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DD戦士  作者: 椎名未聞
6/22

6 花恋館

 翌日は月曜日、陽介はいつも通り出社した。週末に色々起こったが、陽介はそれを一旦忘れて仕事に専念した。退勤30分前に、陽介は次のイベントの企画書を完成して上司に送った。10分後、いつも通りOKという返事が来た。これで準備万全、後はプログラム部とアート部の同僚との打ち合わせだが、今日はもう間に合わない。陽介はイヤホンをつけ、音楽を聴いて退勤前の暇を潰した。

 退勤時間になると、陽介はイヤホンを外した途端、後ろから美星杏の声が響いた。「陽介~君」

「あぁ、杏ちゃん、来たか、じゃあ行こう。場所は分かるか」

「うん、調べておいたの」

「やはり杏ちゃんは頼もしいな、じゃあ案内頼むぞ」

「まっかせて」

 話している間、陽介は持ち物を片付けた。そして二人は打刻して会社の扉を出た。


 10分ぐらい歩いて、二人は高いビルの前に着いた。

「はい、ここの6階よ」と、杏が言った。

 陽介は頭を上げて見ると、やはりビル外壁に剣道場の看板がある。そこに書いている道場の名前は「花恋館かれんかん」だ。

 この名前を見て、陽介は眉をひそめた。「なんだこの名前は」

 杏は即座に応じた。「はいそれをツッコんでくると思っていたわ。でも私には素敵な名前だと思うよ」

「確かに素敵だけど、剣道らしくないというか…まあとにかく行ってみよう」

 ちょうどエレベーターが来て、二人はそれに乗って6階に着き。エレベーターを出ると、すぐに花恋館の入口を見た。

 入ると玄関に着き、少し前のところは道場の入口、そこに並んでいる靴の数から見ると、人は多くない。二人が入るのを見て、師範に見える三十代の男は道場の入口まで歩いて、道場に向かって礼をしてから、入口を出て迎えに来た。「いらっしゃいませ、お二人は剣道に興味ありますか」

 杏は答えた。「はい、入会希望です」

 男は言った。「ありがとうございます。会費は毎月3千円になりますが、年払いなら3万円になります。そして指導をご希望するなら、月謝は毎月4千円になります。あっ自己紹介遅れました、俺はこの花恋館の師範、上泉長綱かみいずみながつなと申します、剣道六段です」

「段位も名前もすごいですね」と、陽介は言った。

「はは、よく言われます。うちの両親も剣道家ですからね」と、上泉は言った。

 杏は陽介を見て言った。「陽介はどう思う?入会する?」

 陽介は言った。「いいと思うけど、とりあえず一ヶ月入会してみようか」

「じゃあ決まりだね」と、杏は上泉に言った。「ではまずは一ヶ月でお願いします」

「ありがとうございます、こちらへどうぞ」と、上泉は言った。

 二人が会費を払って名前を登録したら、入会の手続きは終わった。

 上泉は二人の名前を見て言った。「琴月陽介さんと、美星杏さんですね。今日は二人とも竹刀と防具を持っていないので、まずはそれを用意しましょう。入会期限は今度稽古に来る日から起算するから、急がなくていいですよ」

「本当?ありがとうございます。後、杏と陽介で呼んでいいよ」と、杏は言った。

「分かった。ちなみに、お二人は剣道を習ったことがありますか」と、上泉は聞いた。

「僕は高校と大学の頃習ったことがあって、今は初段です」と、陽介は答えた。

「私は完全初心者です。指導を受けた方がいいかな?」と、杏は言った。

 上泉は言った。「それなら、杏ちゃんはまずは陽介君に指導をお願いしましょう。それならお金がかからないし、二人で稽古した方が楽しいでしょう」

「はい、私もその方がいいと思う」と言って、杏は陽介を見た。「どうですか、師匠様?」

「初段までなら別にいいけど、師匠と呼ぶな」と、陽介は答えた。

 上泉はまた言った。「そうだ、武道具店ならこの階に一軒ある、値段が高くないし品質もなかなかだ」

「ありがとう、じゃあ早速行ってみない?」と、杏は陽介に聞いた。

「いやその前に、剣道とは関係ないけど、一つ上泉さんに聞きたいことがあります」と、陽介は上泉を見て言った。「上泉さんは、花恋民かれんみんでしたか」

 上泉は驚いたようだった。「えっ、そうだけど…まさかお前も?」

 陽介は頷いた。「やはりね、この剣道場の名前を見た時思っていた」

 上泉は言った。「でも先程の話、ちょっと間違っているよ。俺は花恋民『だった』じゃない、今でも花恋民だからね」

 陽介は言った。「でも彼女はとっくに卒業したのでは」

 上泉は言った。「花殺ちんが卒業したって、俺の愛はまだ死んでいない、今でも復活を待っているのだ。そうだ、実は俺は花殺ちんのファングループに入ったのだ。せっかくだから、君も入会したらどうだ、もちろんこっちは無料だ」

 陽介は答えた。「そうですね、誘ってくれてありがとう、ちょっと考えさせてね」

 杏は口を挟んだ。「あの、先から何の話をしてるの」

 陽介は説明した。「別に大したことじゃないさ。数年前に、花殺という、めっちゃ大人気のVTuberがいる、彼女のファンネームは『花恋民』だ」

 杏は言った。「へえ、剣道家もVTuberを観るのだ、しかもそのファンネームを道場の名前に使うなんて、よほどの大ファンだね。あっ、もちろん悪いとかじゃなくて―」

 上泉は笑った。「ははは、大丈夫だ。我ながらちょっとおかしいとは思っているよ」

 陽介は杏に言った。「では竹刀と防具を見に行こうか」

 杏は頷いた。「うん、じゃあまたね、上泉さん」

「あぁ、またのお越し、待っていますよ」

 二人が道場を出ると、杏は陽介に聞いた。「ところで陽介、上泉さんの段位も名前もすごいって言ったな、それはどういうなの?」

 陽介は答えた。「剣道の段位をもらうのに修行の年数が必要だ。彼の歳でもらえる段位は、恐らく六段が最も高い。名前なら、伝説の剣聖、上泉信綱かみいずみのぶつなの名前とはたった一文字違いだからね」

「へえ、そうなんだ」


 二人は武道具店で1時間費やした。杏は竹刀と防具を一々手に取って、陽介に使い道を聞き、陽介は倦むことなく一々説明した。最後は一人ずつ竹刀一本、竹刀袋一つ、剣道着一着買った。

「防具は要らないの」と杏が聞いたら、陽介は答えた。「まずは構えと足捌きの稽古、打ち合いは暫くはしないから、その時また買おう。お前がその前に諦めたら、お金の無駄遣いになる」

「諦めないし」

 二人が武道具店から出た時、外は既に暗くなった。

 杏は言った。「今日は付き合ってくれてありがとう。晩ご飯でも食べて帰ろう?私が奢るから」

「えぇ、奢るか、いやあそりゃ悪いだろう」

「いいのいいの、ご遠慮なく」

「よしじゃ寿司が食べたい」

「やっぱり遠慮しろ」

 結局二人は2階の牛丼屋で晩ご飯を済ませた。

 二人が階段を下りて1階に戻ると、杏は言った。「あんたんちどこ」

 陽介は会社の方を指差した。「あっち」

 杏は反対側を指差した。「私はあっち、じゃあここでお別れね。今度いつ稽古に行く?明日?」

 陽介は言った。「悪い、明日は用事があるんだ。明後日ならどうだ」

 杏は頷いた。「うん、いいよ。じゃあ帰るわ、バイバイ」

「あぁ、また明日」


 陽介はまず会社に寄って、自分の座席に先程買った竹刀と剣道着を置いた。家に着いたら、パソコンを起動しながら、花殺のフィギュアに声をかけてみた。「おい、いるか」

 返事はなかった。

 陽介はDDsiteに入り、新しい投稿を見たら、鮫姫珊瑚からの投稿はなかった。前の投稿をもう一度見たら、コメント数がたくさん増えた。陽介は見なくても、殆どが悪口だと分かっている。

 鮫姫珊瑚は今日も配信予定はないが、明日はある。それを観るのが、杏に言った明日の用事だ。

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