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ギロチン令嬢と世界の破壊者  作者: 諸行為の奴隷
3/6

紗夜更けて

 最高のランチには最高の食材を。心配をおかけしました御姉様には最高の贖罪を。最高級のベーコンを以て最高の贖罪とさせて頂きますと差し出された時の姉の顔は怒りで笑顔に震えていたという。

 

 「これは、ナニかな?」

 「トリエルノ地方の牧場で直接買い付けた最高級のベーコン」

 「今、何時かな?」

 「朝の20時」

 「この二ヶ月どこをほっつき歩いてたのよ!?」

 

 まるで熟れた林檎のような顔をしていたという。時に、熟成させた果実を蜂蜜漬けにして台所に並べるのが帝都でのブームらしい。

 

 「帝都!?今帝都って言った!?」

 「言った」

 「どこまで行ってきたのよ!?」

 「帝国最南端、ミゾネア地方の農場まで」

 「ほんとどこまで行ってるのよ!?心配したんだから!」

 「めんご」

 「一言で済ますな!」

 「めんごめんご」

 

 果たしてそういう問題かはさておき。森の中の静かなアパートで美人姉妹は感動の再開を祝して抱擁を交わしましたとさ。

 

 「まったく……私だって帝都に行ってみたいのに」

 「めんご。悪気は無かった」

 「余計に質が悪いわよ……」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、一ヶ月前から用意していた鉄板に新鮮なお肉と卵を四つ、その上に雑多な香辛料をかけて焼いてゆく。

 

 「あねご、あねご」

 「ああ、紅茶沸かしといて」

 

 言われた通り、庭に生えていた草と木の実を煮出していく。コトコト鍋が揺れ、深草色に煮染まった頃。丁度、肉の方も焼きあがった。それらをいい感じにテーブルに並べて、一ヶ月遅れの昼食が出来上がったという。

 

 「それじゃ、妹の無事を祝して」

 「Let's Party!」

 「なんか妹が壊れた!?」

 

 と思うも、ここ最近妹の言動がおかしくなかった事などなく。極めて正常だという結論に落ち着いた姉の精神も次第に毒されているのではないであろうかという感想がアルベラの中でわき上がったが、生憎と彼女もアレな部類なので気にも止めることなどなく。

 

 しかし、流石産地で直接買い付けたというだけあって、肉質は大層なものだった。噛めば脂が滴り、歯応えのある肉厚からは旨味が滴る。これでお値段3000ベース。

 

 「運搬費用がかかってないからね」

 「あねご、ソース」

 「ん」

 

 そこに木苺のソースを少々。酸味と甘味が増しましたお肉は大変に美味で、匂いに釣られてひょっこり現れた狼さんが革細工のお財布になりました。

 

 「それで、帝都はどうだった?」

 

 血の滴る槍を拭きながら尋ねると、概ね好意的な答えが返ってきた。

 

 「多分、良いところ」

 「多分?」

 「この世界でエルフやドワーフ、ホヴィット……それに亜人が迫害されているとは思えないくらい。良いところ、だった」

 「そう」

 

 と、微笑む。その傍らに狼が解体されて生皮だけになってゆく。

 

 元々帝国人というのは自由と公正を重んずる気風だったという。それらが危機に瀕すれば地方の男爵家ですら皇家に中指を立ててラ・マルセイエーズを歌いながら王様のお家の門をノックする。そこに公平という新たな視点が導入された今から30年前に当たる新歴1423年からは、その動きが更に活発化。

 

 結果として、帝国という総体を構成するものは何らかの形で統治に関われる機会が出来たという。学問の自由市場化もその一環、これまで庶民には手の届かなかった高級な学問に誰でも触れること自体は可能になったという。

 

 「まぁ、教育という点で大きなハンデが有るのは変わり無いんだけどね」

 「あねご」

 「なに?」

 「大学行きたい」

 「話聞いてた!?」


 言わざる見ざる聞かざる。日光東照宮の名の元に都合の悪い話はそうしろと習った訳でも無いが、市民の窮状にも三猿を貫き通した貴族共の末路をよく知っている彼女にはそのような不正義が許せる訳もなく。

 

 「好きな人が出来た」

 「マジで?」

 

 という話でもなく、単に色ボケただけで。

 

 「どんな人?」

 「こんな人」

 

 にゅっと、寝食一日一飯おはようからお休みまで長旅を共にさせられた鞄から一冊の本を取り出す。

 

 「『帝国財産法典 第2版』……著クリシュナル・イェーリング?」

 「その人」

 「ああ、知ってる知ってる」

 「マジで?」

 「アンタが居なくなってる間に講演に来たから」

 「マジで!?」 

 

 ガーンとお鍋が落ちてきたような音が響き渡る。対して御姉様の方は恍惚とした表情でその日を思い浮かべていた。

 

 「いい男だったわよ。顔もいいし、話も面白いし、お偉方にありがちな偉ぶったところもない」

 「代わりに変なユーモアが?」

 「そうそう。『私はそこそこの手当てを貰っているから良いのですが、ボランティアで聞きに来てくれている君達の境遇を思えば涙を禁じ得ません。なるだけ退屈しないよう心がけますので3時間ほどよろしくお願いします』って」


 老人達の憩いの場である広場に、普段は寄り付こうともしない若者達が一目見ようと押し掛けて当日は大入りだったらしい。帰る際には花束を投げつけられ、文字通り後ろ髪を引っ張られたという。

 

 そんな帝国大学の教授の一日は大体悪夢で始まるという。

 

 ※

 

 「これは悪い夢だ……」

 「現実から逃避してないでさっさと依頼書に目を通して下さい」

 

 机の上に山と積まれた書類を前にソファーの上で寝返りを打った所を学生兼助手に蹴飛ばされる。這い上がるように、独房のように固い床から起き上がったのは、何となくイケメンを想像したら出てくるような顔だった。

 

 「うぅ……もうちょっと寝かせてよ。単位上げないぞ」

 「こっちは書類が上がらなくてクライアントに突き上げくらうという訳の解らん状況なんですよ」

 

 いいから仕事しろよという言葉をオブラートに包み損ねた叱咤激励が跳ばされ、しぶしぶ書類の束を受けとる。そして、その顔が渋くなった。

 

 「どうかされましたか?」

 「…………まただ」

 「また?」

 「また法制局からです……」

 「また例の件ですか?」


 一瞬怪訝そうな顔を作ろうとして、失敗して蝋の溶けたような実にこの上ない程に不幸せそうな表情が秘書殿の顔に浮かんだという。


 うげ、と案の定と言いたげに教授の顔が歪んだ。


 「ええ……大学法改正の件。長官の泣き顔が浮かぶよ」


 そろそろ引退を考えるも辞めるに辞めれず、やむを得ず長官席に座っているがそろそろ退任しないと天下り先が無くなるとかなんとか冗談であって欲しい冗談がチラホラと教授の耳に入ってくるらしい。

 しかしこの頃最近、その冗談が冗談でなくなりつつあるとのこと。理由は単純、猿でも書かないような改正草案を長官名義で作られそうになっているとか。


 「そこまで酷いのですか?」

 「卒業試験には関わらないので読む必要は全く有りませんが……」

 

 言おうか言うまいか、暫し逡巡するように何度か顔を振りて。


 「例えばですが。建物を取り壊す際に時限立法で一回一回根拠法を制定しないといけないとしたら?」

 「クソですね」

 「そういうこと」


 そう言って彼は署名欄の下に『検討にすら値しない』と一言だけ添えると、狐耳のかわいい女学生に郵送するよう言付けて。そのまま一眠りしようとした尻を蹴り飛ばされて机に戻ると。そんな時を過ごすうちに、気付けば机の書類も無くなりかけていた。


 女学生も既に家路につき。ただ一人、ランプの光が時折揺らめく、紙とインクの匂いでむせ返った部屋の中に、彼の声が波紋のように落ちた。

   

 「……いかんね。もう年だ」

  

 何気なく見上げた空は赤黒く。町行く人達も家路に着こうとしている頃、ふと一週間ほど開けてしまったアパートの様子が気になった男の足は愛しき我が家に向かっていた。

 

 果たして、築10年事故物件格安なお部屋の様子はさほど変わっていなかった。ポルターガイストが荒らした節は見えるが、盗まれて困るのがせいぜい30年物の赤ワインしかない部屋に盗人が入った形跡もなく。安心してベッドに倒れ込もうとしたとき、

 

 「たのもー」

 

 肉厚な玄関のドアが叩かれた。

 

 「はて、珍しいね。客とは」

 

 訝しげに扉を見るその目は、滞納した家賃を利子ごとふんだくっていく大家様のせいで人間不信に陥っているとか陥っていないとか。しかし、それを含めても来客の予定は無く。

 

 「寝よ」

 

 と、また目を閉じようとして。

 

 「『物好きのカーニ』に言われて来ましたのよ」

 

 むくりと、男の上半身が持ち上がった。

 

 「ああ、済まない!少しだけ待ってくれ!」

 

 そう扉越しに叫んだ男はいそいそと髪と服装を整えると扉に向かい、そして――

 

 

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