桐生くんの事情と木下君の失言
☆★☆ 4月18日(火) ☆★☆
今日も俺は推しカップルと昼食を摂るべく机を後ろ向きに変え、弁当を広げる。この二人の雰囲気マジ癒し。
どうでもいい事だが、草野も合流している。少し気まずい。
「さっき、マキたちにあんたと付き合ってるのかって散々突っ込まれて、誤解を解くの大変だったんだからね!」
いきなり草野に睨まれた。身に覚えはない。理不尽。
俺がきょとんとしていると。
「昨日、あんた私の頭を叩いたでしょ!? 周りから見たら凄い仲良く見えたんだって、全く……」
なるほど。頭を叩くのは仲良し行為なのか。
なら俺は誰とも仲良くしたくはないな。
いや、桐生くんや霧島さんに叩かれるとしたら……アリだな。うんアリ。草野はナシ。
「そうか、それはすまなかった。俺は怒りを込めて、罰として叩いたつもりだったがな。安心しろ、次からは誤解されないように手加減なしで行く!」
「叩く前提なのがそもそもおかしいと気付きなさい!」
なぜだろう? 草野に対して以前ほど怖いと感じなくなっている。進化したのか? 俺レベルアップ。
☆★☆ ☆★☆
話は変わって、明日、桐生くんは放課後仕事があるらしい。初耳。今日ではない。
「アルバイトしてるってこと? どんな?」
相変わらず草野が質問の先陣を切る。おかげで俺ラク。コミュ障。軽度。
「う~ん…… 説明が難しいんだけど、バイトじゃないんだ。まあ、職場は仕出し兼定食屋の『イズミ』で、料理人見習いとして準社員」
ん? 流石によくわからん。高校生なのに準社員?
「それって、高校卒業してもそこで働くって事?」
どんどん草野が切り込んでいく。いいぞ、もっとやれ。
「うん。言いにくいけど、就職内定?」
「大学は? 行かないの?」
「大学はいけないんだ。だから就職」
以下、桐生くんの話を分かりやすくまとめる。
桐生くんは、2年前に父親を亡くした。事故だと思っていたが、遺書らしき文章が2つ見つかり、自殺と断定されてしまい保険金が入らなくなった。
だが住宅ローンは残り、母親がパートから臨時職員になって生活費を稼いでいるが、貯蓄も尽きかけ、生活保護を申請した。
しかし、ローンがあるとはいえ、住宅を持ったままでは生活保護は受けられないんだそうだ。
そこで家族会議。家を売って生活保護を受けるか? それとも生活保護を諦めて家をとるか?
桐生家は家を選んだ。理由は教えてもらえなかったが、住所も電話番号も変えたくない事情があったらしい。
結果、桐生くんは一度進学を諦め中卒で働く事を決意したが、就職先である『イズミ』の親父さんという親方さんが『高校卒業学歴は大事だから両立させないと働かせない』と言って譲らなかったそうだ。
つまり、経済的な理由で、大学には行けないという事。
言いにくい事をズバズバ聞いてマジごめん。草野に代わって謝罪。心の中で。
「それで料理が得意なのね」
草野の呟きに桐生くんが笑う。え? ウケてる?
「ぷっ、アハハハ…… サチとおんなじこと言うからつい笑っちゃったよ~ ごめんね」
「もー、でもそう思っちゃうのも仕方ないよ~。ねー草野さん」
「え、じゃあ料理が得意だから、イズミで働くことにしたの?」
「うーん。それも一つの理由だけど、イズミの親方の息子夫婦が、死んだ父さんの親友だったんだ。で、父さんの葬式に来た時僕に『困ったときは相談に乗るから頼ってくれ』って言ってくれてたから『ほんとに困ったなー』と思って頼ってみたんだ。そしたらこうなったって訳」
「そうなんだ……」
「ちなみにまだ僕、イズミでは包丁すら握らせてもらってないよ?」
「え、なんで?料理人見習いなんでしょ?」
「そうなんだけど、料理の世界では、新入りの見習いはまず『追いまわし』っていう肩書というか立場で、普通3年間は洗い物とか配膳や下膳、掃除にテーブル拭きといった雑用が中心で、見習いが終わっても今度は『盛り付け』っていう肩書になって、料理を綺麗に並べる修行をすることになってるんだって」
「じゃあ、当分料理はさせてもらえないの?」
「今の話は明治とか大正時代の話らしいから、流石にそこまでは焦らされないとは思うけど、『そのつもりでやれ、今は先達の包丁捌き、火加減、食材を投入する順番やタイミング、焼き時間、煮込み時間、調味料の使い方なんかを目で盗んで頭の中でしっかりとイメージしろ』って言われてる」
なんか草野が神に見える。会話の神、コミュ神。もしくは女神。いや流石に女神はない。幻視幻覚。
「厳しい世界なのね……料理人って」
「ところで木下君の弁当、そのハンバーグって、手作りでしょ?」
ここでいきなり俺のターン? ビックリしすぎて反応できない! いわゆる狼狽。
「え、凄く綺麗で、焦げもないね」
おお……霧島さんが俺に話かけてくれた…… 緊張も警戒もしていない可愛い声で。え? この声を毎日聞けるの桐生くんは? 超ウラヤマ。
「あ、ああ。焦げたのは両親の朝食にして、上手くいったやつを弁当に詰めてきた。」
「木下君が朝食作ってるの!? 凄いじゃん」
霧島さんに褒められた~。やばい。なにかがやばい。萌える。
「うん。うちの両親、料理の腕、壊滅的なんだ。逆に奇跡」
「おい、木下。霧島さんは桐生くんの婚約者なんだからね。鼻の下伸ばすな! キモイ」
草野が何かを感じ取り、尖った言葉で俺を刺してくるが、イイものはイイ!
「既婚者だろうが、婚約者がいようが、推しのアイドルは永遠に推せるのが真のファンってやつだ……… って…… あ!」
(しまった! 心の声を現実に呼び出してしまった? やばいこれ、まさか悪魔召喚プログラム!?)
「すまん。いまの無し……で」
瞬間、桐生くんは爆笑し、霧島さんは真っ赤になって俯き、草野には白い目でみられて。
俺は真っ青になって土下座し、霧島さんに謝るのだった……
マジ勘弁。