12 解決
「何一人でかっこつけてんだよ」と、花殺の声が陽介の後ろに響いた。
陽介は狐面を外して答えた。「これはかっこつけるじゃない、残心だ。残心をしっかりやらないと、痛い目に遭うぞ。それに僕は一人でもない、お前が見てんだろう」
「はいはい。それにしても、こんなに早く片付けたなんて、なかなかやるね」
「そう言えばさっき俺も思ったけど、この炎槍聖帝という奴、全く武術素人じゃない。もしかしたら、この世界では、僕は割りと強い方なのか、それとも、あいつが弱すぎたか」
「どっちもあるだろう、現実世界で武道を習ったことがなければ、ペルソナが武術を使える訳もないだろう。だがそれにしても、油断禁物だぞ」
「分かっているよ、命に関わるし、油断できるものか」
「なら良い」花殺は頷き、間を置いて言った。「どうだ、初めて人を斬った気分は、トラウマとかないよな」
「はっ、大丈夫だ。言っただろう、我が刀が斬るのは人ではなく、罪業だ。お気遣いどうも」と陽介は答えた。
花殺は頷いた。「なら良い、では戻ろう」
あっという間に、二人は再び鮫姫珊瑚の砂浜に立っていた。舞台のそばに映っているセットリストを確かめると、先程の戦いは2曲の時間しかかかっていないと分かった。
「まだ時間が早い、帰るか、続けて観るか」と花殺が聞くと、陽介は答えた。「今月は鮫ちゃんの単推しだから、最後まで付き合おうじゃないか」
9時、最後の一曲を歌い終わると、鮫姫珊瑚は言った。「皆、今日も鮫ちゃんの歌を聞いてくれてありがとう!今週の配信はここまで、明日は日曜なので、ゆっくり過ごそう、来週も頑張ろうね。ではでは、皆さんおやすみなさい」
観客たちが段々消えていき、陽介も花殺に言った。「僕たちも帰ろっか」
「その前に、あんたは元の服に着替えろ」と花殺は言った。「その剣道着は想像の産物だ。そのまま現実世界に帰ると、あんたはパンツ一丁になるぞ」
「うわそうだった、じゃあ一旦部屋に戻ろう」
着替えて現実世界に帰った陽介は鮫姫珊瑚と炎槍聖帝のホームページをチェックしたが、新しい投稿はなかった。
ちょっと不安になった陽介は花殺に聞いた。「ねえ花殺ちん、僕が炎槍聖帝というペルソナを倒したが、現実世界では物理的に何が起こるんだろう」
「そうね、悪い人格が消えたから、現実世界のあの人は自分がどれだけ酷いことをしたと気づいて、自ら自白してくれるだろう」
「あのゲームみたいか。つまり僕たちはもうできることを全てやった、後は待つしかないか」
「そうなるね。運が良ければ明日中には結果が出ると思うけど」
「運に任せるか…分かった、じゃあ今日はもう寝よっか、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
翌日の朝、陽介はいつも通り7時に起きた。歯磨きをしてから、牛乳とパンを持ってパソコンの前に座った。DDsiteを開けて炎槍聖帝のホームページをチェックすると、2時間前に新しい長文投稿があり、投稿の下には既に数百件のコメントがあった。
「なんでどいつもこいつも真夜中に投稿するんだよ、しかもこのコメント数、お前ら皆夜寝ないのかよ」と心の中でツッコみながら、陽介はその投稿を最初から読み始めた。
「以前、ここでVTuberの鮫姫珊瑚の声だと疑われた録音をアップしましたが、実はそれは私が私欲のために捏造したものでした。鮫姫珊瑚さんに大変ご迷惑をかけまして、すみませんでした。その偽造録音をアップした後、自分が極悪なことをしたと気づいて、良心に責められて、居ても立っても居られなくなって、ようやく自分の罪状を告白すると決めました」
そして炎槍聖帝は長文で録音を作る過程を説明した。説明がとても詳しくて、いつの配信からどの言葉を切り抜いたか、どの文字はAIで生成したか、一々はっきり説明した。その後、音声編集ソフトのプロジェクトファイルまで添付され、これでもう疑う余地のない罪証と言える。
文章の最後、炎槍聖帝は改めて謝った。「この度は私の誹謗中傷で、鮫姫珊瑚さんが炎上され、卒業まで責め立てられて、本当に申し訳ございません。今回の件は全ては私のせいで、鮫姫珊瑚さんは一切悪くないので、どうか卒業しないで下さい、これからもファンの皆様のために歌い続けて下さい」
炎槍聖帝の文章を読み終わった後、陽介は下のコメント欄を見た。
「最低」
「気持ち悪い」
「やっぱり!俺は最初から鮫ちゃんを信じていたよ」
「死で罪を償おう」
「死ぬな、生きて罪を償おう」
「@鮫姫珊瑚、鮫ちゃん、これを見て、卒業しないで下さい!」
「最初から怪しかったわ、そもそもVTuberが本音で配信する訳ないだろう」
……
「やはり、今はこっちが炎上される番か」と陽介は思って、鮫姫珊瑚のホームページに入ると、やはり鮫姫珊瑚は1時間前この文章をコメントしてリポストした。
「今いきなりメッセージとメンションが沢山入って、また炎上されたと思ったわ、そうじゃなくて良かったね(笑)。正直に言うと、複雑な気持ちです。実は、炎槍聖帝さんは昔から鮫ちゃんを支えてきてくれました。まさかこんなことをするなんて、思いも寄らなかったのです。どうしようかなってめっちゃ悩んだけど、炎槍聖帝さんが既に過ちを認めて反省したから、やはり許してあげます。だから皆さんもこれ以上炎槍聖帝さんを非難しないで下さいね、ネット上の攻撃がどれほど恐ろしいか、鮫ちゃんは痛いほど分かっていますから。最後は前に言った卒業のことだけど、やっぱり卒業…やめた!皆さん大好きなので、これからももっともっと歌いたいと思います。引き続き、よろしくお願いします!」
鮫姫珊瑚のコメントはここまで、陽介はその下のコメント欄を見た。
「すみません」
「疑っちゃってごめんなさい」
「鮫ちゃん優しい、大好き、一生単推し!」
「よかった、本当に、よかった(泣)」
……
「ふ――」陽介は長いため息をついた。「これでようやく、一件落着か」
これはただの独り言、答えを期待していないが、花殺はふと答えた。「彼女にとってはそうかもしれないけど、お前にとっては、辛いことはまだまだこれからだ」
「うわっ、いたかい。あのな、花殺ちん、前から言いたかったけど、お前が来た時は黙っていないで、ちょっと声を出してくれねえか。びっくりするだろうが」
「分かった、今度声を出す」
「で、僕にとって辛いことはこれからって、どういうこと」
「昨日の戦いで、あんたはDD戦士の武器を上手く発揮できた、それはあんたが鮫姫珊瑚への愛が単推しにも負けないほど深くなった証だ。しかし事件が解決した今、次の戦いに備えるために、あんたはその気持ちを消し、鮫姫珊瑚のことを忘れるべきだ。言い換えると、失恋の痛みを経験するのだ」
「そんな大げさだ。僕はそもそも数え切れない程の妻がいるDDだから、その気になればすぐに忘れられるさ」
「そんなことを言って、実はあんた、情が移りやすい人だと分かっているわ。まあどうでもいっか、どうせ私とは関係ないし」