空白の5年間の闇
☆★☆ 4月21日(金)昼休み。教室 ☆★☆
二人の話は楽しく、ほんわかとして心が温まるエピソードばかりだった。
きっとすべてを語りつくすには昼休みだけでは足りないだろう。
それこそ、一日中話してやっと語り尽くすことが出来るのではないだろうか。
だが、楽しい話にも終わりはやってきた。
小4の終わりに、霧島さんは県外に転校した。
ぼくは真剣に二人の過去を聞いていた。
いじめにあった件だけは、先日視聴覚室で教えてもらっていたが、空白の5年間というのは初めて聞く話だからだ。
以下、要約する。
桐生くんは、霧島さんが転校した後も、小学校時代は特に悲観することなく、いつか来るであろう手紙や電話を心待ちにしながら毎日を過ごしていた。
その頃霧島さんは小5でいじめに合い、小6では完全不登校になっていた。
淋しくて、悲しくて、桐生くんには何度も電話しようとしたが、いじめにあっている自分に自信が持てず、電話をかけることも、手紙を出すことも出来ないままに中学に上がった。
桐生くんは中学校に上がったあたりから、毎晩のように霧島さんの夢を見るようになった。
夢の中で毎日のように手紙をもらい、手紙の内容はいつも新しい住所や、電話番号だった。
夢の中の桐生くんは嬉しくて霧島さんに、何度も手紙を書いたし、何度も電話をかけた。
だが、夢の中の電話には誰も出ることはなく、出した手紙にも返信は一度もなかった。
桐生くんは、夢が現実になる可能性に賭けて、寝るときの枕元に、ノートとペンを置いて、夢で見た住所や電話番号をメモしてやろうと本気で考え、約1年にわたって実行した。
でもやはり、夢で見た住所は出鱈目で、電話番号もあり得ない数字ばかりだった。
一方、霧島さんは、中学にはちゃんと通った。だが、いじめの影響で、人間不信なうえ、根暗で人見知りで無口な性格になってしまっていた。
クラスでは孤立しており。やはり自分に自信を持てず、どうしても桐生くんに連絡する勇気は出なかった。
連絡できないまま3年も経過すると、お互いにもう忘れられているとか、そもそも自分だけの片思いだとかそんな思いが過ぎり、もういいんだと、このまま桐生くんも霧島さんも再会するなどはあり得ない事だと考えてしまい一旦諦めてしまった。
時期的には中2の春頃。奇しくもお互いに、凡そ同じ時期だった。
だが、中2の夏。霧島家は中学卒業と同時に、この町に引っ越す事になった。
霧島さんの桐生くんへの想いが一気に燃え上がった。
両親相手に近衛くんの家の近くに引っ越したいと何度も何度もお願いをした。
偶然、桐生くんの家と番地が1つしか違わない売地を見つけた。
両親もそこにしようと決定してくれて、霧島さんの想いはさらに加速した。
いつまでも泣いてばかりだった霧島さんだったが、だんだんと元気になっていった。
但しそのころの桐生くんは逆に、頭では諦めたはずの霧島さんが、夢の中に現れ続けて、夢と現実との境目がだんだんと分からなくなってくるようになった。
会えないはずの霧島さんに、夢でなら会えると喜び。
夢でしか会えないんだと、虚しくなった。
もう2度と会うことは無いと、朝起きた時、枕を濡らしていたことなど、数えきれないほど繰り返した。
霧島さんは、桐生くんの隣の家に引っ越せる。
そのことが決まってからも、引っ越しの予定まではまだ、1年半以上の期間があった。
『隣に引っ越すんだ』と連絡しようとは何度も思った。
でも、電話の前に立っても、指が動かなかった。手紙を書こうとしても、1文字も書けなかった。
怖かった。勇気が出なかった。でも、理由は分からなかった。
だから引っ越し初日の再会に全てを賭ける事にした。
桐生くんは、霧島家が引っ越してくる前日にも霧島さんの夢を見て、たくさん話しかけていた。
1年半、霧島さんが希望に満ちていた期間。
桐生くんは、夢も希望もない1年半を、残酷な闇の中で彷徨っていた。
そしてつい3週間前の4月1日に再会したと言う事だった。
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衝撃を受けた。驚愕した。
二人の苦しみを知った。
空白の5年間は、お互い連絡を取り合い、支え合って過ごしていたと思い込んでいた。
まさか、連絡したいのに出来ず。
連絡を待ち続けて来ず。
淋しさと悲しみに暮れながら耐え続けてきたとは思いもよらなかった。
霧島さんは、なぜ電話を掛ける勇気が出なかったのか?
そしてなぜ、手紙の一通も出す事ができなかったのか?
そこにどんな思いがあったのだろうか。
ぼくには想像する事も出来ない。本人も分からないと言っていた。
桐生くんはどんな思いで連絡を待っていたのか?
夢が現実になるなど本気で思っていたのだろうか?
夢も希望もない残酷な闇の中とはどういったものなのだろうか?
ぼくが同じ状況に堕ちたら耐えられるだろうか? いや、想像もつかない。
彼らの仲良し時代の濃密な2年間。
離れ離れの重すぎる5年間。
お互いを思いあう強い想い。
会いたくても会えない。
いつ会えるのかもわからない。
もう2度と会えないのかもしれない。
それでもいつか会えるのではという期待。
もう諦めようと思うに至るためには一体どれほどの葛藤を繰り返してきたのだろうか?
振り返ってみて果たして、ぼくはどうだ?
ぼくは会えない時間の苦しみを未だに知らない。
そしてぼくは草野との関係を顧みて、あまりの薄さに絶句した。
ぼくは草野と関りを持ってから、まだ5日しか経っていない。
それも、仲良しと言える関係ですらない。
女性恐怖症であるぼくが唯一平常心で接する事ができる、霧島さん以外の女子というだけだ。
桐生君と霧島さんの2年間に比べ、あまりに短く、あまりに薄い。
もしぼくが今、草野と離れ離れになったとして淋しいと思う事になるだろうか?
ついこの前まで、『苦手だ』と思っていなかったか?
『本気で拒絶してもいい』と思っていなかったか?
放課後に誘われて、『罠だ』と断定しなかったか?
保健室で告白され、『警戒した』のではなかったか?
そんなぼくが草野を夢にまで見るだろうか? いや、見ることなど無い。
会えない日々に絶望し、闇の中を彷徨うだろうか? いや、絶対にない。
ぼくの草野への想いは弱すぎやしないだろうか。
昨日、保健室から教室に戻る際、草野は「『ヒトミ』って呼んで」と言ってきた。
ぼくはあっさりと承諾した。
だが今、僕は草野の事をもう『ヒトミ』とは呼べない。呼ぶ勇気がない。
霧島さんが連絡する勇気がなかったのも、同じような種類のものだろうか。
僕には、草野と付き合う資格はあるのだろうか?
『特別な友達』という関係が、とても希薄なものに感じる。儚く感じる。脆く見える。
僕は昨日、なぜ草野の告白を受け入れたのだろうか?
恋愛感情もわからないくせに。
女性恐怖症が起こらない『特別』な人だから?
初めてまともに告白されて嬉しかったから?
女子とはまともに会話すら出来なかった僕が?
ただ単に浮かれていただけではないのか?
彼らが思い合う強さに比べて、僕の思いは軽すぎないか?
そしてさっきぼくは、言葉にはしていないが『これが愛というものなのか!』などと、ふざけて笑っていなかったか?
ぼくは、なにもかもが、小さく、弱い。
強くなりたい。
又だ、吐き気がする。
本当のぼくが、ふざけたぼくに叫んでいる。
ぼくは、まだ、分厚い仮面をかぶっているんだぞ。
ふざけた仮面を……と。
僕が思考の淵に囚われてる間に、昼休みは既に終わっており。
放課後が近づいていた。
隣の席から、草野が、心配した表情で、僕を見つめていた。
ぼくには心配される価値など無いというのに。




