21 真相
土曜日の夜、陽介と花殺は再びクリスティーナ・玉藻の酒場を訪ねた。
陽介は牛乳を2杯注文し、その中の1杯を花殺の前に置いた。「これはバーチャル世界の飲み物だから、お前も飲めるんだろう。飲んでみ?美味しいよ」
花殺は一口飲んで、陽介に聞いた。「どうするつもり?配信が終わって彼女が一人、いや三人になるまで待って、そして斬るのか」
陽介は頭を横に振った。「いいえ、杏ちゃんが見つけてくれた証拠は有力だが、まだ確証だとは言えない。この情報を利用して、なんとか彼女に罪を認めさせる、斬るのはその後だ」
「慎重だな。じゃあもし彼女がどうしても認めなければ?」
「それなら、諦めるしかない。僕の一存で死刑判決を下すとはあってはならないことだ。そんな自負を持って自分が正義の化身だと信じ込めば、いつかきっと取り返しのつかない過ちを犯してしまうのだ」
「もしかして、あんたはそういう過ちを犯したことがあるか」
「ねえよ、アニメで見ただけだ」
「ところで、杏ちゃんって誰?」
「同僚だよ。安心しろ、DD戦士のことは教えてないから」
「彼女のこと、好き?」
「お前とは関係ねえだろう。いいから配信を観よう」
陽介は牛乳をゆっくりと啜りながら玉藻の配信を観る。一口一口よく味わって、まるで二度とこんな美味しい物を飲めないようだった。
今日の配信も2時間ぐらい続いた。配信が終わった後、他の観客たちが段々消えて行き、とうとう全員いなくなった。
「お客様、また何か御用でもあるかしら」と言って、カウンターの後ろに座っている玉藻は陽介の方へ目を向けた。
陽介は深呼吸して、立ち上がった。「あぁ、実は僕は分かった、分かってしまったんだよ」と言いながら陽介は玉藻に向かって歩いた。
十歩ぐらい進んだ後陽介は立ち止まった、一人の女給が目の前に立って道を塞いだからだ。この時、もう一人の女給はゆっくりと陽介の後ろに移動し、花殺は酒場の端まで退いた。
「ほう、何を分かったかしら」カウンターの後ろに座っている玉藻は目を細めて陽介を見た。
陽介も玉藻の目を見返した。「お前はロビンちゃんのイラストをパクったが、そのことがバレないように、絵師に依頼せず、自分で描き直した。お前の体の輪郭がロビンちゃんより大きいから、背景を描き足す必要のあるところは少ない。だから腕前が絵師ほどではないお前にとっても難しい仕事ではない」
玉藻は軽く笑った。「はっ、何バカな―」
「しか―し!」陽介は大声で玉藻の話を遮った。「お前は大きな過ちを犯してしまった。それは元のイラストでロビンちゃんの弓に遮られた花茎に、お前はもう一輪の花を描いた。これは自分に有利な証拠になると思ったろうが、逆だ。その花の名前は一輪草、名前通り、一つの茎に咲く花は一輪しかない。プロ絵師なら必ず自分が描くものをちゃんと調べておく、こういう過ちはあり得ん」
玉藻は煙管を持ち上げて一口吸い、間を置いて言った。「たった一輪の花から、そこまで分かったか」
「そうだ、だがいいことを教えてやるよ。今のこと、僕はまだ誰にも話していない。だから口止めするなら今のうちだぞ」
「どうしてわざわざそんなことを教えるか。私に殺されたいかしら」
「いいえ、僕はお前のことが好きだから、堂々と一戦するチャンスを与えたいのだ。あるいは、お前が改心してロビンちゃんに謝ってくれるならもっと良い」
玉藻はため息をつき、目を瞑り、俯いて頭を横に振った。「なるほど、あんたは本当―」
話の途中、玉藻が全く無害に見えるこの時、陽介の前後に立っている二人の女給は突然一斉に手を出した。二人とも一瞬のうちに狐に変身し、長く鋭い爪を陽介に向かって振り下ろして来た。
玉藻が狙うこの隙はほぼ完璧だと言えるけど、陽介はとっくに警戒しているようで、相手が動き出すと、陽介も同時に動いた。陽介はまず一歩踏み込み、右手で刀の柄を掴んでから両手で刀を鞘ごと引き出して、柄頭で前にいる狐の鳩尾を力強く突いた。その狐の体は食卓を一つ飛び越えて床に倒れ込んだ。
陽介はまた一歩進み、後ろからの攻撃を避けてから、身を回しながらその勢いを乗って左手で鞘を引き、後ろに向き直った時、見えない刀身は既に鞘から出た。陽介は刀を後ろの狐に向かって猛然と突き出し、刀身は届かないけど、そこから吹き出る烈風がしっかり当たった。狐の体は遠くぶっ飛ばされ、酒場の壁をぶつかってから床に落ちた。
そして陽介はまた身を回し、刀を頭上に上げ、鳩尾を突かれまだ立ち上がれていない狐に向かって斬り下ろし、止めを刺した。風の刃が食卓と狐の体を斬り通して床に深く斬り込み、二つに斬られた狐の体は狐の形を失い、二つに割れた狐の尻尾に変えた。それを見て陽介は再び身を回し、後ろの狐に向かって刀を振ると、見えない風の刃が飛び出し、立ち上がろうとしている狐を二つに斬って、その狐の体も狐の尻尾になった。
「なるほど、これが正体か。幸いお前は三尾だけ、九尾ならさすがに勝てないな。まっ今でもまだ勝った訳じゃないけどさ」戦いが一段落して、陽介はカウンターの後ろに立っている魔女装束の玉藻を見て言った。
玉藻は下唇を噛んで、震えを抑え切れず両手で杖をしっかり掴んで、二人の分身があっという間に殺されたのを見た彼女は明らかに怯えている。
陽介は刀を玉藻に向けてまた言った。「僕を攻撃したのはつまり、既に罪を認めたんだな。では今はお前がそんなことをした理由を聞かせてもらおうか」
刀身が見えないけど、その圧迫感は全く劣らない。玉藻は思わず横に一歩歩き、剣先を避けてから口を開いた。「ロビンちゃんは元々私の友達、彼女をこのバーチャル世界に連れて来たのは私だ」
陽介は驚いた。「お前ら、知り合いだったか。しかも彼女がVTuberになるのもお前に勧められたから?」
玉藻は頷いた。「そうだ、しかも配信に使うソフト、Live2Dモデルの使い方、中の人の情報を保護する方法、VTuberになるのに必要は知識は全て私が教えたのだ」
「それほど仲が良ければ、お前はどうして…」
「それは、あの子の成長が早過ぎるからだ。デビューからたった数ヶ月、フォロワー数は既に私を超えた。なぜだ。私の方がもっと頑張っているのに、配信ルームもモデルも細かいところまで丁寧に調整したのに、配信は毎回念入りに準備したのに。それに対して彼女はどうだ、粗末なモデル、適当に選んだ配信場所、歌系だと言ったのに歌全然上手くない。それなのになぜ彼女の方が人気だ。バカだからか、それだけ?バカだから可愛い?そう思っている男たちもバカじゃないの」と言いながら玉藻の声が段々大きくなって、最後は叫ぶようになった。
「そうだね、男たちがバカだってことは認めるよ」陽介はため息をついた。「だから彼女に盗作の冤罪を負わせ、彼女の人気を下げながら自分の人気を上げようとしたか」
「そうだ、あの子がイラストを私に見せた時、この計画を思いついたわ。あの子がここまで成り上がったのは私のお陰様だ、これぐらい取り戻しても当然だろう」
「しかし、彼女がイラストをお前に送ったメールの送信履歴はあるだろう。彼女がそれを披露すれば、盗作したのはお前だとすぐ分かる」
「履歴なんかない、証拠を残さないため、USBメモリでコピーしたのだ」
「なるほど」と言って陽介の目つきが鋭くなった。「お前の遭遇はお気の毒だけど、お前がやったことはやはり間違っている。悪いけど、ここでお前の罪を斬らせてもらう」
玉藻の顔に微笑みが浮かんだ。「それはできないわ、今話している間、テレポート魔法の準備はもうできている。遠くは行けないけど、十分だ。では、さよなら」と言った後、玉藻の体が紫の狐火に包まれ、あっという間に消えた。
「何!」陽介は驚いて、慌てて身を回し酒場を見渡すと、酒場の扉を開けて逃げ出した玉藻の後ろ影を見た。
「逃がすか!」陽介はすぐに追って行った。風の力を持っている陽介のスピードは想像以上に早く、間もなく酒場の扉を出て、外の森が目に入った。
その森は見覚えがあるようだが、今はそれを構う余裕がなく、陽介はただ一心に玉藻の後ろ影を追い、二人の距離が段々縮まっている。
ふと一枚の矢が木の上から陽介に向かって飛んで来て、陽介は間一髪で躱したが、足を止められた。
矢が飛んで来る方を見ると、陽介は木の上に立っている精霊少女を見た。その見たことのある姿に、陽介は驚いた。「ロビンちゃん、どうしてここに…」
ロビンちゃんは答えず、ただ陽介を睨んでまた矢筒かや矢を一本引き出した。「てめえ、うちの姉ちゃんに何をする気だ!」