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DD戦士  作者: 椎名未聞
10/22

10 試斬

 翌日は木曜日、鮫姫珊瑚の配信日だ。陽介は今日も早くパソコンの前に待っている。配信が始まる前の暇で羊羹栗子を描く絵を投稿しようと思ったが、考え直すと自分で却下した。なぜなら、そうしたら自分の愛が羊羹栗子に分けられ、鮫姫珊瑚への愛が足りなくなってしまう恐れがあるからだ。

 投稿ページと閉じ、陽介はため息をついた。「悪いな栗子ちゃん、今月俺は鮫ちゃんの単推しだから」

 配信開始直前に、花殺のフィギュアが動き出した。

「こんばんは、花殺ちん。いいタイミングに来た、ちょうど配信が始まるのだ」

 花殺はモニターに映っている配信ルームの画面を見て言った。「今日も歌枠か、歌うのが好きだね、この子」

「それはそうだろう、歌系だから」と陽介が言い終わると、鮫姫珊瑚の声が響いた。

「皆~こんばんは。遊びに来てくれてありがとう~今日はアニソンの歌枠だよ。今日はスーパーチャットで曲をリクエストできます、ただしリクエストするならアニソンでお願いしますね。それでは、早速一曲目行くわよ」

「そうだ花殺ちん、ふと思い出したけど」と陽介は花殺を見て言った。「なんで僕たちはまだモニターの前に配信を見てるのか。中に入って現場で観ない?」

 花殺は頷いた。「そうね、その方が愛を深めやすいだろう。じゃあ行こう」

 二人がバーチャル世界に入り、再び鮫姫珊瑚の砂浜に立った。陽介が観客たちに混り、花殺は海に向かって、砂浜に座り込んだ。

 鮫姫珊瑚が数曲歌って、陽介が夢中になっている時、観客席の前列から金貨が一枚空に飛ばされ、そして花火のようにパッと咲いて、夜空に一行の文字を浮かべた。

 それを見て、鮫姫珊瑚は言った。「東堂さんからのスーパーチャット、ありがとうございます。曲のリクエストですね、はい、では次はこの曲を歌おう。聴いて下さい、『善良な悪魔のテーゼ』」

 ……

 本日の配信も2時間ぐらい続いた、舞台上の明かりが消えたら、舞台の下の観客たちも段々消えていく。

 陽介が振り向いて見ると、すぐに砂浜に座っている花殺を見た。陽介も彼女の隣まで歩いて座った。

「なんでこんなところに座ってるのか、ライブめっちゃ良かったよ」

「別に、ここでも聞こえるし」

「そうか、お前はずっとこっちにいるから、もう飽きたか。それとも、人が多いところが苦手?」

「立ちっぱなしが疲れるから座って聴くだけなの」と言いながら花殺は立ち上がった。「行こう、あんたの武器が完成したかどうか、確かめるのだ」

「おぉそうだ、それが本来の目的だった」陽介も飛び上がった。

 二人が陽介のバーチャル部屋に入って、花殺は刀を取り出して陽介に渡した。

 刀を手に取ると、陽介は目を閉じて言った。「なぜか分からんけど、僕はもう分かったぞ、この刀は既に完成したと。しかも、この刀に付与された水の力の使い方も、何となく分かった気がする」

 花殺は頷いた。「良い、じゃあちょっと試し斬りしよう」

「おぉ!」と応じて、陽介はゆっくり刀を抜いて、初めて完全な刀身を見た。刀身は完璧な反り、全て透き通った水色に染まり、滴るようだった。

 暫く刀を見つめて、陽介は感心した。「綺麗だな」と言って、陽介は目を閉じた。少し経ってまた目を開けると、目の前にしっとり濡れた一巻の畳表が現れた。

「やはりこういう物ぐらい完璧に再現できるな」と陽介は満足げに言った。「花殺ちん、ちょっと遠く離れて、今から試し斬りするから」

 花殺が遠ざかったのを見て、陽介は畳表の前に立って刀を上げた。深く息を吸ってから、陽介は猛然と一歩踏み込み、その同時に「ヤー」という気合をかけて刀を振り下ろした。刀が畳表の側面に打つと、畳表は二つに斬られず、遠くぶっ飛ばされた。

「野球のボールを打ってんのかよ」と、花殺は嫌味を言った。

「うるさい、畳表を固定するのを忘れただけだ」と言ってから、陽介は頭を横に振ってまた言った。「いや、刃筋が正しく、スピードが足りていれば、固定しなくても斬れるはずだ。やはり僕の修行がまだ足りてない」

 畳表を試斬台の上に立てて、陽介は改めて刀を上げた。もう一度斬り下ろすと、今回畳表はあっさりと二つに斬り分けられた。

「ほう、なかなかやるな」と、花殺は言った。

「良し!いい感じだ。じゃあ次は魔法攻撃を試そうか」と言って、陽介は畳表から少し離れたところに立った。

 陽介が刀を上げて精神を集中すると、刀身から水が溢れ出たが、その水は滴らず、刀身を包んで空に浮いている。「行くぞ、水の呼―」と、陽介が技を出そうとした時、ふと花殺が大声で陽介の話を遮った。

「おっとっと、はよう黙れ!」

 陽介は驚かせて動きを止めて花殺の方を見た。「な、何だよ、いきなり大声出して」

「あんた、今漫画で見た技の名前を叫ぼうとしたな」

「そうなんだけど、それがどうした」

「技の名前は自分で考えろ、パクリすんな、訴えられるぞ」

「訴えられるって、誰にだよ」

「いいから、とにかく技名が欲しいなら自分で考えろ、その方がかっこいいだろう」

「そう言えば確かに一理はあるけど、分かったよ、自分で考える」

 身構えを整えて、暫くして陽介は刀を振り下ろした。「水の袈裟斬り!」

 斬り下ろした瞬間、空に浮かんでいる水は長細い形に固まり、刀身が二倍に延長されたように見え、水の切っ先が本来届かない畳表を斬り通した。

「良し、行けるぞ」陽介は再び二つに斬り分けられた畳表を見て興奮したが、花殺はため息をついた。「あのさ、ネーミングセンスがなければ、別に無理やり名前を付けなくてもいいんだぞ」

「うるさいな、じゃあお前がかっこいい名前を付けて見せろよ」

「はいはい、水の袈裟斬りでいいわ。もう用済みなら帰るぞ」

「ちょっと待って、あと一つ、試したい技がある」と言って、陽介は試斬台に新しい畳表を立て、10歩ぐらい退いた。

 刀を振り下ろすと、刀身に付着している水が三日月形の刃と化して前に飛び出した。水の刃が斬り通して平らな切り口を残し、畳表が見事に切断された。

 陽介は左手で腰に差している鞘の鯉口を握り、右手が刀の棟を左手の親指と人差指に当て、そして両手が前後に動いて切っ先を鞘に入らせ、ゆっくりと刀を納めた。

「良し、遠距離攻撃も問題ない。これでこそ用済みだ、さあ帰ろうぜ」

「今の動き、居合道の納刀か」

「そうだ、分かるか、かっこいいだろう」

「かっこいいけど、実用的じゃないだろう」

「いいえ、それは違うぞ。納刀の時は刀も鞘も見ず、相手を見る。ゆっくりと刀を納め、万が一相手が再び襲って来たら、いつでもまた刀を抜ける。つまり残心だ」

「へえ、なるほどね」と言って、花殺が陽介が渡した刀を受け取り、空に開いた小さな穴に入れてから、二人は現実世界に戻った。


 翌日は金曜日、最後の出勤日。退勤の頃、陽介は杏に声をかけた。「杏ちゃん、今日は稽古に行くか」

「うん、行く、ちょっと待って」

 杏が持ち物を片付けるのを待って、二人が会社を出たら、陽介は聞いた。「どうだ、体は大丈夫か」

「実は大丈夫じゃない、腕はまだちょっと痛い。でももうすぐ週末だから、今日休めば三連休になっちゃって、一昨日の稽古が台無しだろう」

「そうだな、じゃあもう一頑張ろうっか、週末もきっともっと楽しくなるから」

「良~し、今日は猛稽古して、週末分のアイスまで稼いでやるぞ」

「いやそこまで頑張らなくても―」

 話しながら、二人は花恋館に着いた。師範の上泉長綱に挨拶してから、二人は着替えて稽古を始めた。

「先生、今日は何を練習しますか」と、杏が聞いた。

「そうだな、とりあえず、中段の構えを取って」

「はい」と杏が答えて、中段の構えを取った。

「ちょっと違うね。まずは左手はもっと下に、あと左足はもう少し後ろに…」と言いながら、陽介は杏の姿勢の間違っているところを一々調整した。

「はい、これで完璧だ。今言ったポイント、覚えたか」と陽介が聞くと、杏が答えた。「ええっと、大体覚えたとは思うけど、来週になったら忘れちゃうかも」

「大丈夫、初心者は皆そうだ。何度でも直してあげるから、気にするな。では前回と同じ、今から中段を5分保つ、始め」

「はい、先生」

 陽介は杏のそばに素振りをし始めた。掛け声に合わせ、一本一本しっかりやって、毎回竹刀を振り下ろす時に風を切る音が聞こえる。

 5分後、陽介は竹刀を下ろして杏に言った。「やめ。ちょっと休憩」

 杏は竹刀を下ろし、手足をブラブラして寛ぎながら言った。「先生、質問です」

「先生と呼ぶな、いつも通り名前でいいよ。で、質問は何だ」

「打つ時は大声出さなければだめなのか」

「そうだ、打つ時は必ず大声を出すんだ。奇声を上げることこそ剣道の醍醐味」

「本当?」

「冗談だ。でもいつも声を上げるのは本当だ。この掛け声は気合と呼ぶ、つまり勢い、その勢いで相手の精神を圧倒するのだ。高段者なら声を出さなくても気勢が十分あるので無声でいいけど、僕もお前もまだまだそんなことを考えなくていいよ」

「なるほど、勉強になったわ」

「はい休憩終わり、中段の構え。次は足捌きの練習…」

 杏が送り足で往復していた時、陽介は送り足と踏み込みに合わせて素振りをした。

「もう8時よ、帰るか」と陽介が聞くと、杏が答えた。「明日は寝放題だし、9時まで頑張ろうと思うの、付き合ってくれる?」

「実は僕もそう考えているんだ、じゃあもう一頑張ろうっか」

「おぉ、これからは週末分のアイスのためだ」

「でも無理しないでね、疲れるなら勝手に休んで」

「はい、分かってる」

 9時5分、二人が花恋館を出て、また1階のラーメン屋に行った。

「陽介君は今週末何をする予定?」

 少し考えて、陽介は答えた。「ちょっと、人を斬ってくる」

「はいはい、どうぜゲームの話だろう、分かってるって、この中二病が」

「はは、バレたか」

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