7 索敵
翌日退勤後、陽介はすぐに家に帰って、10分で晩ご飯を済ませた。鮫姫珊瑚はの配信は7時から始まる、後十数分だ。陽介は配信ルームに入ると、既に待機している人がたくさんいた。陽介はペンタブレットを取り出して、配信が始まる前の時間で未完成の絵を仕上げようとした。
「あんたの仕事はゲームアーティストなの?」と、モニターの隣に立っているフィギュアがいきなり声を出したが、陽介はそれを予想していたように、あまり驚かなかった。
「ちょっと惜しい、ゲームデザイナーだ」と答えながら、陽介の目はモニターから離れず、手も止まっていない。
「デザイナーも絵を描くのか」
「描かないね、普通は。これは個人的な趣味だ」
花殺はモニターの前に歩き、その絵を眺めて言った。「この子は誰」
「羊羹栗子というVTuberだ」
「なかなか上手く描いたな」
「ありがとう。ところで、昨日お前のファンと会ったよ」
「私のファン?」
「いやお前のじゃないか、性格も似てるから紛れちゃった。花殺のファン、つまり花恋民だ」
「花殺って、卒業したのでは」
「僕も同じ質問をしたよ、彼は卒業したってまだ愛が死んでいないって言った。でも確かに、花殺ちんはそれほど愛される大Vだからね」
「じゃああんたの愛は?死んだのか」
「まさか、僕の愛は卒業だろうがなんだろうが死なないよ。なぜなら、この愛は兼愛天下の愛、個体の行動には影響されないから」
「はいはい、要するにクソDDっていうことね」
「はははは」と、陽介は大笑いし、真顔になって言った。「その通り、クソDDだ」
「真顔で変なことを言うな」と言って、花殺に黙って陽介が色塗りするのを見ていた。
暫くして、「よし完成だ、セーブするっと」と言って、陽介はキーボードのctrlとSを押した。「でも投稿は後にしよう、今日は鮫ちゃんのことが第一だから。さて、そろそろ配信が始まるか」
お絵描きソフトを閉じてブラウザーに切り替えると、やはり配信ルームの画面は準備中の画像に変えた。陽介はイヤホンを手に取ってつけようとした時、ふと動きを止めた。そして陽介はイヤホンをパソコンから抜いて、サウンドデバイスをスピーカーに変えた。
それを見て花殺は言った。「私なら声を聞かなくてもいいよ、別に配信を観に来た訳じゃないから」
「それじゃつまらないだろう」と言って、陽介は配信ルームを全画面表示にした。
間もなく、配信は始まり、鮫ちゃんの元気な声が伝わって来た。「皆~こんばんは。今日も遊びに来てくれてありがとうございます」
いつもならコメント欄は「こんばんは」に満たされるはずだが、今は変な空気になっている。
「まだ配信する気?」
「こんばんは、ATMです」
「こんばんは、鮫ちゃん」
「まだガチいるかよ」
……
攻撃的な発言を送った人は大体すぐルームの管理人に発言禁止されたが、コメント欄の空気はあまり変わっていない。
「はい、皆のコメントを見ていますよ。皆さんは何でも言いたいことを言って大丈夫だけど、喧嘩はやめてね」と、珊瑚は言って、間をおいて続けた。「今週と来週の配信は予告済みなので、それを楽しみにしている人がいるかもなって思って、観たい人は一人さえいれば、鮫ちゃんは最後まで頑張ろうと思います。鮫ちゃんを嫌っている方にとってももう少しの辛抱だ、2週間なんてあっという間だ、その後鮫ちゃんは海に帰って消えるから。あはは…」
最後の笑い声を聞けば、作り笑いだと誰でも分かる。配信ルームは暫く沈黙して、また元気な声が響いた。
「ごめん、黙っちゃって、今ちょっと気持ちを整理したんだ。じゃあ早速、今日の一曲目、行くわよ…」
歌声が響いた時、陽介は花殺を見て言った。「今日は敵の正体を見つける予定だっけ、具体的にはどうする」
「一番早い方法は、バーチャル世界に入り、録音を投稿した人のペルソナを探して、直接に聞くのだ。あの人も今この配信ルームにいる可能性が高い、まずはそれを確かめよう」
「配信ルームにいる人を一部確認することはできるけど、全員は見えないし、検索機能がないよ。しょうがない、一々確かめていくしか…あぁいた、いたぞ」と、陽介は突然大声を出した。
花殺もちょっと驚いた。「えっ、そんなに早い?」
陽介は言った。「あぁこの『炎槍聖帝』という名前の人だ、結構高い位置にいるな。いや待ってこいつのファンレベルは…26?めっちゃ高いじゃねえか、道理ですぐ見つかったな。でもこう見ればこの人は鮫ちゃんの大ファンのはずだが、どうしてそんな録音を…まさか―」
花殺は陽介の話を遮った。「はいはい、憶測するな。もういると分かったら、中に入って直接に聞けばいい、さあ手を出して」
陽介と花殺がバーチャル世界に入ってみるると、舞台の前に集まっている人は前回の配信のより数倍も多い。その中の殆どが炎上を見物に来る野次馬だ。
その人たちを眺めて、陽介は花殺に聞いた。「ところで、前回もちょっと気づいたけど、変な格好をしてる人、多くねえ?」
人だかりの中で、半分ぐらいの人は現実世界の人と変わらない姿だが、他の人はアニメやゲームのキャラみたいに非現実的な格好をしている、人間でさえないものもいる。
花殺は答えた。「ペルソナの外見は大体、その人がバーチャル世界で望んでいる姿を反映する。つまりその『炎槍聖帝』という人を見つけるには、多分燃えている槍を持っている王様っぽい人を探せばいいのだ」
陽介は観客の前列に立っている背が高い男を指差した。「つまりあいつじゃねえ?めっちゃ目立ってるけど。じゃあ早速声をかけてみようか」
「待って、あと一つ注意すべきことがある」と、花殺言った。「あんたはバーチャル世界で絶対に本名を名乗ってはいけない、下手にするとあんたの三次元生活が影響されちゃうから。ここはハンドルネームを使え」
「ハンドルネームって―」
「つまり『邪眼剣王』と自称しろ」
「あぁお前、いつ俺のハンドルネームを見たか。嫌だよ、『こんにちは、邪眼剣王です』って言えるかい!恥ずかしいわ!」
「ここではそんなことであんたを笑う人なんかいない、いいから行こう。そうだこれを持って、もっと剣王らしくなる」と言って、花殺は陽介の刀を取り出して、陽介に差し出した。
陽介はため息をついて、刀を受け取った。「しょうがないな」
花殺は言い足した。「今回の目的は情報収集だけ、刀を持っていても喧嘩するなよ」
陽介は刀を抜いて見ると、刀身は相変わらず、だた柄の半分の長さだ。刀を鞘に戻して、陽介は言った。「そもそもこんなもんで喧嘩できるかよ」
陽介は人だかりを潜り抜けて背の高い男のところに辿り着いた。
「あの、すみません。炎槍聖帝さんですか」
男は陽介に目を向けて言った。「そうだけど、お前は?」
「僕は、えっと、邪眼剣王と申します」
「ほう、俺様に何の用だ」
「本当に笑われていないな」と思いながら、陽介は頭を早く回転させて次の質問を考える。「ええっと、実は、最近聖帝さんが投稿したあの録音にちょっと興味があってね。あれは渋谷で録音したっけ?」
「あぁ、あれか、あれは俺様が作ったものだ」
「えっ、作ったって、つまり偽物?」
「そうだ。男の声は自分の声を使えばいいけど、女の声はたくさんのアーカイブ動画から切り抜いて編集して作った。声真似AIも使って、それは大変だったぞ。どうだ、完璧な仕上がりだろう」
相手があっさりと白状すると思わず、陽介は驚かれた。「あっ、あぁ、はい、全く聞き分けがつかないよ、完璧だったね。しかし一体どうしてこんなことを」
「これは俺様を無視した当然の報いだ」
「無視したって、どういうこと」
「昔あいつがデビューしたばかりの時、ファンが少なくてさ、俺様がたった数人の護衛の一人、配信ルームに入る時、いつも挨拶してくれる。でもファンが増えたら、その挨拶が少なくなって、ここ数ヶ月は全く俺様の名前を口にしてねえんだ」
「いやファンが増えたら名前は一々覚えられないって、しょうがないことだろう」
「ふざけるな、彼女がここまで成長したのは誰のお陰だと思ってんだ」
「じゃあ、あの時の他の護衛たちもそう思っているのか」
「知るか、そんなことどうでもいい。今回の炎上でファンが減ったら、鮫ちゃんはもう一度俺様の存在に気づいてくれるのだろう。いや彼女はもう卒業するか、そりゃあちょっと残念だな、でも俺様のせいじゃねえぞ、はは、はははは…」
陽介は口を開けて何か言おうとしたが、結局ただため息をつき、もう一度人だかりを潜り抜けて花殺のところに戻った。
「録音は偽物だ、あいつが作ったのだ」と、陽介は花殺に会ったら、問われる前にすぐに言った。「あと、あいつはもう救いようがない、斬ろう」