5 決意
陽介は花殺のところに戻り、花殺に言った。「おじさんのところに連れてくれ」
「もう決まったか」
「あぁ、決まった」
暫く陽介を見つめて、花殺は言った。「一つ教えておこう。ペルソナはほぼ独立した人格だと言える、だから嘘はつける」
陽介は笑って答えた。「はっ、お気遣いどうも。でも大丈夫、分かっているんだ」
「ならいいだろう、書斎への扉を召喚するのに5分ぐらいかかるから、少し待って」
「えっ、そんなにかかるのか。じゃあ待つしかないか」と言って、陽介は砂浜に座り込んだ。
ちょうど5分後、書斎の扉が砂浜に現れ、二人は中に入った。
相変わらず本を読んでいるおじさんは二人を見ると、本を閉じて言った。「ほう、昨日の琴月君ではないか、これは随分早い再会だな」
陽介は言った。「おじさん、僕はDD戦士になると決まりました」
おじさんは聞いた。「これは何かの理由があるのだろう、聞かせてもらおうか」
「はい、実は―」と、陽介は鮫姫珊瑚が炎上されることを話した。
おじさんは頷いた。「なるほど、つまり正義のためだな」
陽介は言った。「いや別にそんなに偉くないと思いますが。ただ、可愛い女の子を守りたいだけです」
花殺はタイミングよくつっこんだ。「うわこいつ、キモオタ発言を平然と吐いたな」
陽介は応じた。「悪いかよ、何と言っても人を守ることだから、キモオタだとしても正義のキモオタだろう」
「はは、そうだね」と、おじさんは笑って言った。「いいだろう、君の正義、おじさんは認めた。DD戦士になっていいぞ。ではまず一つ聞かせてもらおう、君は毎月、VTuberにかかるお金はどれくらいか」
「ええっと、3千円くらいかな」
「それなら、ちょうど良い」
「ちょうど良いとは?」
「DD戦士になるには、DD呪いを背負うのだ。君はこれから毎月3千円をかけて、一人のVTuberの護衛になる。それによって君は戦うのに必要な力をもらえる。注意すべきことは、毎月VTuberに使うお金はその3千円だけ、決してそれを超えてはいけない。そして、同一VTuberの護衛になるのは一度きり、どれだけ好きだとしても、決して二回護衛になってはいけない」
「道理でDD戦士と呼びますね。でもそれはなぜだろう、普通は課金すればするほど強くなるのではありませんか」
「それは、DD戦士が特定のVTuberをあまり好きにならないためだ」
「好きになり過ぎると、やばいですか」
「DD戦士の敵は何か、覚えているよね」
「悪意を持つペルソナでしょう」
「そうだ、では最も巨大な悪意を生み出すものは何か、分かるか」
陽介は暫く考えて言った。「もしかして、愛?」
おじさんは頷いた。「そう、好きになり過ぎると深い愛になる。その愛が裏切られたら、感情が崩壊してしまい、その愛は悪意になる。愛が深ければ深いほど、悪意が大きい。実際、この世界にはこうやって生み出された悪意がたくさんあるのだ」
陽介は聞いた。「それはつまり、裏切られなければ、単推し戦士とかもあり得るってことですか」
「理論的にはそうだ、試したこともあった。結局はリスクが高いことが証明された、元の戦士が敵になってしまうと余計に手強いし、元の戦友を始末するのもなかなかやりづらいことだ」
「なるほど、納得しました」
「では次は君が使いたい武器を選ぼう」と言って、おじさんは立ち上がり、後ろの本棚から表紙が真っ黒で書名のない本を引き出して陽介に渡した。
陽介はその本を開いた。最初のページは日本刀の画像、次のページは剣、そして槍・棒・弓等々、冷兵器の後、拳銃・ライフルなどの火器もある。
「銃があるのに、冷兵器を選ぶ人いますか」と、陽介は聞いた。
おじさんは答えた。「DD戦士の主な戦い方は物理攻撃ではない。護衛になることによって、武器にVTuberからもらう特別な力が付与される、その力を使って、強力な技を発動できる、いわば魔法攻撃だ。だから武器はただの器とも言える、自分が好きな形を選んで良い」
「なるほど」と言って、陽介は前に同僚の美星杏が言ったことを思い出して、最初のページに戻った。「ではやはり刀にしよう、僕は剣道をやってるから、万が一魔法攻撃が使えない時、物理攻撃もなかなか効くかもしれません」
「いい選択だ、ではこれを受け取ってくれ」といいながら、おじさんは机の下から、刀を一振り取り出して陽介に差し出した。
「はやっ!この机は四次元ポケットかよ」
陽介の反応におじさんは満足げに笑った。「ははは、実はおじさんは手品師でもあるのだ。さて、もう問題なければ、そろそろ最後の儀式にしようか」
「ちょっと待って、一つだけ、質問が」
「どうぞ」
「DD戦士になったら、やめることはできますか」
「君が護衛のメンバーカードを10枚集めた後、つまり10ヶ月後、いつでもやめることができる」
「分かった、もう問題ありません。儀式を始めましょう」
おじさんは頷いて、武器の描いてある本を最後までめくった。最後のページにあるは絵ではなく、一段落の文字だ。
おじさんはその文字を指し示して言った。「これはDD戦士の誓いだ、この言葉を朗読して下さい。そうすると、君は正式にDD戦士となる」
陽介はその言葉を一通り黙読してから、朗読し始めた。
「我はDDなり、我は戦士なり。我は善を守る盾なり、我は悪を斬る剣なり。我は推しを持たず、認知されず、覚えられず、称えられず。我が戦いは終わらぬ、嘘が真実に変わるまで」
朗読の声に伴い、陽介の左手に持っている刀の鞘が光を放った。読み終わると、光が散りゆき、陽介はその刀がまるで体の一部になったみたいに、自在に操れるようになったという、不思議な感じがした。
陽介が思わず右手を刀の柄にかけようとするのを見て、おじさんは声を出して止めた。「おっと、ここで抜くんじゃないぞ、切れ味を試すなら外でやれ。もう儀式が終わったし、これからの戦いは花殺が導いてくれるから、お前ら、もう行っていいよ」
「ありがとうございました」と、陽介が立ち上がって別れを告げ、二人は扉を出た。
書斎を出たら砂浜に戻った。遠いところに、鮫姫珊瑚はまだ一人で座っている、今日は配信予定がない。
「今抜いていい?」と、陽介は聞いた。
「ええ、いいよ」と、花殺が答えたら、待ち焦がれた陽介は即座に刀を抜いた、抜いた刀を見て陽介は呆れた。
刀身がとても短くて、ただ柄の半分ぐらいの長さだった。
「やっべ、おじさんは間違って不良品をくれてやった。もう一回行って交換してもらおうぜ」と、陽介は言った。
「よせ、不良品じゃない。まだカードを付けていないから」と、花殺は言って、鞘にある四角い窪みを指差した。
陽介は聞いた。「カードとは?」
花殺は答えた。「護衛になった後、手に入れるメンバーカードだ。でもカードを手に入れるのは、敵の正体を確かめた後のことだ。今日はもう現実世界に帰ろう。刀はあっちに持って行けないから、私が預かってあげるわ」
「おぉ、じゃあ頼むぞ」と言って、陽介は刀を鞘に戻し、花殺に渡した。
花殺は片手を上げると、手の前の空に小さな穴が開いた。花殺は刀をその穴に入れた。
「お前も四次元ポケット持ってるかよ」
陽介のツッコミを無視して、花殺は現実世界への扉を召喚した。「さあ帰ろう」