激闘!草野瞳争奪戦
なぜだッ。なぜ近衛くんのセリフがごっそりと消えてしまったのだ!?
☆★☆ 4月19日(水)昼休み ☆★☆
俺たちはまた、机を4つ固めて1つのグループを作る。
ちなみに、俺たちの仲は今のところ完全に昼休みだけの友達関係である。所謂『昼友』
「ひーとーみー。なんで最近そいつらとばっかり昼につるんでんの?」
ひーとーみー。とは、草野の下の名前である。知ってると思うけど念のため。瞳。
「昨日言ったでしょ? 私、霧島さんと桐生くんに興味があって、自分から弁当仲間に立候補したの!」
「木下もじゃないの?」
「木下くんは関係ない。昨日も言った」
嫌な予感がする。的中確率90%。雨のち雷雨。
「ねーぇー。きのしたー?」
やはり来たか! まずい。非常にまずい。まずは退路を確保。現在位置より左後方約6mに廊下への扉。通り道に障害無し。総員、逃走準備に入れ!
「木下のくせに無視すんなし!」
「な、な……にか?」
あぁ、桐生くんと霧島さんの前なのに、声がうまく出せない。女性恐怖症発動。カッコ悪すぎる……泣ける。
「あんた、ひとみの事、好きなの?」
直球で来たか。だが、俺は今完全に委縮しており反応が鈍い。むしろ反応ができない。
「い…… や……」
「はぁ!? 声小せえし!」
ヤバイ、手足が震える。眩暈がする。吐き気がする。口が乾き、頭の中が真っ白になる。
「マキ! やめな。昨日、言った通り、私が叩かれたのは私が悪かったからで、木下くんには他意はなかったんだって!」
草野が、俺を、庇って、いる?
「目立つような声を出したのは私だろ? 木下くんは目立ちたくなかったからツッ込んだだけなんだって」
「ふ~ん…… 木下くんねぇ~?」
「それにしても、桐生くんと、霧島さんだっけ? お初絡み~よろ」
やばい!! 攻撃対象が俺の推しカップルに!?
こういうテンションはさすがに苦手なのか、桐生くんも若干顔色が冴えない。
「あ、あぁ、初めまして、でいいのかな? 長谷川さんだよね。よろしく」
「ふーん。挨拶はできるんだ。そこのチビと違って。それにしてもあんたたちお似合いだね? 冴えない男子と陰キャな女子。マジぴったりだね」
同じだ、俺と。霧島さんも手足を震わせ、顔色も悪く、おそらく現在パニックになっている。
そうか、俺が初めて会ったあの時、霧島さんを怯えさせたくないと感じたのは、俺に似た内面を持っていると感じ取ってしまったからだったんだ。
おそらく霧島さんも、俺と同じ『女性恐怖症』だ。
長谷川真希。この女は俺だけじゃ無い。霧島さんにも桐生くんにも敵意を持っている。なら、この女の目的はなんだ? 答えは一つ。『草野瞳』
彼女の関心を取り戻す為に俺たちに敵意を持っている。
だが、俺は女性恐怖症だ。病院で診断されたわけではなく自己診断だが、俺だけではこの女を追い払うことはできそうにない。
それでも俺は霧島さんを守りたい。桐生くんだって今、絶対に霧島さんを守るための手を考えているはず。
ならば、今の俺にでも出来る事は?
集中力が増し、思考が加速していくのを感じる。手足はまだ震えてるし、心は委縮したままだが、霧島さんを傷つけたくない。桐生くんの手助けをしたい。震える俺にもできること。ある。あった!
今から、スタートだ。種明かしは後でたっぷりしてやる。
今の俺は怯えたまま何も出来ない、何も言えない奴だと…… そう思い込め! 長谷川ァ!!
「さ、冴えない男子って、お、俺の事だ、よね」
ビビってはいるが、声は出せた。よし!
「はぁ!? まぁ、もちろんあんたもだけどさ、そこの陰キャの彼氏だよ。桐生とかいう」
「陰キャって? まさか草野さんの事?」
さっきから下を向いてて黙り込んでいる草野を巻き込む。元々お前が原因なんだ。悪く思うな。
「あんたバカぁ? そいつに決まってんでしょうが、霧島だよ。キリシマ。見なよ、プルプル震えちゃってさ、マジあんたと一緒」
「俺が、女性恐怖症と知ってて、絡んで来たのかい」
よし、調子が出てきた。上手くいきそうだ。
「当たり前じゃん。あんたとは中学3年間一緒で、あんたの弱点なんか全部知ってるんだからね」
よし、言質はとった! たぶん。
「悪質だな。最後にもう一つ質問する。お前は、草野の友達なのか?」
「当たり前じゃん。親友だよ。小学からのズットモ。だからさあ、ひとみがあんたらみたいなのと絡んでんの見るとさ、イライラするんだよね!」
いつまで黙っている、草野。ここからはお前のターンだぞ。
「そうか、言いたいことは分かった。草野さんも分かった? キミが、俺たちに、絡んで来たから、この状況が発生した。つまり、お前のせいだな?」
聞き逃されないように、敢えて文節をひとつづつ区切って話す。
「……い、嫌だ。嫌だよマキ! なんであんたこんな事するのさ!? 霧島は可愛いし、桐生は良い奴だし、木下く、木下だって変な奴だけど面白いところもあるってやっとわかったんだ……」
(そうか、俺が草野を怖がらなくなったのって、そういうことか…… 草野は気が強いくせに、初めから俺に敵意や悪意を向けた事など一度もなかったんだな。中学の頃から、今までずっと。だから)
「な、なに言ってんの?ひとみ。そんな底辺の陰キャどものどこが面白いってんのさ?」
(草野って、口は悪いし、圧も強いが、もしかしたら本当に優しい奴なんじゃないのか? 想像だが)
「底辺って何? 陰キャって何? そうやって、人を比べて見下すようになったマキとは私、友達なんて言いたくないよ! 親友だなんて思えないよ!」
これは……潮時だな。撤退しよう。多分ここからはこいつらだけの問題だ。
それに俺、もう限界。足ガクガク。眩暈も吐き気もきついし、おなかも痛くなってきた。
だからこれが俺からの最後の仕掛け……
秘儀
『陰キャの煽り(仮)』
「フンッ、よくもまぁクラスみんなが注目している教室の中、そんな痴話喧嘩を大声で出来るよな。カーストてっぺんの陽キャってやつの間ではこれが当たり前なのか? ハハ、逆に恥ずかし。俺は底辺の陰キャのチビのままでいいよ。君たちとはもう一生関わりたくないしね」
もう少しだけだ! もってくれよ、俺の気力。
「草野さんもね。もうあっち行ってくれる? あ、むしろ俺が出ていくわ。桐生くん、霧島さんも少し外に出ない? ここ、スゲー空気悪いし」
「待って、木下!」
『(小声)うまく話しつけてこい。明日の昼休みは一緒に飯を食おうぜ、な』
「え? あ、」
「じゃぁな」
出来るだけ堂々と胸を張って、勝ち誇った表情で草野に顔を向ける。
「桐生くん。霧島さん。ちょっと相談があるんだ。ついて来てくれない?」
本当の目的はこの場から俺たち3人が抜けること。あいつらが本音で語り合えるように。
俺たちに遠慮しなくていいように。
俺たちが奴らの刺激にならないように。
それで終わる。良い方に。自信ないけど。
異物は去る。弁当を持ってね。さあ逃げろー
草野さん、あとはよろしく~ 頑張ってね~