闇に落ちかけた俺のぼくを救う光の手。
☆★☆ 4月20日(木)朝。教室 ☆☆★
「おはよう。桐生くん、霧島さん」
「「おはよう木下くん」」
挨拶しただけで今日も一日元気に生きていける気がする。幸せ。だが、今日は最も警戒しなければならない一日となるだろう。なんてったって昨日の今日だ。
俺は後ろを向いて、真剣に二人に語り掛ける。周囲を警戒し、まずは長谷川がいないことを確認。草野はいるが、草野になら別に聞かれてもいい。たぶん草野なら理解してくれる。ハズ。
「昨日の放課後。俺は急に長谷川に話かけられたんだ。話しかけてくるとは思ってなかったし、お守りも起動していなかったから、吃驚してさ、恐怖症が出ちゃったんだ」
二人は真剣に聞いてくれている。ありがたい。
「で、今日はたぶん、一緒に昼休みを過ごすことになりそうだからさ、霧島さんは特に気を付けてね? 心の準備さえできていれば、パニックだけは起こさないと思う。俺も気に掛けるけど、桐生くんも気にかけてあげてね?」
「うん。わかった」
「あぁ。がんばるよ」
笑顔で見つめあう二人。あぁ……いい。昨日霧島さんが桐生くんを抱きしめた画像が瞼に焼き付いている。カメラ越しでもない。液晶画面でもない。生で、この目で、実物を、俺は見たんだ。恍惚。
「木下? あんた顔が可笑しくなってるよ?」
草野の笑顔。ハハ、なんか新鮮。
「む。草野。おはよう」
「お、おはよう」
お、どもったな? どもりは緊張から(以下略)
「草野、昨日はありがとな」
「え? なにが?」
きょとんとする草野。え、これかわいい? かも。今までに俺、こんなに草野の事、マジマジと見たことなんか無かったもんな。
「下校? と言うか、帰り道に決まってんじゃん」
「え? 一緒に帰った時の事?」
「「え!?」」
驚くほどの事でもないと思うが、あ、いや、昨日俺も驚いていたよな。うん。
「草野さん。昨日木下くんと一緒に帰ったの?」
「へー? うんうん。木下くんと草野さんって、なんかいい雰囲気だよね?」
おーーー? 推しの二人に弄られるって、何? この高揚感。
「ちょっ!? そんなんじゃないから。マキが木下に興味を持って少し話をしたいって言うから、流石にマキと木下の二人だけじゃその、心配でしょ?」
素直に弄られている草野。アドリブの利かない奴め。でも、それがいい。それでいい。
「あー、そうだよね。確かに心配だなそのシチュエーションだと」
「で、草野が俺の代わりに長谷川の話を引き受けて、俺は草野に返事する、みたいなやり取りで上手く場を抑えて? 治めて? くれてたんだ。マジ感謝してる」
「あんた昨日からめっちゃ素直じゃんどうしたのさ?」
そりゃそうさ。強大な敵に立ち向かうには強力な仲間が必要。ロールプレイングでは常識。役割演技。
「この高校生活。草野がいなかったら、俺は大変なことになるってことに気が付いたんだ。昨日の帰り道はまさにその最大の場面だった」
「き、木下?」
「草野。これからも俺を長谷川から守ってくれ。俺は、奴が苦手だ。お前と正反対で、最悪の相性だと思っている」
「それはさすがに気付いてた。あんたとマキって、ほんと壊滅的な相性だよね」
「正反対……それって」
「(小声)近衛くんシーーーッ」
ホームルームが始まる。その直前。
「セーフ! ひとみおはよー! っと。あ~、きのしたくんこえをかけますよー。あさのあいさつですよー。おはよーございまーす」
馬鹿が教室に入ってきた。
おれは、完璧に無視をした。まだあの小芝居を続ける気か。わざとらし過ぎて逆に萎える。
「え? あは、アハハハハ」
さらに、霧島さんにウケた事でなお一層腹が立った。
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☆★☆ 4月21日(木)昼休み。教室 ☆★☆
「じゃーん。アタシの手作り弁当~」
「「「え?」」」
おれたち3人のそろった声は和音。とても美しい。しかも驚きに満ちている。ビツクリ。
「お母さんの~」
なるほど。たしかに手作りには違いない。
「はいはい。マキは料理なんてできないもんね?」
「できないんじゃなくて、やったこと無いだけでーす。やったらきっと、凄いものができるはずなんだよ~」
「たしかに、凄いものができそうだね」
桐生くんが眩しい。これ絶対ディスってるよね? マジナイス!
「でしょでしょ? さっすが~桐生くん分かってる~」
上機嫌な長谷川。くくくッ、ハハハッ。バカめ、今お前は馬鹿にされているんだぞ? 昨日冴えない男子と馬鹿にした相手に!
「この卵焼きの色を見ればお母さんの料理の腕は大体わかるよ。お母さん、料理上手だね。食べてないから味のほうは分からないけど、火加減のほうは完璧に近い。長谷川さんがお母さんに料理を教わったら確かに凄いものができるようになるかもしれないね」
あれ? なんだろう? 俺の心にドス黒い闇が生まれた気がする。闇落ち? 深淵? アビス……
「お、桐生くん分かってるね~? アタシのお母さんってマジ料理上手いんだ~。昨日はごめんね桐生くん。冴えない奴とか言ってさ。キミ案外話が分かる、いい奴だったんだね? 実は好物件?」
「「な!?」」
今俺と声がかぶったのは草野だ。草野は今、たぶん同じことを思っているはずだ。
(まさか長谷川が謝るなんて!?)とな。
「は、長谷川さん! 近衛くんを褒めちゃだめ~」
霧島さんが怒ってる? そうか、昨日あんなに酷いことを言われたんだ。簡単に許したくない! そんな軽い謝罪には何の効果もない! そうだろ!?
「近衛くんを好きになったら、絶対にダメなんだからねー!」
ん? 何かが違う。なんだろう? 闇の入り口が大きくなっている。アビスゲート。
「んにゃ~~~? 霧島さんもしかしてヤキモチ? え!? 超可愛い! 瞳? あんたが言ってたのって、この事だったのね? 今やっと分かった。解かった! 判った! 霧島さんも昨日はごめんね~。陰キャ女子とか酷いこと言って。も~あんたなんで今までこんな可愛いって事隠してたのよ~?」
こ、こいつッ!
あぁ、これは、こいつは、
長谷川という奴は、俺が絶対に成れることのない、ある意味理想の存在なんだ。
自由で、素直で、我儘で。
(俺は今まで一度でも、言葉に出して桐生くんの事を褒めたことはあったか? 一度でも霧島さんの事を可愛いと言ったことはあったか? いつもいつも、俺はいつだって、心の中だけで桐生くんを褒めていなかったか? 霧島さんを可愛いと思っていただけで、言葉にしたことはあったか?)
(俺は、おれは……ぼくは……)
「(小声)ちょ、木下。木下ッ。ちょっとどうしたのよ?」
く……さ、の?
手を握られている? ぼくが……。え、だれに?
机をくっつけている今、膝の上のぼくの手を草野が握ってくれている。
誰かに気づかれてはいないのだろうか。
あぁ、何か聞こえる。
ちゃんと聞こえているが頭に入ってこない。
でもどうやらぼく抜きで会話は進んでいるようだ。
なんだろう。
目は開けているんだけど何も見えない。
いや、見えてはいる、のか。
あぁ、色がないのか。
なんだか世界が白黒だ。
そういえば、目の前が真っ暗になるという比喩があったような気がする。
でもあれって、比喩なんかじゃなかったんだな。
実際に存ざいする……なにかのしょうじょう……
「木下!」
いつのまにか、俺は、草野に、抱きしめ、られて、いた。
木下くんは、失言誤爆で霧島さんに土下座した過去を忘れています。アホだね~♪