13 ゲリラ配信
当日の午後、鮫姫珊瑚は配信告知を投稿した。「突然ですが、今夜7時から配信します。ちょっと状況を説明するだけなので、すぐに終わっちゃうはず」
それを見たら、陽介は6時にゲームをセーブして、晩ご飯を済ませた。配信が始まる5分前に、陽介が配信ルームに入ると、予想通りの賑やかだ。
「鮫ちゃん、ごめんなさい」
「復活おめでとう」
「堂々復活!」
「復活って、そもそも死んでいないけどね…」
「こんばんは」
……
間もなく、準備中の画像が消えて鮫姫珊瑚の声が響いた。
「はいはい、皆さんこんばんは、お待たせ、鮫ちゃんだよ。ええっと、皆さんも知っているだろうけど、今日はそもそも配信予定がないの。でもちょっと事情があってね、それを説明するためにいきなり配信しちゃった。だから半時間ぐらいで終わると思う…」
この時、コメント欄に来客を告知する自動メッセージが現れた。「護衛様『炎槍聖帝』がルームにお入りになりました」
普段ならこんなメッセージは誰も気にしないが、今はコメントを沢山惹き起こした。
「あっ犯人が来た」
「どの面下げて」
「出てけ」
「人身攻撃をするな、鮫ちゃんにも迷惑をかける」
……
ずっとコメント欄を見ている鮫姫珊瑚もそれに気づいた。「皆、ちょっと落ち着いて。ほら悪口言っちゃだめ、発言禁止されちゃうぞ」
この時、配信ルームに突然華麗なCGが流された、同時にコメント欄に黄色い文字で書かれた自動メッセージが現れた。「『炎槍聖帝』様、鮫姫珊瑚の一年分の大将になってくれて、ありがとうございます」
陽介が配信ルームにいる他の人とと同じように、その大金に驚いている時、花殺は声を出した。「こんばんは」
「あっ、こんばんは花殺ちん、ちょうどいいところに来たな、これを見て」
花殺はモニターを見て言った。「ほう、謝罪の投げ銭か、これはなかなか大金だな」
「だろう、大将は毎月3万円、一年分なら36万円。あっ今のスパチャも含めばちょうど40万円だ」
陽介が言った通り、1年分の大将を買った後、炎槍聖帝はすぐにまた4万円のスーパーチャットを送った。「今回の件は本当にすみません、なんでそんなことをしたか自分にも分かりません。このお金で許してくれとは言いません、ライバーさんも水月の皆さんも俺を嫌って当然のことです。ただ少しでも償いになれば幸いです」
それを見て鮫姫珊瑚も驚いたようで、暫くの間黙ってから言った。「えっと、炎槍聖帝さん、1年分の大将、そしてスーパーキャット、ありがとうございます。でもそんなにお金かかって大丈夫なのか。ライバーに投げ銭する前に、必ず自分の生活を保障しろって、よく言ってるよね。衝動買いしちゃったなら、後でメッセージ送って下さいね、返金してあげるから」
炎槍聖帝は大将専用の黄色い文字でコメントを送った。「自慢するつもりはないけど、それは心配しなくても大丈夫、生活に全く支障はない、受け取ってくれると嬉しい」
「へえ、そうなんだ、生活に支障はないか、じゃあありがたく頂こうっか」と鮫姫珊瑚は答えた。「鮫ちゃんはもう許すって言ったので、今回の件はこれ以上深く詮索する気はない、ここまでにしちゃおう。改めて、よろしくお願いします、これからも遊びに来てね、歓迎します。でも今度また悪いことしちゃったら、絶対に絶対に許さないからね」
この間、コメント欄は一層賑やかになった。
「これは…許しても…いいかも?」
「鮫ちゃんが許しても、私たちはまだ許していないからな」
「鮫ちゃんめっちゃ優しい、結婚して下さい」
「こら、どさくさに紛れて変なことを言うんじゃない」
「名誉毀損の慰謝料としては、これぐらい当然だろうな」
「禍を転じて福と為す、と言えるかな」
「言えねえよ、今回の件でファンが何人減ったか分かるか」
「そう言えば、一昨日護衛になった兄さん、先見の明を持っていたな」
……
同時に、コメント欄にはスーパーチャットと新メンバーを歓迎する自動メッセージも続出している。新メンバーは殆ど護衛だったが、大将も二人いた。
「沢山のスーパーチャット、そして護衛と大将、ありがとうございます」と鮫姫珊瑚は言った。「はいはい、皆さんの気持ちは充分に伝わったから、もうお金を投げないで下さい。まだ何があったか分からない観客さんがいると思うので、まずは事情を説明して、スパチャと護衛と大将は配信の最後に、まとめて感謝するね」
陽介はコメントを送らず、ため息をついた。「僕はあることを悟ったよ」
「人の心は変わりやすい物ってこと?」と花殺が聞くと、陽介は頭を横に振った。「いや、僕が悟ったのは、炎槍聖帝って奴はめっちゃ金持ちだな。道理でそんなことをする暇がある訳だ」
それを聞いた花殺も頭を横に振った。「ばかばかしい。それより、今の鮫ちゃんには沢山の護衛がいるから、特にあの炎槍聖帝はこれから絶対に裏切らないガチになるだろう、もう何の問題もない。だからお前は今朝言った通り、早く彼女から離れた方が身のためだぞ」
「いやそれなんだけど、僕はこのままでいた方がいいと思うんだ」
「なんで」
「せっかく真剣を振る機会があるから、僕はバーチャル部屋で剣道と居合の技を磨きたい、魔法は現実世界へ持ち帰れないけど、技の練度と身につけた筋肉は消えないだろう。それで、好きの気持が消えたら、刀がまた短くなって、稽古に使えなくなる。お前の心配も分からなくもないけど、僕がVtuberたちに抱く愛は決して恋愛の愛じゃない、友愛と兼愛の愛だ。こういう愛は何人に分けても減らないと保証しよう」
花殺は暫く陽介を見つめて言った。「分かった、一回信じよう。私からは既に警告しておいた、マスターとしての責任は果たしたつもりだ。もしそのせいでお前が命を落としても知らないからな」
「分かっている、覚悟があるよ」
「今回は早めに済ませたから、来月までまだ3週間ある。この間あんたは来月の戦いに備えて、せいぜい鍛えておけ。で、私はいつ来てあんたをバーチャル部屋に連れて行けばいい?」
「そうだな、週末の朝ならどうだ、迷惑じゃない?」
「私は別にいつでも大丈夫、週末の朝でいいよ、じゃあまた来週ね」
「あぁ、そう言えば明日からはまた仕事か、死にてえ…花殺ちん、慰めてくれ」
「死にたいなら、死ねばいい」
「それ全然慰めてねえし!むしろ自殺教唆だし!お前それでも正義の味方か」
「正義の味方は私ではない、あんただ。で、用がなければ私帰るけど」
「はいはい、いってらっしゃい、おやすみ」
花殺が帰った後、陽介は再び鮫姫珊瑚の配信ルームに注意を向けた。
事件の経緯を説明した後、鮫姫珊瑚は時間順に新メンバーの名前とスーパーチャットを一々読み上げて感謝した。その過程にかかる時間は半時間を超えた。
今夜の配信で、鮫姫珊瑚がもらった投げ銭の総額は100万円を超えた。