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ギロチン令嬢と世界の破壊者  作者: 諸行為の奴隷
4/6

春日なる

 ………………。

 

 「という訳で帝都に行くことになった」

 「まるで意味が解らんぞ!?」

 

 そう開いたまま塞がらない口に熱々のベーコンを突っ込まれた御姉様の心情やいかに。

 

 「あっつー!?」

 「あねご。食べてる時に喋らないほうがいいと思う」

 「そ、そうね……あれ、そういう問題だった?」

 「だっただった」

 「違うわよね?」

 「たったった~」

 「逃げるなコンチクショウ!」

 

 という食後の鬼ごっこの後。二人の裸身が泉の辺りにあった。

 

 「それで、結局どういうことなのよ?」

 

 鬼ごっこの汗を流すべく冷たい水に浸された筆舌に尽くしがたい程の光を放つ半球を惜しげもなく晒す、その横には語るに落ちた胸がちょこんと在りましたとさ。

 

 「帝都に行って、イェーリング教授と会ってきた」

 「そんで?」

 「少しお話したら、大学で法律学を学んでみないかって言われて頷いた」

 「待って、話が急すぎる」

 

 頭がクラクラする当たり、未だ正常な感覚を失っていないという証拠で実に喜ばしいことだが、生憎と生まれ育った妹を理解するには邪魔以外の何物でもなく。理解できてしまったらWelcome to Hell、もう引き返せないこちら側にようそこそとのこと。

 

 「ええと、つまり次の受験までイェーリング教授が生活の面倒を見てくれるってこと?」

 「イエス」

 

 ようこそ、こちら側へ。

 

 話は簡単で、サルバトル帝国大学の教授と師弟関係になろうというものだった。似たようなことは貴族間で頻繁に勃発しているが、但しあちらは養子縁組。優秀な人材を幼少期から手元で育てようという究極の青田買いに対して、こちらは頭がアレと解ったヤツを弟子に引き取ろうというもの。その苦労を同列に語ることには些か納得のいかないものが有るのではないかという思いが色々詰まってそうな心中を過る。過っただけ。

 

 しかし、以外なことにクリシュナルという男はこれまで弟子の類いを取ったことが無い――とのことだった。

 

 「そうなの?」

 「うん。他の大学教授は少なくとも2,3人は取ったりしてるんだけどね」

 

 頷きながら、頭の後ろで手を組む。その際に胸の頂から滴った水滴は月に染まった燦然世界の光の如く輝き、尽きた胸の方から落ちた滴は散々なる光りようだったとかなんとか。

 

 その散々な方が口を開いた。

 

 「なんかアパートも見付けてくれるらしいから姉御もおいでってさ」

 「マジで?いいの?」

 「……久しぶりに部屋の掃除をしたら、使う暇が無くて忘れてた原稿料がベッドの下から這い出てきたらしい」

 「奥さんは?」

 「完全ドフリー」

 「よし行こう」

 

 あわよくば、という飲み込んだ御姉様のスピード感溢れる対応のもとに急遽帝都行きが決定したその翌日のこと。これが今生の別れと大して思い入れの無い町を(御姉様に無断で)散策していたところ。

 

 「あら、また会ったわね」

 「会ったね」

 「ねー」

 

 と、これまで一度も役に立った試しの無いエルフの耳がピクリと反応した。

 

 「えーと」

 「誰でしょう?」

 「しょう?」

 

 キャッキャッと、花の妖精が試すように笑う。

 

 「心に問いかけてみて。そうすれば私達の名が解るから」

 「……オスギとパー子?」

 「「アディオス」」

 「逃げるな逃げるな」


 そそくさと逃げ出そうとした二匹を引き留める。

 

 「もう。悪ふざけは無しよ?」

 「無しよ」

 「いつも心に余裕と悪意を。それだけをモットーに生きてきた。生き続けてきた。今更変えられないね」

 「嫌な信条ね」

 

 本来は純粋無垢な妖精にまで人間性を疑われてアルベラは、その心の内に残された僅かな良心に問い掛ける。まだ息をしているか、と。

 

 「ニシキ。ゴコウ」

 「正解よ、美しい人」

 「正解よ、優しい人」

 

 そう、二人の妖精は笑いかけた。

 

 「はて、美しいはともかく優しいかどうかは行為によって決定されるべきでは?」

 「優しい行為なんて存在しないわ」

 「行為に性質はないもの」

 「優しい人もいないわ」

 「行為は人を形成しないもの」

 「優しく有ろうとする人だけが優しい人よ」

 「なら優しいかどうかは心の問題ね」

 「だから行為に優しさという性質が与えられるのよ」

 「だから行為は人を形成するの」

 「なら貴女は美しく優しいエルフだわ」

 「頭もいいね」

 「ユーモアは最悪だけどね」

 

 言いたいだけ言った花の妖精は羽を広げると彼女の頭にとまり、二対の簪になった。

 

 「貴女は危なっかしいから守ってあげる」

 「守ってあげる」

 「そりゃどーも」

 

 そうシラミでも住まわせるかのような憮然とした表情で頷く。

 

 秋の暮れ。稔るほどに頭を垂れる金色の麦穂、水の流れは穏やかに、いっそうの冷たさを運ぶ北風の誘いに乗りたる東神のいかに寒きか。廻り、廻りて日は昇る。世界も回る。君を乗せず、感情のままに。

 

 誰も君を見ない。そんな暇は無いから。世界は動く、感情のままに。だから、動かしてみせて。新たな思想で。それが、貴女の優しさなのだから。

 

 ※

 

 自治区の門を出る時は町中の人達が見送りに駆けつけてくれた。曰く、あの美しいエルフがいなくなってしまう。キチガイの方もいなくなる、と。

 

 「誰がキチガイだ」

 「ひぇっ……」

 

 と、何度となく彼女を診療させられたお医者様が恐怖に怯えた声を出すその様は、世界の終わりを目の当たりにしたかのような顔のひきつり具合だったという。

 

 「ラスティリャさん、もう会えないのですかっ?」

 「ラスティリャ姉さまっ、私も連れて行って!」

 「私もお願いします!」

 「妹も一緒だけどいい?」

 

 の一言でお別れ会も終了。二人簪二つを乗せた馬車はゆっくりと動き出した。

 

 ※

 

 元々荷物は少ない方だった。街道を行く馬車の上、揺れる音の細やかなるや。それに比べ、いかに妖精二人のやかましきか。

 

 「見て見て。カンザスのお山よ」

 「見て見て。お山に雪が被っているわ」

 

 秋の木漏れ日。空気は乾き、風はいよいよ冷たく。休憩の折り、冷たい山の川辺で御者が焼いた魚の味は格別だったという。

 

 「この山でしか捕れない魚でな」

 

 そうかじりついた魚は干すと味が落ち、町の人間はその姿も知らないままに死んでいく者も多いと聞く。そろそろ壮年を迎える老人はそう語り終えて骨を土に埋めると、また手綱を握る。

 

 「おじさん。帝都までは後どのくらい?」

 「ま、何事も無ければ一週間ってところだな」

 「なるほど。道理で歩くとかかるわけだ」

 「アンタ歩いて行ったのか!?」

 「いや走って」

 「走って!?」

 

 という一幕。駅舎に着いたその日の夜のこと。高原にあるらしい、そこからは元居た町と空の星々、遥かな果ての青海が見えた。

 

 「こう言うとき、本当にエルフに生まれて良かったと思うわ」

 「んだんだ」

 

 と、頬杖付きながら頷くアルベラの目にも、空と海の大海原が映っていた。

 

 元々、帝国には豊穣さとは無縁の土地しかなかったという。中々に芽を出さない麦や米、災害、飢饉……その渦中にあって歴代の皇帝は奪うことより共栄する道を模索し続けたという。

 

 「立派なことね」

 「そうね。本当に優れた為政者以外は、貴族達が決して皇位に着かせなかったらしいわよ」

 

 その貴族を支えていたのは領民、その中には人間もそれ以外も含まれており。まかり間違っても人間至上主義者(レイシスト)などを台頭させる訳にはいかなかったという事情も、最初はせせらぎのようなものだった。

 

 それがいつしか声となり、波紋となり、力となり、思想に高まり、帝国という巨人になった。一説に、その力の根源である根拠は皇帝選出の際の誓いの儀にあるとされている。

 

 「市民を、飢えさせることなかれ、弄ぶことなかれ、抑圧することなかれ、怒らせることなかれ、恐怖させることなかれ、殺すことなかれ」

 「なにそれ?」

 「初代皇帝にして勇者が訓戒として後の世に残したとされる言葉」

 

 市民を餓えさせれば、暴動を招く。その命を弄べば、怒りを招く。それらを抑圧すれば恐怖を招く。それを武器にしたときこそが恐怖政治の始まりにして、国の終わり。

 

 では、その根本は何処から生ずるか。この問いに対して、かつて若き日のクリシュナル・イェーリングは三つの欠乏――Wisdom, Justice, Love を指摘した。

 

 「帝都の図書館で片っ端からあの人の本を読んだ。法学は理論により成り立つが、社会は理論のみを拠り所にするべきではない。如何にすれば法は、理論の隙間から零れ落ちてしまった人の元へ届くのか……そんなことが、言葉を変えて何度も著書の中で叫ばれてた」

 

 知慧が無ければ、他者の痛みを知ることはない。正義が無ければ、痛みに呻く人を愛することはない。愛が無ければ、他者の痛みを知ろうとすることもない。三徳は常に一蓮托生の、何れかが欠ければ他の徳の崩れる程に脆く。初代皇帝リーラが最も恐れたのは、まさにその崩壊に他ならない――と。

 

 故に、しばし理想論を律法に持ち込むなと批判されがちな彼の法理論は、しかし多くの人を惹き付けて止まない。

 

 もし、は存在しない。しかし、もしが存在すれば。きっと、革命など起きはしなかっただろうか。餓えた子供が首を吊られることもなかったか。餓えなどそもそも起こらなかったか。惨たらしい死を遂げることも無かったか――

 

 不意に、コトンと妹の頭が肩にもたれ掛かった。

 

 「どうしたの?」

 「……いや。誰も傷付かない、そんな理想の世界がいずこにあるものか――と」

 

 その問いに、彼女は答えなかった。黙って引き寄せた肩を抱く。それは暖かく、脆く、儚げで――大鷲の如く力強い羽を宿した小鳥のようだった。

 

 世界は回る。感情を乗せて。南北戦争は結局のところ、帝国の一人勝ちだった。出費だけで済んだ南方王国はまだしも、国力を大幅に削いで何も手に入らなかった大陸中央の国々に対して、騎士階級からの視線は特に厳しかった。王は栄誉を、騎士は戦果を――その末に広がる死体の山に目を瞑って、また世界は動き出す。

 

 「あねご」

 「ん?」

 「私にそっちの気は無い」

 「やかましいわ!」

 

 そう、二人で笑いあう…………

  

 

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