16 調査、切り返し
「では早速、調査を始めようか」と陽介が言うと、花殺は応じた。「別にいいけど、もしこの数日間で解決しちゃったら、来月の任務は完成しないまま、無駄骨折りになるぞ」
陽介は笑って言った。「正義の為なら、サービス残業を一つや二つくらいしてもいいじゃないか」
花殺は頷いた。「分かった、では今すぐあの二人に会いに行くか」
「いや、聞き込みする前に、まずは二人の情報をちょっと調べよう」と言って、陽介はDDsiteの検索バーに「クリスティーナ・玉藻」を入力してエンターキーを押した。
「ところで、このややこしい名前はどういうことだね、洋風か和風か分からない」と陽介はツッコみながら、クリスティーナ・玉藻のホームページに入った。人物紹介は「山にこもって数百年修行した三尾の妖狐がいきなり異世界に迷い込んだ!その後は色んな冒険を繰り広げたが、今は酒場を経営している。配信内容は主に雑談、たまにゲームをやる」、フォロワー数は8千人。
「どうやらあまり有名ではなさそうだね」と陽介は言って、彼女の動画投稿リストを見た。最初の投稿は一年ぐらい前の自己紹介動画、他の大半は配信の切り抜き動画だ。再生数の多い動画を幾つか観たら、いいね数は最高で500ぐらい。動画を内容はつまらないとは言えないけど、それほど面白くもない、これが陽介が観た後の感想だった。
クリスティーナ・玉藻のLive2Dモデルは精巧に作られている。髪の毛と尻尾の毛も細かく分かられ、人物が動く度に自然に揺れる。髪と服の所々に小さなアクセサリーが点在している。彼女が話すと、低くて少しかすれた声から独特な色気を感じられる。
「どうやら、王道的なお姉系キャラだね」と陽介が言うと、花殺は聞いた。「どうだ、彼女が犯人か」
「知らねえよ、これぐらいの調査で分かるものか。もう一人も見てみよう」と言って、陽介は検索バーに「ロビンちゃん」を入力した。
ロビンちゃんの人物紹介は「私は可愛い精霊美少女アーチャー、歌系です。お笑い芸人じゃない!」、フォロワー数は2万3千人。
「こっちも有名とは言えないね」と陽介は言って、彼女の動画投稿リストを見た。最初の投稿の時間は半年ぐらい前、切り抜き動画の他に、歌ってみた動画も沢山ある。
いいね数が1万超えた再生数が最も高い歌ってみた動画を観終わると、陽介は言った。「僕は今、一体何物を聴いちゃったかな…」
ロビンちゃんの歌声は、元気と勇気が評価できるけど、それだけだ。調子外れなく歌えた歌詞はまるで一文字もなかった。
また動画を幾つか観たら、陽介は結論を出した。「なるほど、やはりお笑い芸人だ」
ロビンちゃんのモデルは一見して粗末だけど、顔の精度だけが極めて高く、彼女の動きや言葉に伴って色々変な表情を作れる。
「スパチャありがと…じゃねえよ!何言うとんねん貴様、私の弓矢を喰らえ!」と幼女っぽい声で罵りながら、コメント欄に向かって矢を連射したロビンちゃんを見て、陽介は思わず吹いた。
「黙っていれば美少女なのにな。どうやらこいつには盗作するほどの知能を持っていない。だから犯人はあの何やら玉藻だろうな」と陽介は言った。
「本当にそう思うのか」と花殺は聞いた。
陽介はため息をついて頭を横に振った。「まさか、冗談に決まってるんだろう。そのバカさはただのロープレ、つまり演技だ。中の人が本当のバカである可能性は、ゼロとは言い切れなくても、ゼロに近いのだ。それぐらい分かっている」
「じゃあ次はどうする?バーチャル世界に行って彼女たちに直接に聞くか」
「そうだな、そうすべきだろうけど」と言って、陽介はあくびをした。「ごめん、ちょっと疲れたようだ、今日の仕事はここまでにしない?」
「いいよ、じゃあ私は帰るから、あんたは残された休日を満喫するが良い」
「悪いね、今正義のために残業すると言ったばかりなのに」
「謝る必要はない、そもそも休む時間だ。正義の味方にとっても、十分な休憩が必要だ」
「ありがとう、じゃあ今度は…」陽介はクリスティーナ・玉藻とロビンちゃんの来週の配信予定表を確かめながら言った。「火曜日の夜に来てくれない?あの日クリスティーナ・玉藻が配信するから、観てみようと思うんだ」
「分かった、じゃあまた来週ね」と言い残して、花殺は動かなくなった。
月曜日、陽介と杏が花恋館に着いて、師範の上泉長綱に挨拶した後、上泉は言った。「あっそうだ、杏ちゃんが剣道を始めてから、そろそろ一ヶ月だろう」
杏は答えた。「はい、3週です」
「7月の下旬、あるいは8月の上旬に、うちの道場は級位審査を行う予定だから、受けるつもりなら準備しておいてね」
「あっはい、分かりました、ありがとうございます」
剣道着に着替えた後、杏は陽介に聞いた。「ねえ陽介、級位って何、段位じゃなかったっけ?」
陽介はスマホを見て答えた。「級位は段位より低いやつだ。今花恋館の級位審査要領を確かめた、八級から一級まであるけど、八級は簡単すぎる、お前なら七級ぐらいにしよう」
「へえ、級位は8つもあるんだ。そう言えば、初段ってなかなかすごくない?」
「それほどすごくはないけど、簡単でも言えないかな。初段を取るなら一年ぐらいかかる覚悟はしておいた方がいいと思うよ」
「はい、頑張ります」
「では今日からは級位審査の課題を練習しよう。えっと、中段、足捌き、素振り…殆どは練習したことがあるけど、残っているのは、切り返しだけか。よし、今教えよっか」
「はい、お願いします」
「まずは踏み込み足と正面打ち、そして体当たり…いや口でだけ言っても分からないよね、やはり一回やって見せてから解説しよう」
一回実演した後、陽介は聞いた。「ちょっと長いけど、よく見えたか」
杏は頷いた。「うん、大体覚えたと思う、前に4本、後ろに5本だよね」
「その通り、そして審査を受ける時は、これを2回繰り返すね。では、お前がやってみようか」
「はい」と答えて、杏は中段の構えを取った。暫くして、杏は大きく息を吸って一歩踏み込んだ。「面!」
杏が竹刀を4回振った後、陽介は声を出した。
「焦るな、一本一本ゆっくりやって、正しく振るのだ」
「跳ぶな、送り足だ」
「止めるな、続けろ、間違ったとしても最後までやるのだ」
「よし、もう一回行くぞ」
……
当日の稽古が終わった後、杏は喘ぎながら聞いた。「どうだ、これで合格できそう?」
陽介は答えた。「まあ悪くないか、動きはいまいちなんだけど、手順はちゃんと覚えたな。後は稽古を重ねるだけだね」
「はぁ~つまりまだまだだめだってことね」
「そう思うな、このまま続けると、お前にとって七級なんか楽勝だ」
「本当?やった」