フレイムショット》!」
魔力が収束し、空中に赤熱の火弾が次々と出現した――その瞬間だった。
ドンッ!!!
爆ぜるような魔力の反動とともに、セイジュの身体が後方へ吹き飛んだ。庭の芝を滑りながら数メートル後退し、地面に尻もちをつく。
「いったぁ……っ!」
火弾は途中で消え、発動には成功したものの、狙いもバラバラで威力も安定していなかった。なによりも衝撃だったのは、自分の身体が魔法に“ついていかなかった”という事実だった。
近くで見ていたフレメルは、すぐに駆け寄りながらも、その目は真剣だった。
「やはり……筋力が足りないな。魔力だけでは中級魔法は制御できん」
セイジュは悔しそうに唇を噛んだが、同時に燃えるような意欲が目に宿っていた。
「じゃあ……筋トレも、がんばります!」
その言葉に、フレメルは静かに笑った。
「よし、ならば鍛え直しだ。君の“器”を中級魔法にふさわしくしよう」
こうして、セイジュの新たな挑戦――“魔法のための肉体づくり”が始まったのだった。
セイジュは次の日から、魔法の練習ではなく――筋トレを始めた。
朝から晩まで、フレメルの指導のもとで課されるのは、魔法の詠唱でも魔力操作でもない。徹底した体づくりだった。
腕立て伏せ500回、スクワット500回、体幹トレーニング、背筋、ジャンプ連打、さらには腕に重りをつけての素振りまで……。まるで騎士団の訓練かと見紛うほどのメニューが、毎日繰り返された。
最初の数日は、体が動かなくなるほどの筋肉痛に苦しみ、涙を流すことさえあった。それでもセイジュは一言も弱音を吐かず、噛みしめるようにこう言った。
「これは……《フレイムショット》を、ちゃんと撃つためなんだ……!」
その眼には、燃えるような覚悟が宿っていた。
フレメルはその姿を見て、内心で「バケモノだな……」と呟いた。だが同時に、この少年がいつか本当に“神に選ばれし存在”になるのかもしれないという確信を深めていくのだった。
筋トレを始めてから、半年が経った。
最初の一ヶ月は、慣れない運動に体がついていかず、動けなくなる日も多かった。筋肉痛でベッドから起き上がれず、悔しさに涙をこぼすこともあった。
しかし、二ヶ月目に入ると少しずつ体が鍛えられ、日々のメニューを順調にこなせるようになっていった。
そして、三ヶ月目。フレメルから「負荷を上げる」と言い渡されたその日から、すべての項目――腕立て、スクワット、腹筋、背筋、ジャンプなどが、それぞれ五百回ずつ追加された。
合計一日千回を超える過酷な訓練。
最初はさすがにこらえきれず、泣きながらトレーニングを終える日もあった。だが、四ヶ月が過ぎる頃には、セイジュはそれらを当たり前のようにこなせるようになっていた。
まだ小さな身体に、確かな力が宿りはじめていた。
火魔法の中級魔法に初めて挑戦したとき、セイジュはその反動に耐えきれず、勢いよく吹き飛ばされてしまった。幼い体では、まだ魔法の威力と自分の肉体の釣り合いが取れていなかったのだ。
だが、そこから半年間にわたる地道な筋力トレーニングによって、セイジュの身体は着実に強化されていた。その成果は確かに現れ、再び《フレイムショット》を放ったとき、前回爆発してしまった地点を無事に乗り越え、魔法を発動させることには成功した。
しかし――。
今度は別の壁が立ちはだかった。初級魔法と比べて、明らかに中級魔法は魔力の操作難度が高く、セイジュの放った火弾は的を大きく外れ、思わぬ方向へ飛んでいってしまったのだ。
その日から、セイジュは魔力コントロールの基礎に立ち返ることにした。
毎朝、座禅を組んで精神を落ち着け、己の魔力の流れを感じ取る訓練を繰り返した。集中力を高め、意識と魔力を一致させるための練習を一日も欠かさず行った。
そして――一ヶ月後。
セイジュは再び《フレイムショット》を構え、深く息を吸って詠唱を唱えた。
「連なる炎よ、射を成せ──《フレイムショット》!」
今度こそ、魔力は自分の意思通りに流れ、三発の火弾が美しい軌道を描いて的の中心を貫いた。
その瞬間、セイジュの顔に達成感に満ちた笑みが浮かんでいた。
火魔法の中級魔法をようやく習得したセイジュだったが、火属性の中級魔法はそれだけでは終わらなかった。残る魔法は、あと二つ。さらなる高みを目指し、セイジュは次の魔法に挑もうと構えを取った。
そのときだった。
突如、視界がぐらりと揺れた。
「……あれ?」
声を出す暇もなく、強烈なめまいが彼を襲う。足元から力が抜け、膝ががくんと折れる。次の瞬間、セイジュはその場に崩れ落ちた。
地面に倒れ込んだまま、意識が薄れていく中、遠くから誰かの声が聞こえたような気がした。
だがその声も、やがて闇の中にかき消えていった――。
セイジュが倒れてから、目を覚ますことはなかった。
──一日、また一日と時間が過ぎ、やがて一週間が経ち、さらに一ヶ月。そして、気づけば一年、二年──。
セイジュはそのまま、四歳を迎えるまで、深い眠りについたままだった。
その間、フレメル先生は彼の昏睡を見届けたあと、「ためていた仕事を片付けねば」と言い残して街を離れた。セイジュの両親──レオンとセレナは、毎日交代で医師を訪ね、あらゆる手段を尽くして回った。
それでも、どれほど薬を試し、どれほど祈りを捧げても、セイジュが目を覚ますことはなかった。
もはや、王都でも評判となっていたその話を携えて、ついに二人は王国の城を訪ねることにした。
そこで国王は言った。
「……あの子は、“神に選ばれし勇者”。この国の希望そのものだ。そんな者が、ここで命を落とすはずがない。――とりあえず、こちらで預かろう。王城の医師団が24時間体制で様子を見守る。君たちは、しばし休んでくれ」
その言葉に、セレナははらはらと涙をこぼし、レオンは静かに目を伏せて頷いた。
セイジュが倒れてからというもの、二人はほとんど眠っていなかった。肉体も精神も限界を超えていた。
こうして、セイジュは王城に預けられ、静かな眠りの中で――また、ひとつの物語が動き出そうとしていた。