補論:彼女の詩
生暖かい、誰かの、誰かだった臭い。
愛しい人の、かつて流した、その温もり。
その全ては、地下牢の中で渦巻く。
「何故です!?何故拒むのですか!?」
檻の外から差し出された手に、彼女は笑った。
“愛しき我が友よ。生者にとって死は必定であり、かつて生を与えられなかった死者はいない。不可避の事象について嘆くべきではない”
暗い、暗い、闇の中。声だけを頼りに、若者は語る。ここを出ようと。生きて、出ようと。
「あなた様は子供を助けただけだ!あなた様が死ななければならない理由など――」
理由ならあるさと、彼女は鎖で繋がれた腕を持ち上げた。
“全ての人は自身の義務に対して忠実にあるべきだ。貴族として生まれた私の義務は……恐らく、あの時、あの場所で成就した。その結果に執着するべきではない”
「それが……それが死であったとしても、ですか……?」
“既に私はあらゆる行為を放擲している。この点に於いて一切の結果は私に帰属せず、それは死も同じだ。ならば、如何なる者が私を殺せるか”
「殺されることには変わりません!現実を見られよ!」
静かなる夜、その静寂。いかなる怒声も、夜を昼に変えることは叶わず。まして、彼女の心を……
“友よ。私の親愛なる者よ。聞け”
あらゆる行為に善悪も、性質も、形情も存在しない。賢者はこれをわきまえ、愚者は結果に於いて行為の善悪、性質、形情を考える。在りもしない行為の価値を考える。
友よ。結果から離れよ。課せられた義務に従い、ただ行為せよ。チャクラを回転させ、祭火の残り物を口にする幸福を知れ。結果に執着し、対価を求める者は無の中に有を見る。無は無と素直に考えるべきだ。あらゆる行為は無と知れ。一切の行為を放擲し、この理を知れ……