一生で一番しゃべった日
本当は女性恐怖症の二人を描くつもりだったのにッ!
☆★☆ 4月19日(水)視聴覚室 ☆★☆
「うへ~~~つっかれた~~」
写真部が部室として使用許可されている視聴覚室に入るなり俺は腰を抜かして座り込んだ。
「木下くん。キミもやっぱり女性恐怖症なのかい?」
桐生くんが恐る恐る尋ねてきた。なるほど。なる。キミもってことはやはり……か。
「さっき、言った通りだよ。俺は女子が怖い。子供とか大人は大丈夫なんだけど、同学年とか、同級生とか、年が近い女は、全て敵に見えるよ」
「なのに、サチの事は好きなの?」
「あ~、誤解のないように言っておくけど、俺は桐生くんの隣にいて、幸せそうにしている霧島さんが好きなんだからね? 推しだよ? 推し。わかる?」
桐生くんの表情がなんか硬い。え? ヤバ。今俺絶賛ピンチ?
「近衛くん? もしかしてヤキモチ?」
「あ、う~ん……正直に言ってそう、なのかも。ごめんね。サチも木下くんも」
「えへへ~、近衛くんのヤキモチ、初めてかも~」
「う~ん。なにかがおかしい」
何このやり取り? 萌えて萌えて萌えまくる~
「あ~…… いいね! スパチャ、スパチャ!」
諭吉2枚投入。ま、心の中だけでだけど。あせ。
「「??? スパチャ?」」
通じなかった。予想済み。えーん。
「まぁ、気にしないで。それより、霧島さんは……っていうか、霧島さんも女性恐怖症なの?」
「わかんないけど、そうなのかも。でも、男の人も苦手だから」
「女性は同世代だけ苦手? 草野の事も最初の頃はかなり警戒してたよね?」
「うん。怖かった。初めて声をかけてきた時の草野さん。ってやっぱり気付いてたんだ? なんか、木下くんの会話のしかたに不自然さがあったよね最初。それって、わたしになにか気を使ってたのかな?」
「あ~草野が、ダイレクトに霧島さんに話かけないように中継しようとは思ってたかな? あいつデフォルトで圧強いから」
「すごいな…… 木下君は」
なんか桐生くんの表情に違和感が? 錯覚?
「え? なにが?」
「キミは自然に人を気遣えるんだね」
わかったこれ、憧れの表情だ。ってまさか俺に? 無い無い、ナイナイ、いないいないばあ。
「は? ちょい。さっき霧島さんが不自然だって言ってたよね」
「態度じゃなくて、気持ちのほうさ」
「うーん。自分じゃよくわからん」
マジさっぱりわからん。困惑。
「近衛くん、どうしたの? なんか、変だよ?」
「変? ……へん、か。そうかも……な」
俺から見ても桐生くん、へん。えっへん。
「ホントにどうしたの……? あーもう、しかたないなー、こ・の・え・くんはッ。えいっ」
霧島さんが、桐生くんを引き寄せて、抱きしめた……だと?
「な!(眼福)」
俺は今映画でも見ているのか……? この非現実感。ヤバイお金払いたい。時間よ止まれ。
「さ、サチ?」
「さっき、教室での木下くんが、かっこよくて惚れちゃったんでしょ~?」
「……うん。そうかもしれない」
な! なんですとー!? 絶句。
「わたしと同じように最初は震えていた木下くんが、少しづつ震えを抑えて、最後には堂々と長谷川さんに立ち向かって行った。あの時…… 素直に凄いなぁって、感動した。わたしは全然動けなかったから」
「それは僕もだよ。どうすればサチを守れるのか考えてはいたけど、何も思い浮かばなくて、混乱して、なにもできなかった」
「木下くん。ありがとう」
「僕からもありがとう。でも木下くん? ところで、草野さんの事は放っておいて良いの?」
え? 草野? 草野って誰だっけ? あ~あいつか、思い出した。というかキミたちまだ抱き合っているのね。いいね。……いいな。
「あ~まぁ、いいのいいの。あいつは俺より100倍強いし、悪く言えば1000倍以上強いから。あいつならきっと全然大丈夫」
「あはは、木下くんは草野さんの事よくわかってるんだね」
はぁ? 俺が草野を? いや、全然知らねぇし。興味も無ぇし。今思い出したばっかりだし。ただの昼友だし。俺の作った弁当を見せつけてやりたいだけだし。
「あ、そういえば木下くん。さっき相談があるって言ってたよね、どんな相談? 聞きたい聞きたい」
「あ~あれね、あれ嘘。教室から霧島さんと桐生くんを逃がすというか、草野の足手まといにならないように? あいつは俺たちがいないほうがやりやすいだろうと思って、気を使ってみた単なる方便だよ」
「木下くんって本当に凄いな。僕たちだけじゃなくて、草野さんにも気を使ってたんだね。僕は君が草野さんを拒絶したんだと思っていたのに」
「必要に迫られれば草野くらいいくらでも拒絶してやるさ。なんたって俺は女性恐怖症だからな」
「ふふっ嘘~。だってさっき『あしたの昼休みは一緒に飯を食おうぜ』って言ってた」
「あ! あ~~ッ!聞こえてたの?」
ヤバイまずい恥ずかしい。けど霧島さん凄くいい笑顔。マジ眼福。顔が熱い。耳が熱い。まさかの赤面? 赤い俺。緑の狸?
「わたし、耳は結構いい方だから」
「ま、まぁ、しょうがない。うん。しょうがねぇ。ただ、草野を拒絶してやるっていうのも、ちゃんと俺の本音だ。だってさ、俺とキミらと草野との? 4人の昼友関係は、まだ3日間の歴史しかないんだ。でも草野と長谷川は、小・中合わせればたぶん9年くらいの歴史がある。数学は苦手だけど多分俺たちよりも10000倍近い積み重ねがあるだろ? 多分草野は簡単には長谷川を切り捨てないと思う。だから、そうなったら俺はちゃんと草野を拒絶してやる。でも、なんとなく俺たちから離れるってことも…… なんか考えらんねえよな。まぁ実際はどうなるか全然わからないんだけどね」
今日はよくしゃべるな~俺。1年分以上しゃべったんじゃね? 今日のタイトル『一生で一番しゃべった日』なんてね。
「たった3日間の関わり…… だよね。それなのに木下くんは、僕たちをここまで助けてくれるんだね……」
「だね。ありがとう。木下くん」
感謝とかやめろ。むず痒いだろ。ムズイ。難い。
「まぁ、キミらは俺の最推しだからね」
「ふふっ、推してくれてありがとう」
「僕も今から木下くん推しだ」
「なんじゃそりゃ?」
この時の俺たちは……
まだ、弁当のフタさえも…… 開けてはいなかった……(だからなに?)
次こそは女性恐怖症に迫るぞ!(え?昼休みって何分かって?たしかそれ、作者の気分次第だって誰かが言ってたよ?)