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ーー新しい名前ーー

 日が上る朝。まだ少し暗い時にケルトさんは目が覚める。


「ふぁ〜ねむ。とりあえず朝食……まだそこに居たのか?」


 ケルトさんは部屋の隅を見てそう言った。少年は一晩明けてもまだそこに居た。寝た…んだよなと微妙な反応をしつつ朝食作りを開始した。朝食を作っている間にトラさんやバクも起きてくる。


「ベッドで寝れば良いであろう?そんな所じゃ寒いし硬いだろ」


「……」


 少年は今だに震えが収まっていない。流石に不思議がったバクがケルトさんとトラさんに少年が聞こえないくらいの声量で話す。


「人間界に行ってあの者の詳細を調べようと思う。出来るだけあやつの家の近くに帰してやりたいしな」


「そこまでする必要あります?俺が間違えたあの道路付近で良いんじゃないですか?」


「可哀想であろう…」


 相変わらずケルトさんは人の心が無い。


「出発は明日くらいで良いだろう。それとトラ、其方はあやつの面倒を見ていろ」


「なっなんで俺が面倒を見るんですか!そういうのはケルトの役割だと!」


「仕方がないであろう。ケルトは気配をほぼ100%消せる。其方じゃ出来ないことだろう?」


「……」


 トラさんは少し不服そうにしているが納得はしている様子だ。人間界の調査は明日に決まった。

 一方、少年の目から見れば朝も昼も夜もあっという間に過ぎていくのだった。少年は眠る事も食べる事も飲むこともせず、ずっと何かに怯えている。

 その日の内に少年はケルトさんに話しかけられている声も、持ち上げられてる感覚も、全部しなくなった。分からなくなった。

 深夜2時。少年は力も入らなくなり気付いたら座っていた状態から床に寝転がっていた。


(もう……)


 空腹と喉の乾きなど感じず、ひたすらに悲しくて泣いた。虚しくて泣いた。そんな時、とても良い匂いがした。少年は何の匂いか分からないが、その匂いが少年の空腹と喉の乾きを思い出させてくれたのだ。


「おら、腹減ってんだろ?良い加減食え。死ぬぞ」


 良い匂いの原因はケルトさんだった。美味しそうな炒飯を持って少年の目の前にいる。少年は驚いた。こんな時間に自分を見てくれる人なんて今まで…居なかったはずだから。ケルトさんはすかさず文を付け足す。


「たまたま起きたから作っただけだ。良いから早く食え!」


ケルトさんはそう言うが少年はやはり口にしない。料理を美味しそうに見ているが料理を怖がっている様子だ。


「やっぱ食えねーのか…そんな不味そうか?これ」


 炒飯の入ったレンゲを差し出しながらケルトさんが悩ましそうに目をつむる。


(どうすりゃいいのかね〜…)


 再び目を開けると少年は口を開けて食べようとしている。口も震えて、涙目になりながら。ケルトさんは息を飲んだ。長いような短いような緊迫した時間が過ぎ、少年は口いっぱい頬張る。


 (おいしい…)


 少年は涙が溢れて止まる様子が無かった。何で泣いているか分からなかったケルトさんだが、少年がもう一口を求めている所を見て笑顔でもう一口口に入れた。これが少年の前で見せた初めての笑顔だった。少年に持っていたレンゲを渡すとガツガツ勢い良く食べる。


「そんな急がなくても誰も取らねーよ。あ、ほれ水飲め水。やっと飯食ったな、人間」


 ケルトさんは何かに突っかかった様子だ。


「人間…か。そうだなー、『イリウス』とかどうだ?」


「…………?」


 少年は口いっぱいご飯を入れた状態でケルトさんを見る。


「名前だよ名前。自分の名前覚えてなかったろ?」


「……!!」


 少年は目を輝かせて頷く。名前を貰ってさぞ嬉しそうだが、沈黙の呪いはびくともしない。

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