ジャックオランタンの笑い顔
どうしよう、道に迷った。
目指す家は村外れの森の中にある。一人でおばあさんが住んでいる家だ。
たまに村で会うと「まるで孫みたいだわ」と可愛がってくれる人で、私もそのおばあさんが本当のおばあさんのように思っていた。
本当のおばあさんは既に亡くなっているし、こんなに私を可愛がってくれるお年寄りは他にいないし。
しかし、森の夜道を私はナメていた。家に招かれてお茶したことは数回あるけど、それもおばあさんと一緒に歩いての話だし明るい昼間だった。
今日はハロウィン。数件近所の子達と一緒に回った後おばあさんの事を思い出し、急に行って驚かせたくなった私。後悔はむちゃくちゃしてる。
こうなるなら素直に大人の言う通り、すぐ家に帰ればよかった。ここまで結構な時間、夜道をぐるぐると彷徨っている。
持っているのは雰囲気重視の古めのランタンと、ほどほどのお菓子の入った袋だけ。ここら辺で危険な動物が居るとは聞いた事ないけど、それでも夜は怖い。
鳥の鳴き声や風の起こす木々のざわめきにビクビクしながら歩く。親に作ってもらった仮装衣装が動き辛いなものじゃなくて良かった。
それにしてもまったく村にもおばあさんの家にもつかないなんて、私はどこへ向かって歩いているのだろう。
「道に、迷っているのかい?」
「キャアーーーー!」
突如の呼びかけに飛び上がって叫ぶ。誰? どこ? もしかして村の大人が探しに来てくれたの?
ランタンを持たない方の手でバクバク跳ね上がる心臓を抑えながらあたりを見回す。……あれ? 誰もいない。
周りを見てもランタンの明かりに照らされた木々と、葉の積み重なった地面と、枝の隙間から溢れる月明かりぐらいだ。もしやこれが幻聴というやつなのか。初めて聞いた……。
「おちびちゃん、今のでお菓子の袋落としちゃったね」
また声がしたと思った次の瞬間、ぬうっと目の前に黒い影が立ち上がった。
その影のてっぺんを見てみると、カボチャ頭。カボチャ頭が、喋ってる。
私のお菓子の袋を、なんだかよくわからないものが、私の目の前へ差し出している。
そう、私と似たようなランタンを持ったカボチャ頭のお化けが、私の目の前に、いる!
「ギャアアアアーーーー!!!!」
全身全霊で叫んだ。そして地面にへたり込む。そんな私にカボチャ頭のお化けはしばらく動かずにいて、そしてこう呟いた。
「すっごい声で、頭に響く……」
随分シクシク泣いていたがそろそろ疲れた。まったく誰も来ないし、お母さんがいつも言っていた、人間諦めが肝心だと。
泣いてたってどうにもならない。助けは諦めて一人立ち向かうのだハンナ!
「あっ、やっと顔上げてくれた」
カボチャ頭はまだそこに居た。心なしかホッとしたような声だ。
というか側でずっと「泣かないで~」とか「怖くないよ~」とか言ってた。……お化けでもまだ話の分かりそうな奴かもしれない。
さっきからずっと、私の前にちょんと置かれていたお菓子袋を掴み、こう切り出す。
「このお菓子あげるから、許してください!」
ハロウィンのお化けに対する今の私に出来る最高の策。それは頭を下げてお菓子をあげる事だ。だって、これしか持ってないもの。命はもちろん目とか耳とか絶対あげたくないもの。
この状況もこのお化けの悪戯なのかもしれないし、お菓子はめちゃくちゃ惜しいけど、本当にあげたくないけど、このお菓子でどうにか……!
しかし、無情にもカボチャ頭の反応はイマイチだった。
「え? いらないよ~。僕、別にお菓子好きじゃないし」
「な、なんですって!?」
なけなしのお菓子の入った袋を握りしめてカボチャ頭を睨む。
すると視界がぼやけてきた。また泣きそうになっているのだ。楽しかったはずのハロウィンなのに、今はとても惨めな気分。
再び泣きそうになる私を見てカボチャ頭が慌てている。
「あ、あー! なるほど。お菓子くれなきゃイタズラされると思ってたのかな? 大丈夫だよ、僕、お菓子いらないけど、イタズラなんて絶対しないから安心して! ね?」
頭に謎の感触がする。涙を強引に袖でふき取ってよく見てみれば、お化けの影の手の部分が私の頭の部分を撫でていた。
うん、撫でているんだろうけど、安心するどころかゾワッとしかしない。今まで生きてきて初めての感触、気持ち悪い。
でも悪い人じゃなさそう。不思議とそう思った。
「本当にイタズラしない?」
「うん」
「変な事しない?」
「しないよ!」
「ほんとぉーに、本当?」
「本当だよ。神に誓うよ」
お化けが神に誓うのは変じゃないかと思ったけれど、嘘じゃなさそうだ。さっきから何もしてこないし、もしかしたらいいお化けもいるのかもしれない。
私はカボチャ頭のお化けを信用する事にした。
「じゃあ聞いてよ」
「うん、何?」
「私おばあさんの家に行こうとしてたの」
「うん」
「そうしたら、迷っちゃったの」
「やっぱり」
カボチャ頭はそう言うと頭の部分を振動させてカカカッと笑った。
表情は全く変わってないし、もしかしたら笑ってるんじゃないかもしれない。でも元から笑ってるようにくり抜かれている表情とピッタリなこの笑い声を聞くと、やっぱり笑っているのだろう。
こっそりカボチャ頭を観察してみると、ランタンの光で頭の中が見える。中が空洞だった。もしかしたら誰かが中に入ってるとか、機械式の人形とか、そういうものじゃないんだとはっきりした。本当にお化けなんだ。
それならなんでここにいるんだろう。いろんなお家へお菓子をもらいに行けばいいのに。
そういえば最初に話しかけていた時は道に迷っているのか聞いてきたような……。でも、いきなり聞かれても困るよね。しかも言ってる相手がお化けだし、私は子どもなんだから。
気になったので聞いてみるとあっさり答えてくれた。
「実はね、僕は迷子の案内人なんだ。といっても、普段案内する迷子は人魂なんだけどね」
「ええ……人魂?」
人魂、というと死んだ人の……私、今死んでるの? そう口には出さなかったが、顔がそういう風に言っていたのだろう。
お化けがカボチャ頭を左右に振った。振り過ぎて顔が後ろ向きになったが、すぐさまさっと戻す。
「君はまだ生きてるよ! 大丈夫! うーんとね、今日はハロウィンだからかな? 僕がいるのは人間界とは別の世界のはずなのに、珍しく人間の迷子を発見したんだよ」
「珍しいの?」
「そうだよー。そして、いつも通りその子をちゃんといるべきところ……大人のいるところまで案内してあげたくなっただけなのさ」
よくわからないけど、最後何故だかウインクされたような気がした。いくら見ても目の部分は穴が空いているだけで何も動かないのに、不思議だ。
しかもここっていつもの森じゃないってことらしいけど、そうなの? いつもの森と同じように見える異世界が存在するの?
私には理解できる範囲を超えたので考えるのを一旦やめた。
とりあえずここから一番近い人間界の大人は目指していたおばあさんの家らしい。そこまでこのお化けと一緒に行くこととなった。
「へ~名前はルークって言うんだ」
「そうだよー、ハンナ!」
軽く自己紹介も終わり、私はこのお化けの事が気になったので色々聞き始めた。
「もしかして、お化けの村とか町とかあるの?」
「あるらしいよ。ただ僕は見たり聞いたりしただけだから、詳しくは教えられない」
「え? それじゃいつもどうしてるの?」
「さっき言った通り迷子の案内だよ。最初にこの役目をくれた人はいたけど、そこもお化けの村とか町とか関係ないしなぁ……。元々は僕も迷子だし」
「ルークも迷子なの!?」
「うん、だからかな。お化けの仲間もいないし村にも街にも興味がないんだ。案内してる時以外はいつも一人」
迷子案内人が迷子? 人魂とお化けは違うの? お化けだと思っていたルークは人魂なの? 何よりも気になったのはいつも一人という部分。寂しくないのだろうか。
「役目をくれた人とは仲良くないの?」
「え? あぁ、うんと偉い人だから仲良くって感じじゃないし、滅多に会えないよ。会った場所にも僕からはいけない。僕ってさ、いつもどこかとどこかの世界の間にしかいられないんだ」
「そうなんだ……。寂しいね」
「……でも、案内してる時は一人じゃないし、結構楽しいんだよ?」
「でも案内が終わったらまた一人になるんでしょ。ルークも迷子だっていうし……。誰か違う人がルークの案内人になればいいのに……。あ! そうだ。私これからたまに会ってもいいよ?」
「え?」
「これからもこうやって話そうよ!」
一人と聞いておばあさんを思い出した。あのおばあさんも一人暮らしで寂しそうだった。
家の場所も村から離れていて不便だし、週に一回世話焼きなおばちゃんと村へ買い出しに来る以外はほとんど一人らしい。今日会いに行こうと思ったのはそれがあるからだ。
あのおばあさんも夫や娘がいたのだが、夫はもう亡くなっているし、娘も大人になって遠くの街へ嫁に行ったとかで娘にも孫にも滅多に会えないらしい。
おばあさんは私の前で寂しいとは言わなかった。でも絶対寂しいはずだ。
このルークからもそんなおばあさんと同じような寂しさを感じた。一人で迷子だなんてさっき身をもって知った。とても寂しいし心細かった。
そんな思いをなんか妙にいいやつなこのカボチャ頭にはしてほしくない。何より人と話すのが好きそうなのだ、ルークというお化けは。
多分お化けだから夜にしか会えないし、他の人に見つかると大変だからコソコソとしか会えないだろう。それでも、たまに会って話すくらいなら出来そうだ。人魂案内にも興味があるし。
……ということでこの提案は私的には良かれと思って言ったことだった。
「ごめん、それは……」
しかし返事は良いものではなかった。俯いて落ちそうな頭と、困ったような声音で彼は答える。
「僕みたいな、君たちから見たらお化けな存在が、君のように生きた子と会えるのなんてやっぱりハロウィンくらいなんだ。そのハロウィンでも必ずここに来るのはとても難しい。だって僕は、誰かの行きたい場所へ案内することは出来ても僕の行きたいところには……その誘いはとても嬉しいよ、ありがとう。でも無理なんだ。多分、もう一生会えない」
「あ、そ、そうなんだね。私、勝手に、……ごめんね」
それから沈んだ私を励まそうとルークは色々話してくれた。
案内した人や人魂とは再開した経験がないこと。人魂を連れて行く先はそれぞれ違っていて、そこまでの道筋は分かっていてもその先どうなるのかまでは知らない事。
その先は噂じゃまた人間になる人魂とそうではない人魂があるらしい事。今のところルーク自身を案内してくれる人はまだいない事。
薄ぼんやりと自分が人魂からこういう姿の案内人になったのは覚えているけど、その前は全く覚えてない事。
こんなに話してくれるのはもう会えないからだろう。
もし私が毎年ハロウィンにここで迷子になったとしてもダメみたい。何だかすごく悲しくなった。
そのうちに森の出口まで来た。その先には月明かりに照らされたおばあさんの家が見える。ここまでなのだろう。
再びルークが私の頭を撫でた。前と同じく背筋がゾワゾワするけど嫌な感じはしない。もうこういう感触も味わえないんだ。
「……ここまで来たら大丈夫かな。今後ろにある森は既にさっき通ってきた森とは違うからね。きっと帰りはすぐ村へつくはずだよ。念のためおばあさんと一緒に行ったほうがいいかも。夜も遅くなっちゃったしね」
さっきと変わらす優しくって明るい声だけど、元気がない。ああ、おしまいなんだ。そう思うと私は寂しくてしょうがない。
私はルークの影で出来た、ぼんやりした体へしがみついた。私の全身が撫でられた時のようにゾワゾワする。でも、気にするもんか。
「ルーク、私、また会いたい」
「……僕もハンナにまた会いたいよ」
「早くルークを他の案内人が見つけてくれるといいね。それで今度は人間になって、私と会えたらいいね」
「うん、そうだね」
「その時ルークが憶えてたらいいな、私の事」
「大丈夫! 覚えてるよ」
もう、絶対忘れてそう! そもそもこの先どうなるかなんて本人にも分からないことなのに。
それなのに、私の為にこうやって言ってくれているんだ。嬉しい。ここまで断言したんだから、本当に忘れないでね。
「私もずっと忘れないよ! 絶対に!」
諦めがましくまだしがみついていたら優しく離された。そしてルークは頭を鳴らして笑った。私も頑張って笑顔を作る。
そのまま手を振って、彼に背を向けて走り出した。すぐ振り返るとルークもまだ手を振ってくれている。
家の入り口まで来て最後の最後だともう一度振り返ると、ランタンの明かりでぼんやり浮かぶルークが一瞬カボチャ頭ではない、普通の人間に見えた。
私よりちょっと年上の、まだ大人じゃない男の子に見えたけど、瞬きしたらそこにはルークどころか闇しか見えなくなっていた。
その後、深夜の突然の訪問に驚いたおばあさんにルークの事を隠して事情を話した。そこでも叱られて、おばあさんと一緒に村へ戻ると今度は両親にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
でも、おばあさんは叱りつつも嬉しそうだったので満足だ。その時のお菓子は名残惜しくて少しずつ食べていたが、それもしばらくしてすべて無くなった。
今手元にあるのはあの時持っていたランタンと、もう着られなくなった仮装衣装だけだ。
あの夜から数年経った。今日はハロウィン。我が家には新たな家族が増えた。
その子を見た瞬間、私は決めた。意地でも名前はルークにしてくれと言い張ろう、と。だって最後に見た彼にそっくりなのだ。彼がうんと小さくなったらこんな感じだろう。
私は泣いてる弟の頭を、あの時彼からされたように優しく撫でてやった。
タイトルはflower fish(http://nanos.jp/flowerfish/)様のお題を使用しています。
続きに小さな悪魔に甘いお菓子を(https://ncode.syosetu.com/n5897ig/)がありますのでよかったらお読みください。