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DD戦士  作者: 椎名未聞
1/22

1 初見

 時は6月のある金曜日の12時半頃、とあるゲーム会社では昼休みの時間。デザイン部エリアにある一つの座席、その机の上に「琴月陽介ことつきようすけ」と書いてある名札がある。そこに座っている男はパンを咬みながら、パソコンのモニターをじっと見ている。モニターに映っているのはアニメキャラクターに見える白髪の美少女、少女の口が動いて、何かを喋っているようだ。それを見て男は思わず微笑みを浮かべている。

「陽介、何を観てるんだ、アニメ?」

 陽介が動画を止めて振り返って見ると、声をかけた女性が目に入った。肩まで伸ばす黒髪、メガネをかけている丸い顔、それはアート部に所属する同期入社の同僚、美星杏みほしあんだ。

「杏ちゃんか、違うよ、これはアニメじゃなくて、VTuberだ」と、陽介が答えた。

「へー、VTuberって何」と言いながら、杏は興味深そうに近づいて陽介のモニターに目を向けた。

「Virtual YouTuberの略だ、端的に言えばアイドルみたいなものかな、但し実在の人ではない、誰かが演じる二次元キャラクターだと理解していいよ」

「なるほど、分かった気がする。じゃあこの子が陽介の推しか」

「いや僕なら単推しでも箱推しでもなくて、DDという奴だ」

「DDとは?」

「『誰でも大好き』の略だ。つまりあっちこっち歩き回って、たくさんの女を観て、可愛ければ誰でも良いっていう節操のない奴だ」

「ふふふ」と、杏は陽介の自嘲に笑わされた。「まあ他人の邪魔にならなければ、DDでも全然大丈夫だと思うけど」

「そうだな、三次元のアイドルは分からないけど、VTuberを観ている人なら、単推しより絶対にDDの方が多いと思う。ほら、このサイトの名前だって『DDsite』だろう」

「そうだね―」と言って、杏は話題を移した。「ところで陽介は大学の頃、確か剣道部の部員だったっけ。近くに新しい剣道場が開設されたけど、仕事が終わったら一緒に行ってみない」

「へえ、杏ちゃんも剣道に興味があるのか」

「まあ、太りたくないから、何か運動を探して体を動かしたいの。しかもつい最近剣道のアニメを観て、かっこいいなって思うんだ」

「それはいいね、でも悪いな、今日は無理なんだ、先約があってさ。そうだ、来週の月曜ならどうだ、空いてる?」

「うん、いいよ、じゃあ月曜に決まったね」と言ったら、杏は自分の席に戻って行った。


 午後6時に退勤した陽介は、6時半頃自分が住んでいるマンションに着いた。部屋は大きくないが、ここで陽介は楽しい一人暮らしの生活を数ヶ月送ってきた。

 昼ご飯と同じく動画を観ながら食事を済ませ、食器も洗った後の時間は7時まであと10分。陽介はペンタブレットをパソコンのモニターの前に置いて、お絵描きソフトを起動したら、未完成の絵はモニターに映った。まだ色は塗ってないけど、線画せんがはほぼ完成だ。描かれているのは一人の可愛い少女、髪型はふわふわのパーマ、身に着けるのはセーラー服、頭の上に渦巻き状の羊の角がある。

 陽介は色塗りの作業を半時間ぐらい続け、7時25分になったら、パソコンの画面をブラウザーに切り替えて、DDsiteのウェブページを開いた。自分のフォローリストに入ると、今配信している十数人のVTuberたちの配信ルームはウェブページで現れた。陽介は「3周年記念配信」というタイトルの配信ルームをクリックして、中に入っると、配信画面にはまだライバーの姿がなく、「Now Loading…」と書いている準備中の画像が映っている。まだ配信は正式に始まっていないが、配信ルームには既に賑やかで、コメント欄は一秒も止まらず更新し続けている。

「一番可愛いルルちゃん、3周年おめでとう~」

「ルルちゃん、愛してる!」

「ルルちゃんの単推しです、結婚して下さい!」

「全裸待機」

「DDだけど結婚して下さい!」

 ……

 陽介は別にコメントを送らず、またお絵描きソフトに切り替え、ウインドーサイズを縮めて、ブラウザーの右下、配信画面の邪魔にならないところに置いて、色塗りの作業を再開した。

 暫くして、イヤホンから流れてくる音楽の声が途絶えたことに気づき、陽介は配信画面に目をやると、やはり準備中の画像が消えてライバーが現れた。ライバーは白髪の可愛い女の子、名前は甜菜てんさいルル、ファンが百万人もいる名高いVTuberだ。ルルはにこにこ笑いながら、元気いっぱいの声で配信を始めた。

「は~い、ルルだよ。皆、今日ルルちゃんの3周年記念回に来てくれて、ありがとう~!今日は3D配信だよ。では最初の一曲、行くわよ」

 盛り上がる音楽に伴い、ルルは踊りながら歌い始めた。同時に配信画面も応援のコメントに満たされた。

「\ルル/\ルル/\ルル/\ルル/\ルル/\ルル/」

「( ゜∀゜)o彡゜( ゜∀゜)o彡゜( ゜∀゜)o彡゜」

「可愛いね」

「可愛すぎ」

 ……

 陽介は一旦ペンを置いて演出に専念したが、相変わらずコメントを一言も送らなかった。

 歌い終わって、ルルはまた話した時、喘ぎ声が聞こえた。「はーはー、疲れたわ、ふーふー、この曲、ルルめっちゃ頑張って練習したよ、どうだった」

 間を置いてコメント欄を見て、ルルは言い続けた。「そっかそっか、良かった。じゃあ頑張った甲斐があったね、ありがとう皆さん。あっスーパーチャットがたくさんある、護衛になってくれる方もたくさんいるね。多すぎて今は返事できないんだ、ごめんね、後の感謝回でまとめて返事するわ。ではでは、そろそろ次の曲行くわよ」

「護衛」とは、DDsiteで使われているメンバーシップ機能、3千円払えば、一ヶ月間あるVTuberの護衛になることができる。護衛になれば、VTuberに名前を読まれて感謝され、護衛の身分を象徴するバーチャルメンバーカードを手に入れ、時にはプレゼントを貰えることもある。それに、護衛のファンレベルが一気にLv.20に上がり、より長いコメントを書けたり、コメントの文字の色を変えられたり、普通のファンよりいろんな特権を持っている。更に護衛の上には、毎月3万円の「大将」と毎月30万円の「軍師」というメンバーシップもある。

 ルルの記念回はまだ続いていて、陽介は時に配信画面を観て、時に声だけを聞きながら色塗りの作業を進める。

 2時間後。

「皆、今日遊びに来てくれてありがとうございました。では今日の配信はこれで終了しちゃうよ。また今度の配信で会おう、おやすみなさい~」と、ルルが言ったら、配信ルームの画面はエンディング画像になり、暫くして真っ黒になった。

 陽介はブラウザーを閉じて、お絵描きソフトのウインドーサイズをフルスクリーンに戻した。色塗りの作業はほぼ完成、陽介は絵を暫く眺めて、もう一度セーブしてからお絵描きソフトを閉じて、パソコンをシャットダウンした。

 陽介は両手を高く上げて背伸びしながら、大きなあくびしたら、思わず気持ち悪い声を漏らした。「ああ~~ルルちゅあーんきゃわいい、結婚してぇぇぇ~」

 ふと、くすっと、笑い声が聞こえた。

 びっくりした陽介は慌てて目を開けてイヤホンを外して周りを見回すと、誰一人いなかった。声は間近いところから伝わってきた気がして、確かモニターの右側あたり、と思って陽介はその方に目をやると、そこに置いてあるのはメイド服を着ているピンク髪の美少女フィギュア、それは陽介が昔観ていた花殺はなごろしという名前のVTuberだ。陽介はそのフィギュアに近づいてじろっと1分間見ていたが、何の異常も見えなかった。

「まさか幻聴?」と思いながら、陽介は立ち上がり、シャワーを浴びて、眠った。


 翌日の早朝、目が覚めたところ、横向きで寝ている陽介の目に先に入ったのは、枕の隣に立っている花殺のフィギュア。

「ようやく目が覚めたか」と、フィギュアは言った。「問おう、貴方が私のサーヴァントか」

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