8 護衛
花殺は暫く陽介を見て、口を開いた。「覚悟があるのはいいけど、人を斬ることに熱心すぎると、ちょっと心配だわ」
「いやこれは人を斬るというより、罪を斬るだろう。悪いペルソナを消せばよりいい人になって、あいつのためにもなるから、別に殺人じゃないだろう」
「そう簡単ではないけど、まあいっか。敵の正体を特定したら、次はカードを手に入れるのだ。今回の敵は見た通り火属性だから、水が有利はずだ。ちょうどいい、今回はこの鮫ちゃんのカードを使おう」
「じゃあ一旦帰って護衛になってやろうか」
「ええ、そうだね」
そして二人が現実世界に戻り、陽介はまたパソコンの前に座った。
「メンバーシップ」ボタンをクリックして、「護衛」を選ぶと、確認ダイアログボックスがポップアップした。
「3000円かかってこれから一ヶ月間鮫姫珊瑚の護衛になります。よろしいですか」
陽介が「はい」ボタンをクリックすると、配信ルームに新メンバーを歓迎するCGが流され、コメント欄にも「『邪眼剣王』様、鮫姫珊瑚の護衛になってくれて、ありがとうございます」という自動メッセージが現れた。
ちょうど一曲歌い終わった鮫姫珊瑚もすぐそれに気づいた。「えっ、新メンバーですね。ええと、邪眼剣王さん、鮫ちゃんの護衛になってくれて、本当にありがとうございます。これから仲良くしよう、短い時間しか残っていないけど、よろしくお願いしますね」
陽介はコメントを一つ送った。「鮫ちゃんの単推しです(今月限定)」
鮫姫珊瑚はそれを読み上げて、笑って言った。「何その『今月限定』って、つまり来月は他の女のところに行っちゃうってことかな、このDDが。でも鮫ちゃん優しいから、許してあげるわ、へへ」
この間、コメント欄も賑やかになった。
「うわ、こりゃめっちゃガチだわ」
「あっ、バカがいる」
「気前がよいぞ、兄ちゃん」
……
陽介はコメントを気にせず、花殺に聞いた。「これで良いか」
花殺は手を伸ばした。「ええ、カードは既に手に入れたわ。じゃあもう一回行こう」
「またかよ、面倒だな」と言いながら、陽介はやはり手を伸ばした。
この時花殺はふと手を下ろした。「いや待って、配信ルームを閉じて、あんたのマイルームに切り替えろ」
陽介がウエブページの右上にある「マイルーム」ボタンをクリックして、画面は配信ルームから陽介のプロフィールに変えた。
「これか」と陽介が聞くと、花殺は頷いてもう一度手を伸ばした。
モニターに入ると、今回着いたのは広い和式の部屋だった。
入った途端、陽介は感慨深く言った。「いい部屋だな」
「それはそうだろう、あんた自分自身の心象風景だからな」と、花殺は言った。
「そうなの?じゃつまり、僕はこの部屋を思うままに変えられる、何でも思えば出せるってこと?」
「理論的にはね」
「じゃあちょっと試してみよっか」と言って、陽介が目を瞑ると、花殺は言った。「生き物は出せないから、美少女なんか思っても無駄だからな」
「人の心を読まないでくれんか」陽介はため気をついて目を開けたら、何かを思い出したように、「いや待って」と言ってまた目を閉じた。
「エロ本なんか思っても、極めて細かく想像しなければ、表紙だけの殻しか出ないからな」と、花殺はまた言った。
陽介は再び目を開けた。「だから人の心を読むな。ってかお前まさか本当に心を読めるんじゃないよな」
「読めねえよ。無駄話はいいから、ほら」花殺は刀を取り出して陽介に投げた。
「あっ、ちょっ、投げるなよ」陽介は両手で刀を受けた。
そして花殺は一枚の水色のカードを取り出して陽介に渡した。「これがあんたが先程買ったメンバーカードだ、鞘に付けて」
陽介はカードを受け取って見ると、カードには鮫姫珊瑚のファンネーム「水月」が書いてある。カードを鞘にある四角い窪みに置いてみると、完璧に嵌めた。そして白い鞘は窪みの周りから水色に染まり、間もなく鞘と柄は水色に染まった。
陽介は驚嘆の声を上げた。「おぅぅ、これは水属性を付与したな」
花殺は答えた。「正確に言えば、『鮫姫珊瑚』属性かな」
「とにかく抜いてみよう」陽介は右手を柄を握って、ゆっくりと刀を抜いた。刀身も澄んだ水色になり、水晶のように見える、それを見た途端陽介は再び「おぅぅ」と驚嘆の声を上げた。
しかし刀を完全に抜いたら、陽介は呆れた。
「おい、これ、どういうこと」と、陽介は花殺を見て聞いた。
「ふむ、刀身は伸びたな」
「ああ、確かに伸びた、前回よりはな。でもよ」と言って、陽介は刀を花殺の眼の前に持ち上げた。「柄と同じぐらい伸びただけじゃねえか、けれじゃ相変わらず戦えねえだろうが」
「カードを付けた後、刀身の長さは君がこのカードの主、つまり鮫姫珊瑚への愛が決めるのだ。彼女が好きになればなるほど、武器の完成度が高くなる」
「僕はもう結構好きだと思っているけどな」
花殺は頭を横に振った。「足りぬ、刀の力を完全に発揮するには、あんたがさっき送ったコメント通り、単推しにも負けない好きな気持ちが必要だ」
「好きな気持ちって、どうやって育てばいいだろう」
「簡単だ、彼女の配信を観て、投稿した動画や文字を見て、彼女の一挙一動を見極めるが良い。こうしてあんたは自然に彼女を理解し、彼女の努力を認め、彼女の才能に惹かれ、彼女の可愛さを知り、やがて心底から彼女を好きなるのだ」
「つまり自分を洗脳するってことね」
「そうは言えなくもないけど」
陽介は刀を鞘に収めた。「じゃあ早速、戻って配信を観ようぜ」
陽介は本日の配信を最後まで見届けた。
「皆、今日も鮫ちゃんの歌を聞きに来てくれて、ありがとうございました。次の配信は、ええと、明後日になります。次は歌いながらおしゃべり配信しよう、よかったら遊びに来てね。じゃあ今日はこれで、おやすみなさい」と、鮫姫珊瑚は最後の一言を言い終えたら、間もなく配信ルームは真っ黒になった。
陽介は背伸びして言った。「いや専念して聴くと、この子歌が上手いな、冗談抜きで。僕は音楽専門じゃないけど。まじでもっと好きになったかも」
「それなら、もう一度刀の長さを見てみようか」と、花殺は聞いた。
「ちょっと疲れたな。あの、花殺ちん、頼んでいい?僕の代わりに刀の様子を見てきて」
「分かったわ、マイルームに切り替えて」
花殺がモニターに入った後、陽介は独り言を呟いた。「ところで、花殺ちんって呼び方はもう抵抗しないね」
「何ぶつぶつ言ってるの」
「早っ!お、お帰り花殺ちん。どうだった」
「結構伸びたわ、この調子だと、もう一回配信見れば完全な長さになるだろう」
「おおそりゃいいぞ、また明後日の配信を見ればいいだな。じゃあ今日はもう寝ようか、おやすみ」
「ええ、おやすみ」と言い終わると、花殺は動かなくなった。