18 ロビンちゃんの配信
木曜日の夜7時、陽介と花殺はロビンちゃんのバーチャル世界に入った。
そこは大きな森の中にある、木々に囲まれる広場だった。弓を左手に持ち、矢筒を背負うロビンちゃんは木の枝に座って広場を俯瞰している。彼女の後ろ、遠くないところに大きな木造の建物があるけど、扉が閉まっていて建物の中は見られない。広場にいるの観客もクリスティーナ・玉藻のところと似たような異世界っぽい画風の者が沢山いて、芝生に座ったり、樹木に寄りかかって立ったりして、ロビンちゃんを仰いでいる。
陽介と花殺が入った時、ロビンちゃんは両足を揺らしながら配信開始の挨拶をしている。
「皆さんこんばんは。Aさんこんばんは、Bちゃんこんばんは、Cくんこんばんは…もういい、読み切れない、とにかく全員こんばんは~」
観客たちも皆「こんばんは」とコメントしている。
「こんばんは」
「ロビンちゃんこんばんは」
「『こんばんは』専門VTuber、www」
「俺の『こんばんは』に返事してくれない、しくしく」
……
「はいはい、返事されない人が沢山いるの分かっているよ。でも一々返事するなんてできないよ、そんなことしたら、『こんばんは』だけで配信が終わっちゃうぞ…いや、それも悪くないか」と言って、ロビンちゃんは頬杖をついて考え込んだ。
観客たちはタイミング良くツッコんだ。
「悪いに決まってんだろう」
「真面目にそんなことを考えるなよ」
「いやよく考えると、意外といけるかも」
「あっこいつはロビンちゃんのバカさに感染した」
……
「はい、冗談はここまで」ロビンちゃんはまた口を開いた。「では今日の配信を始めちゃうぞ。今日はなんと、皆さんがお待ちかねの、歌枠だよ!パチパチ」
「いやいや待ってねえし」
「ロビンちゃんはもう十分可愛いから、無理や自分を歌わせなくてもいいよ」
「まだ歌系を諦めていないか」
「雑談枠にして下さい、一生のお願いだ」
「ごめん、突然急用があって、今日の配信はこれ以上観られないんだ」
……
「おいおいお前ら、さっきから酷いことを言いやがって、コメントを見ていないと思ってんのか。我が矢を食らいたいか」と言ってロビンちゃんは咳払いした。「ゴホン、では聴いて下さい、最初の曲はこちらです、『小さくてごめん』」
ロビンちゃんの右手にいつかマイクを持っていて、それを口元へ近づけると、伴奏が響き出して、ロビンちゃんは歌い始めた。
ロビンちゃんの歌声は陽介の予想通り、調子外れで全然上手くないけど、彼女の元気の故に妙に耳障りではなかった。
先まで嫌がっていた観客たちも、今はめっちゃ応援している。
「8888888」
「全然上手くないのに、何故か聴き惚れてしまう」
「\ロビンちゃん/\ロビンちゃん/\ロビンちゃん/」
……
陽介はそれを見てツッコんだ。「なんだこいつら、口が嫌だと言っても、体は正直じゃないか、いや今は口も正直か」
一曲歌い終わった後、ロビンちゃんはマイクを下ろして言った。「『小さくてごめん』でした、沢山のぱちぱち、ありがとうございました。あっ新しい護衛さんだ、北条さん、護衛になってくれてありがとうございます。でもちょっと惜しい、護衛感謝プレゼントがあるのは来月なので、もう数日待てばゲットできるのにな」
北条という護衛はすぐにコメントして答えた。「大丈夫、来月も護衛になるから」
「へえ、本当?めっちゃ嬉しいけど、ありがとうございます」とロビンちゃんが言っていた間、他の観客たちもコメントしていた。
「これはめっちゃガチだな」
「ライバーさん、自分のサブアカで護衛になるのはやめて下さい」
「ガチがいるぞ、叩き出せ」
……
「叩き出すな!ほらお前ら、何言うとんねん、新人さんを苛めるんじゃない!」とロビンちゃんは怒鳴ったようだが、やはりその声は可愛くしか聞こえなかった。「ごめんね北条さん、うちのファンたちはこういう奴だらけなんだ。口が悪いけど全部冗談なんだ。本当は皆優しい子だから、気にしないで下さいね」
北条はコメントした。「大丈夫、分かっている、ロビンちゃんの配信を何度も観たから。先輩たち、よろしくね」
「いやあそう真面目に挨拶されるとさすがに苛めにくいわ」
「これから一緒にライバーさんを苛めようぜ」
「ようこそ後輩君、アンチ部に入らないか」
「ようこそ後輩君、ガチ部…いやそういう部はない」
……
「いい加減にしろよてめえら」と言って、ロビンちゃんは再びマイクを口元へ近づけて言った。「はいはい静かに、次の曲行くよ。聴いて下さい、『どっしり時間』」
こうやって歌いながらお喋りして、配信は2時間続いた。
「僕は一体、何物を聴いたんだろう」と陽介はため息をついてツッコんだ。「鮫ちゃんも配信しているのに、護衛の僕はここでこんなものを2時間聴いていたなんて」
「…はいこれで最後の曲も歌い終わった。えっと、今日はスパチャを見逃してないよね」ロビンちゃんはスーパーチャットリストをもう一度見て確かめた。「よし全部読んだぞ。ではでは、皆さんは明日も早起きして出勤するだろう。はいはい出勤しないオタクもいると分かっている、お前らも早起きしてゲームをやるんだろう。とにかく今日の配信はここまでにしちゃうよ、皆さん、おやすみなさい」
観客たちも皆「おやすみ」とコメントしている時、ふと誰かが叫んだ。
「ロビンちゃんは玉藻ちゃんのイラストをぱくったか」
「ぱくってないよ。それにお前の発言は既にこの配信ルームのルールに違反した」と言いながら、ロビンちゃんは背負う矢筒かや矢を一本引き出した。「もうすぐ配信が終わるけど、ルールはルールだ。悪いけど、退散してもらうぞ」
矢を弓に番え、弦を満月の形に引き絞り、ロビンちゃんは矢先を先程の発言者に向けた。そしてロビンちゃんが手放すと、その矢が発言者に向かって真っ直ぐ飛んで、あっという間にあの人の体をあっさり貫いて地面に刺さり込んだ。矢に貫かれた人はその場から消えた。
「えっ、まさか死んだ?」と陽介がびっくりして花殺に聞くと、花殺は頭を横に振った。「強制転移の魔法でこのバーチャル世界から追い払っただけだ、そのペルソナは消えていない」
「そうか。ところで、今ロビンちゃんの構えを見たか、あれはただの見せかけじゃないぞ、そして命中率もなかなか高い。恐らく彼女の中の人は現実世界の弓道部員だと思う。段持ちかもしれない」
「で、あんたは彼女に敵うか」と花殺は聞いた。
「接近戦ならこっちが有利だと思うけど、この距離だと」と言って陽介はロビンちゃんを仰いだ。「一方的に叩かれるだろうな。できれば彼女を敵に回したくないな」
「じゃあ三人の玉藻なら勝てるってこと?」
「いや、あれもあれで厄介だけどな」
二人が話している間、他の観客たちは既に皆去って行った。ロビンちゃんは二人に気づいて話しかけた。「おい、そこの二人、配信は終わったぞ、まだそこで何をしておる」
陽介は前に出て答えた。「すみません、実はちょっと聞きたいことがあってね」
ロビンちゃんは陽介を見て言った。「ほう、なんだ、言ってご覧」
「では率直に聞くけど、ロビンちゃんが来月の護衛感謝プレゼントに使うイラストは、盗作なのか」
ロビンちゃんはまた矢筒から矢を一本引き出した。「こんなことを聞いて、いい度胸だな。先程この質問をした奴がどうなったか見ていなかったか」
陽介は左手で刀の鞘を握ると、鞘の中から水が沢山湧き出て、陽介の前に固まって水の壁を作った。「それは見たけど、今配信ルームは既に閉じていて、観客もいないし、大丈夫かもしれないと思って」
暫く対峙して、ロビンちゃんは矢を矢筒に戻した。「いいわ、別に答えても。盗作じゃないよ、私の方が原作だから」
陽介が左手を放すと、水の壁が崩れた。数歩退いて陽介は言った。「ご回答ありがとうございました。では失礼します、おやすみなさい」