17 クリスティーナ・玉藻の配信
火曜日の夜8時、花殺が約束通りやって来た。
「じゃあ行こっか」と言って陽介はクリスティーナ・玉藻の配信ルームを開け、二人が彼女のバーチャル世界に入った。
クリスティーナ・玉藻のバーチャル世界は酒場の中にある。塗料を使わず自然の色をしている木造りの食卓と椅子、壁に沿って積み重ねる酒樽、どこまでも異世界風だった。酒場にいる客たちの中にも、異世界っぽい外見の者が沢山いる、剣を背負う勇者や杖を持つ魔法使い以外、スライムなどの魔物もいる。
陽介は真っ黒の剣道着を纏い、腰に水色の刀を差している。その装束は異世界っぽくないけど、違和感のある者は他にも沢山いるので、別に目立たない。酒場に入った陽介と花殺はすぐ隣の椅子に腰を下ろし、カウンターの方へ視線を向けた。
長いカウンターの後ろに座っているのがこの酒場の主、妖狐の魔女、クリスティーナ・玉藻だ。笑っているような笑っていないような細長い目には、何もかも見通している狡猾な眼差し。頭に被るのはつばの広い紫の魔女帽子、尖った狐耳はつばを通して立っている。そして何よりも目を奪うのは、その頭よりも大きく見える豊かな胸だ。
「G?いやIか」と呟いている陽介はふと花殺の軽蔑の眼差しに気づき、大げさな声で咳払いした。「ゴホゴホ…いやあ、何の配信じゃろう、楽しみじゃのう…」
「いつの間に爺ちゃんになったんだよ」と軽くツッコんで、花殺は顔に微笑みを浮かべ、再び玉藻の方へ視線を向けた。
「皆さん、こんばんは。本日もクリスティーナ・玉藻の酒場へようこそ」と、玉藻はまず挨拶をした。
「こんばんは玉藻ちゃん」と、剣を背負う勇者が言った。
「こんばんは、尻尾を撫で撫で」と、スライムが言った。
「ロビンちゃんのイラストをぱくったか」と、通りすがりのDDが言った。玉藻は大きな杖を持ち上げて発言者を指すと、その人の口は接着剤に粘り付かれたようにしっかりと閉じた。
「悪いね、戦争を起こすような発言は本酒場では禁止だわ。そして他のライバーさんを口にすることも失礼だよ。なので暫く黙らせてもらうわ」杖を下ろして、玉藻は封書を一束取り出した。「今日の配信は、匿名のお悩み相談です。では届いたメールを紹介しましょう」
「最初のメールはこちら」玉藻は一番上の封書を開けて読み上げた。「玉藻ちゃん、もうすぐ試験なのに、勉強する気が全くでないけど、どうすればいいかな」
「えっとね」少し間を置いて、玉藻は続けた。「私の考えとしては、あなた最近、頑張りすぎていない?やる気がない時は誰だってあると思うよ、そういう時は無理やり自分を机の前に座らせても捗らないと思うわ。だからちゃんと休んで、好きなドラマを観て、ゲームでもやって、そのうちやる気が戻って来るはずだ。皆さんはどう思うかしら」
「さすが玉藻ちゃん、名論だ」
「じゃあいつまでもやる気が戻らなければどうしよう」
「一理ある」
「試験の前に戻ってくれるといいけど(笑)」
……
暫くコメントを見て玉藻は言った。「そうですね、やる気がいつまでも出なければ…仕方がない、お手上げだ。テヘペロ」
「お手上げかい!」
「テヘペロ可愛いね」
「草」
……
「では次のメール行きましょう」玉藻は次の封書を開けた。「玉藻ちゃんと結婚できなくてめっちゃ悩んでい―」と途中まで読んで、玉藻はふと止まって意味深い目で酒場を見渡した。
暫くして、再び口を開く時、玉藻の低くて少しかすれた声が高くて蜂蜜よりも甘い声になった。「あ~ら、まさかあたしがこんなに好かれているとは、このメールを送ったのが誰か知りたいな、今ここにいるかしら。匿名だけど、名乗ってくれないかな~」
「はいはい、俺です」と叫んで立ち上がったのは剣を背負う勇者だった。
「あら~なるほど」と言ったら、玉藻の声はふと元よりも低くなった。「貴様か!狐火を浴びて、地獄に堕ちろ」
玉藻が杖を持ち上げて勇者に指すと、勇者は紫の狐火に包まれた。勇者は悲鳴を上げたが、その声からは全く痛みを感じなかった。「あぁぁぁ、死ぬ死ぬ死んじゃう、俺は玉藻ちゃんに殺されちゃう」
他の人達もこの茶番を楽しんでいる。
「wwww」
「なぜあいつにご褒美を」
「私にも頂戴」
……
杖を下ろして玉藻は言った。「はい、という訳で、お悩み相談のメールボックスはお前らが発作するところじゃないわよ。では次のメール…」
2時間後、玉藻は最後の手紙を畳んでカウンターに置いた。「はい、以上が最後のメールでした。メールを送ったのに読まれていないって方は今すぐメッセージ送って下さいね。後5分待ちましょう、なかったら今日はこれで閉店させて頂きます」
5分後、玉藻は言った。「はい、ちゃんと全員のお悩みを読めたみたいね。今日のお悩み相談配信はどうだったかしら、私の助言がちゃんと皆さんの為になったらいいけど。ともあれ、今日の営業時間はここまでです、ご来店ありがとうございました、お休みなさい」
酒場の灯火が暗くなり、客たちも段々消えて行き、とうとう5人しかいなくなった。その5人は玉藻と、玉藻にそっくりな女給が二人、そして陽介と花殺だ。
「三尾の妖狐だから、三人に分身できるか」と陽介は思いながら、立ち上がってカウンターに座っている玉藻の方に向かった。
陽介がカウンターの前まで歩いて立ち止まったのを見て、玉藻は聞いた。「何か御用でもあるかしら、お客様」
「あぁ、実はちょっと聞きたいことがあって」と、陽介が言っている間、周辺視野で二人の女給が背後から近づいているのを見取った。
陽介が左手で刀の鞘を握って、右手を柄にかけると、周囲の空に飛び回る水の刃が現れ、身の回りに形のない結界を張った。
後ろの二人が立ち止まって、目の前にいる玉藻は目を細めた。「ほう?どうやら他の者と違って、お客様のその刀はただのコスプレ道具じゃないみたいね」
陽介は応じた。「お互い様だ。あんたの杖だって、ただのお笑いの道具じゃないだろう」
「ご明察。だが私たちが戦う必要はない」と玉藻が言い、手を軽く振って二人の女給を遠くへ立ち退かせた。「聞きたいことがあるだろう、まずは座ったらどうだ。一杯奢るから、何が飲みたいかしら」
「では、お言葉に甘えて」陽介は右手を離して、カウンターの前の椅子に座って。「牛乳お願いします」
「はい、少々お待ち」と言って玉藻はカウンターに置いてある大きな壺を手に取り、そこからコップに牛乳を注いで、陽介の前に置いた。「どうぞ」
「ありがとうございます」と言って陽介はコップを持ち上げて一口飲んで、心底から賛嘆した。「美味しい」
「気に入って下されば幸いです」玉藻はカウンターの後ろに腰を下ろし、細長い煙管を手に取った。「それで、お客様は何が聞きたいかしら」
「実は簡単な質問です。単刀直入に聞かせてもらいますが、玉藻さんが来月の護衛感謝プレゼントに使うイラストは、盗作ですか」
「何だ、またこれか」玉藻は煙管を持ち上げて、一口吸い、煙を吐いてから。「盗作じゃないわ。どんな噂を聞いたか分からないけど、私の方は原作だわ」
「直接的な回答ありがとうございました」と言って、陽介は再びコップを持ち上げて一気に牛乳を飲み干した。「ごちそうさまでした。では、失礼します」
「いってらっしゃい、またのご来店をお待ちしておりますわ」
「彼女が出した飲み物を飲んだのは、いい度胸だな」現実世界に帰った後、花殺は陽介に言った。
「それは、その場の勢いで、なんか飲まなきゃいけない感じがする。それにしても本当に美味しかったよ。ところでバーチャル世界の毒は僕にも効くのか」
花殺は頷いた。「それは効くとも、バーチャル世界に入ったら、そこはあんたにとって現実になる」
「へえ、そうか。そんなことを知っていたら飲めなかったかも」
「で、聞き込みはどうだ」
「パクったかと聞いたけど、彼女はパクってないと答えた」
「当たり前だろう、犯人が聞かれるとすぐに認めてくれるなら、警察の仕事はめっちゃ楽だわ」
「現実世界ではそうだけど、ペルソナが割りと単純だから認めてくれるかもしれないと思ってさ、ほら前回の奴みたいに」
「まあいいわ、じゃあ次はロビンちゃんだね」
「あぁ、彼女の配信は明後日木曜日だ、また案内頼むぜ」
5万文字達成やった~
しかし、最近は事情があって(本当はLOL世界大会S13の試合が観たいです)、更新頻度はめちゃくちゃ低くなると思います。もし楽しみにしている方がいらっしゃるなら、予め謝ります、すみません(でもやはりS13が観たい(でも本当にすみません))