表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DD戦士  作者: 椎名未聞
3/22

3 DD戦士

「あっ、ちょっ」と叫びながらモニターに引っ張られた陽介は躓いて転んだが、痛くはなかった。陽介は頭を上げて見ると、自分がいるところは海辺の砂浜、柔らかい砂が転んだ体を守ってくれた。

 陽介は立ち上がりながら言った。「今度はもっと優しく引いてくれないか」

 話す相手はもちろん隣に立っている、自分を強引に引き込んだ花殺だ。

「あんたがもたもたしてたからだろう」と、花殺は言って前を指差した。「あれを見ろ」

 陽介がその方を見ると、砂浜に設けられた舞台が目に入った。舞台に立っているのは水色の長い髪の少女、同じ色のロングスカートを身につけ、マイクを持って歌っている。

「あれはまさか、鮫ちゃん?」と、陽介は聞いた。

「ええ、そうだよ、鮫姫珊瑚は海から来た、人間に変身した鮫だろう。だから彼女のバーチャル世界はこうなっている」

「あぁ、確かにこういう設定だったね」

「あんたの世界では設定だというんけど、ここでは紛れもない事実だ」

「そうだね。でもこのバーチャル世界は、現実世界とあまり変わらないな」

「バーチャル世界の景色はいわば現実世界の人間の心象風景、見たこともないものを想像するのはとても難しいから、殆どのバーチャル世界は現実に基づくのだ」

「舞台の前に立っているあの観客たちは、もしかして今配信を観ている人たちか」

「そう、あれは現実世界の人たちの精神の一部、あるいは魂の欠片、ペルソナ、好きな呼び方を使うが良い。観客だけでなく、VTuberたちも同じ概念だ」

「なるほど。ところで」と言って、陽介は少し躊躇って続けた。「僕もちょっと観客たちに混ざっていいかな」

「はっ、とっくに行きたかったんだろう」と、花殺は微笑んだ。「うん、いいよ。こういうことも経験しておくべきだね。でも3曲聞いたら戻りなさい、まだやることがあるから」

「よしぁ~じゃあ行ってくる」


 ちょうど3曲終わったところ、陽介は戻って来た。

「ただいま」と、陽介は海を眺めている花殺に声をかけた。

「ちゃんと時間を守ったね、悪くないわ。」

「はは、これは僕が持っている僅かな長所だからな」と、陽介はドヤ顔をした。

「どうだ、楽しんだか」

「おお、素晴らしかったよ、まるでライブ現場みたい。ところで、DD戦士になったら、いつもこんな風に配信を見られるのか」

「まあな。さあ、次はおじさんに会いに行くよ。こっちだ」と言いながら、花殺はいつか砂浜に現れた扉を指差した。

「誰に会うって」と、陽介は聞いた。

「おじさんだけど」

「だからどのおじさん」

「この世界にいるおじさんは一人しかいない、まあ見れば分かる。付いて来い」と言って、花殺は扉を開けた。

 扉の向こうには書斎に見える部屋、3面の壁にも本棚があり、本がびっしり並べてある。部屋の真ん中に机がある、その後ろに、本を読んでいる中年男性が座っている。黒に白が混ざった髪、ホワイトシャツの上に黒いフロックコートを着ている、眼鏡をかけている、男の外見は英国執事を思わせる。

 男が本を閉じて部屋に入った花殺と陽介に目をやると、花殺は言った。「おじさん、お久しぶり、この人は新しいDD戦士だ」

 それを聞いておじさんが陽介に目を向けると、陽介は軽くお辞儀をして挨拶した。「初めまして、宜しくお願い致します」

 おじさんは頷いた。「どうも初めまして。礼儀正しい若者だな、お名前は」

「琴月陽介です」

「お年は」

「22歳です」

「ふむ、悪くない。立ち話しないで、そちらの椅子に座って下さい」と、おじさんは机の向こう側にある二つの椅子を指差した。

 二人が座ったら、陽介は聞いた。「あの、おじさんのお名前は何でしょうか」

 おじさんは答えた。「おじさんには名前はない、おじさんと呼んでいい」

「えっ、そんな―」

「それより琴月君、君がDD戦士になってくれるのはありがたいが、この仕事のことをどこまで知っているかね」

 陽介は考えながら答えた。「そう言えば、今分かっているのは、DD戦士になったらこのバーチャル世界に入って、VTuberたちの配信を現場で観ることができる。これだけです」

 おじさんは頭を横に振って言った。「全然足りないな、では今から教えてあげよう。まずは一番大切なこと、戦士と呼ばれている以上、もちろん戦う敵とそれに伴う危険があるのだ」

 陽介は聞いた。「じゃあ、DD戦士の敵は」

「君が先程見た通り、このバーチャル世界には、現実世界から来たペルソナがたくさんいる。ところで、ペルソナは分かるか」

「大体分かっています、ゲームで学んだことがあります。つまり一部の人格でしょう」

「その通り。バーチャル世界にいるペルソナは大半VTuberのファンとしての善良な人格だが、悪意を持って他人を傷つけようとするペルソナもいて、更に他人を殺そうとする殺人鬼の人格もいるのだ」

「この悪意を持つ奴らがDD戦士の敵ですか」

「そうだ、悪意のペルソナは大きな破壊力を持っている、傷つけられたペルソナが受けたダメージは現実世界の人にも影響を及ばす。普通は一時的にむかついたり、しょんぼりしたりするだけだが、深刻な病気を起こすこともあり得る、最悪の場合は死に至る」

「つまり精神的ダメージ、トラウマってことですか」

「そうだ、理解が早いね」

「DD戦士が戦う時受ける傷も精神的ダメージになりますか」

「それは違う」と言って、おじさんは頭を横に振った。「DD戦士はペルソナではなく、人間だから、受ける傷は物理的ダメージだ」

「つまり、重傷を負ったら、僕は死ぬかもしれない、ということですか」

「そう、君がバーチャル世界で死んでしまったら、本当に死んでしまう。DD戦士は金銭的報酬をもらえない、もらえるのは正義を執行する満足感と現場で配信を観るチャンスだけだ。このようなことに命を懸ける価値があるかどうか、じっくり考えると良い」

 隣でずっと聞いていた花殺は口を挟んだ。「大丈夫、私はあんたを死なせないから」

「いやいやさすがにそれは大丈夫じゃねえだろう、命に関わるし」

 おじさんは頷いて言った。「うん、その方が良い、今すぐ承諾したら逆に心配だ。現実世界に戻ってゆっくり考えておこう、やると決めたらまた来るが良い」

「じゃあ今日はこれで失礼しますか」と、花殺は言って立ち上がったのを見て、陽介も立ち上がった。

「いってらっしゃい」と言って、おじさんはまた本を開いた。


 入った扉を抜けると、二人は陽介の部屋に戻り、またモニターの前の本に立っている。

 本から飛び降りて、花殺が言った。「じゃあ今日はこれで、今あんたを元のサイズに戻してあげる」

「待ちやがれ!」と、陽介が叫んだ。「ここで元のサイズに戻ったら机がひっくり返るぞ」

「そうか、じゃあまずはあんたが床に飛び降りて」

「飛ぶかい!このサイズで飛び降りたら死ぬだろうが」

 少し考えて花殺はため息をつき、しゃがんでおんぶの身構えをした。「しょうがないな、乗って」

「おっ、おう。こっ、こうかな」と言いながら、陽介は花殺の背中にくっつけて、両手を花殺の肩に置いた。触り心地はプラスチックの硬さではなく、人間の肌みたいな柔らかさ、おそらく動きやすいために一時的にフィギュアの材質を変えたのだろう。こんなに近く女の子と接触するのは初めてなので、ただのフィギュアだと分かっていても、陽介は思わずどきどきしてしまった。

「しっかり掴まって、行くよ」と言って、花殺は机の縁から飛んで、ゆっくりと床に降りた。陽介を降ろし、花殺は「解」と言ったら、陽介の体が大きくなり、間もなく元通りになった。

 花殺は軽やかに飛び上がり、また机の上に立って言った。「では私はバーチャル世界に帰るわ、明日また来るから。あんたは休日を楽しもう」

「あの、帰る前に、フィギュアを元のポーズに戻してくれないかな」と、陽介は聞いたが、暫く待っても返事はなかった。試しにフィギュアを触ってみたら、触り心地はプラスチックの硬さだった。

「もう行っちゃったか」と言って、陽介はため息をつき、フィギュアを元のところに置いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ