11 初戦
土曜日は鮫姫珊瑚今週最後の配信日、琴月陽介がDD戦士として最初の戦いの決行日でもある。
朝起きて、陽介がアニメを観ながら朝食を食べている時、そばから聞き慣れた声が響いた。「決行は今夜だけど、緊張していないようだな」
「おはよう花殺ちん」と言いながら、陽介の目はアニメの画面から離れなかった。「普段は頑張って勉強すべきだが、試験の前夜は寛いで英気を養うべき。これは小学の先生が教えてくれたことだ。お陰様で、僕は小さい頃から、試験が大事であればあるほど実力を上手く発揮できるタイプなんだ」
「そういう心構え、大変結構だ。それなら、心配いらないね。じゃあ今夜また会おう」
「いや待って、来たばかりじゃないか」
「用がなければもちろん帰るけど、ここにいても意味なくない?」
「例えば作戦会議とかしないか」
「あぁ、作戦ならとても簡単だよ。お前が炎槍聖帝に喧嘩を売る、彼が喧嘩を買う。お前らが喧嘩して、お前が彼を斬る。以上だ」
「簡単に言うな、もし彼が今日配信を見てないとか、喧嘩を買わないとか、どうするんだよ」
「例えば現実世界の彼が配信を見ていなくても、炎槍聖帝というペルソナは必ずバーチャル世界のライブ現場に現れる、これは私が保証するわ。彼は喧嘩を買わなければ、お前がなんとかして、無理やり買わせろ、それはお前の仕事だ」
「無茶を言いやがって…まあ分かったよ、やってみる。ペルソナは割りと単純な人格だから、騙しやすいはずだ」
「じゃあまた今夜ね」
「はいはい、いってらっしゃい」と言いながら、陽介は立ち上がって、食べ切ったパンの袋を台所にあるゴミ箱に捨てた。帰った時、花殺のフィギュアは既に動かなくなった。
「さてと…」陽介は再びパソコンの前に座って、ブラウザーの検索バーに「刀で槍に対抗」を入力し、エンターキーを押すと、すぐに検索結果が出た。
それを見ながら陽介は呟く。「『槍が圧倒的に有利』、『刀で槍には勝てません』、『剣で槍に対抗するには三倍の段位が必要』。おいおい、まじかよ、ゲームではセイバーの方が有利だろうが、冗談じゃねえ、こっちは命に関わる状況だぞ」
もちろん一人でいくら文句を言っても、兵器はリーチが長い方が有利だという事実は変わらない。
そして陽介は動画サイトで刀と槍の対戦動画を検索してみたが、出てくるものは殆ど殺陣動画、華麗なアクションだけど、実戦に使えるかどうかは怪しい。
「もういい、こんなことしたって何の役にも立たん、普段の稽古を信じるしかない」と思って、陽介はブラウザーと閉じて、ゲームを起動した。
正午まで遊んで、出前を頼み、アニメを観ながら昼ご飯を済ませた。
そしてコーヒーを一杯いれ、飲みながらネットで映画を一本観て、午後の暇を潰した。戦国時代を舞台にしたアクション映画だが、陽介は別に何かを学ぼうとは思わず、ただ映画を楽しんだ。
映画を見終わるとゲーム再開、午後6時ぐらい遊んでまた出前を頼んだ。
晩ご飯もアニメを観ながら食べる。ゆっくり食べ終わると、時間は7時前10分になった。
「準備はいいか」と、花殺のフィギュアが再び声を出した時、陽介はそれを待ってるように、ちっとも驚かずに答えた。「おぉ、いつでもいけるぞ」
「良い」と花殺は言ってから黙り込み、二人は静かに配信開始を待つ。
7時ちょうど、配信開始。
二人はまず陽介のバーチャル部屋に入った。
「花殺ちん、着替えるから、ちょっとあっち向いて」と陽介が言うと、花殺は顔を部屋の外に向けた。
陽介が右手を出すと、その上に黒い剣道着が一着現れた。その上着の裏側に、「琴月陽介」という文字が黄色い糸で刺繍されている、陽介が大学の頃に使っていた剣道着だ。何百回も着たので、ほぼ完璧に再現できた。
5分後、陽介は花殺に声をかけた。「もういいよ」
花殺が振り返って見ると、陽介は剣道着をきれいに着た。上着に一切しわがなし、胸元の紐がしっかりした蝶々結びになっている。
「ほう、悪くないじゃないか。こういう儀式によって、自分を臨戦態勢に入らせるか」
「そうだ、いわば『剣士』のペルソナに切り替えるのだ」と答えて、陽介は花殺に手を伸ばした。「さて、刀をくれ」
「ほれ」と言って、花殺が右手を開くと、掌の前の空に穴が開き、その中から刀が飛び出して陽介に向かって行った。
「ほれじゃねえよ、投げるなって言っただろう」陽介は飛んできた刀を両手で受け取って、腰に差した。刀の位置を少し調整して、刀を数回抜いたり納めたりして、陽介は満足げに手を下ろした。
「良し、これで完成―いやもう一つ」と陽介が言うと、右手に仮面が一枚現れ、お祭りでよく見える白い狐面だった。狐面を被って陽介は言った。「今度こそ完璧だ、行くぞ」
鮫姫珊瑚の砂浜は今日も賑やかだ。舞台の上に、鮫姫珊瑚は元気なアニメソングを歌っている。観客の前列に、燃える槍を持っている背高い男が立っている、前に会った炎槍聖帝だ。
陽介は炎槍聖帝に近づき、深呼吸してから声をかけた。「おい、炎槍聖帝」
炎槍聖帝は振り向いた。「なんだ」
「お前を殺すから、付いて来い」と陽介は言って、こんなバカみたいな挑発に乗ってくれるかなと心配している時、相手は大笑いした。
「はははは…俺様に喧嘩を売るとは、いい度胸だ。いいぜ、買おうじゃねえか」
「良し、こいつがバカで助かったぞ」と思って、陽介はほっとした。
炎槍聖帝が喧嘩を買った瞬間、周囲の景色と音が速やかに消えていき、気がつくと二人がは既に鮫姫珊瑚の砂浜にいなくなり、広い平地に立っていた。
「両者合意、死闘開始、いざ尋常に」と、遠くに立っている花殺が言い終わると、その姿も速やかに消えていった。
陽介は相手から目を離さず、まずは素早く数歩退いてから刀を抜き、両手で柄をしっかり掴んで中段の構えを取った。そして剣道試合のように掛け声を上げた。「やぁぁぁ!」
「うるせえ、死ねえ、炎龍撃!」炎槍聖帝が槍を突き出すと、槍を包む炎が龍の形となり陽介に向かって飛んで来た。
「水月斬!」陽介が袈裟斬りを放つと、新月の形となった水の刃が炎龍に向かって飛び出した。炎と水が衝突し、轟音の後、二人の間に濃霧が発生した。最初の技は相打ちだった。
「ほう、少し腕前があるな、道理で俺様に喧嘩を売ったわけだ」と炎槍聖帝が言った。
「少しじゃねえ、沢山あるぞ、さあ続きだ」と答えて、陽介は穏やかな送り足で緩やかに相手に向かって近づいていった。
二人の距離が縮まると、炎槍聖帝が炎槍を振り回して襲って来たが、陽介は相手の動きを見つめて、手を動かず、素早い足捌きで攻撃を一々躱し、かなり余裕に見えた。
この攻防の間、陽介は段々気づいた。「こいつの動き、めっちゃ大きいけど。こんな遅い攻撃、当たるものかよ。もしかして、こいつは全くの武術素人、ただ槍と炎を勝手気ままに振っているか」と思って、陽介は攻勢に転じると決めた。
「もう逃げるな!」と怒鳴って、炎槍聖帝が槍をもう一度振り下ろす時、陽介は両手で刀を頭の上に構えた。槍が刀に当たると、斜めの刀身に流されて脇の地面に打ち込んだ。この隙を狙って、陽介が刀に水の力を刀に注ぐと、刀身がいきなり2倍に延長された。そして陽介は全力で斬撃を放った。炎槍聖帝は全身炎の鎧に覆われたが、水の刃はそれをあっさりと斬り通して体に深い傷を残した。
「あぁぁ!」一撃をしっかり食らった炎槍聖帝は悲鳴を上げて数歩退き、目付きにある狂気が驚愕と恐怖に変わった。
「なるほど、この程度か、ならすぐに楽にしてやるよ」と言いながら、陽介はまた中段の構えになって、相手に近づいていった。
「く…来るな!」と叫んで、炎槍聖帝は槍を陽介に向かって突き出した。槍の穂先と刀の切っ先が交わった瞬間、陽介が刀の鎬で槍の穂を叩き、槍を払って相手の構えを崩してから一歩踏み込み、「やぁぁぁ!」と掛け声に伴い刀を真正面から斬り下ろした。
この一撃を食らったら、炎槍聖帝は完全に動かなくなり、地に倒れ込んで、体が段々灰になって散っていく。陽介は数歩退き、刀を振って血振るいしたが、この世界の人はそもそも血がないから、もちろん血も何も振り落とされなかった。そして陽介は倒れた相手を見つめたまま刀をゆっくりと鞘に納め、刀が完全に鞘に入った時、炎槍聖帝の体もすっきり消えた。