推しカップルと弁当友達に
県立北高校に入学してからおおよそ1週間が過ぎた。
俺の後ろの席の男子とその左隣の女子が、やたらと仲良しなのが若干気になりはするが、俺はまだ平穏な高校生活を送っていた。
4月17日月曜日。昼休みになり、俺はいつものように弁当箱を開けてボッチ飯を食う……つもりだったが。
「うわ~! 今日のお弁当凄いね!」
「おう。今朝はかなり気合い入れたからな」
「これって、ローストビーフ?」
「サチのお母さんが『お弁当に使ってね』って昨日牛モモを塊で持って来てくれたから、昨夜のうちから仕込んでみたんだ」
後ろの席から非現実的な会話が聞こえ、俺の動きがピタリと止まった。
なんだ? こいつらカップルなのか? まさかの家族ぐるみ? さらに同じクラスで名簿順の座席でも隣同士。しかも手作りしたのは男子の方だと?
「ばかなッ!」
気づいたら俺は叫んでいた。あ、ごめん、ちょっと目立ったかも。反省。
さらに信じられないことに、超人見知りの俺が、わざわざ振り向いて奴らに話しかけていた。驚き。
「あ、済まない。今からは小声で話すから俺を弁当仲間に入れてくれないか?」
俺の名前は『木下一哉』人見知りが激しく、影も薄く目立たない、空気のような存在であることは重々承知している。マジ陰キャ。
だが、こいつらのような興味深い存在をスルーできるほど、俺の好奇心は枯れてはいない。むしろ興味津々。
「いいよ」
「こ、近衛くんがいいなら、わたしもいいです……」
男子は快諾してくれたが、女子の方の声色と口調が緊張を帯びた。俺のせい?
(人見知りか?もしくは少し男性不信の気があるのかもしれないな)
「知ってるかとは思うけど、俺、木下一哉。15才」
「ぷっ……15才って、同級生に普通言う?」
女子の方、霧島佐知子さんには俺の冗談が通じたらしく、少し警戒心が解けたようだ。なんかうれしい。よしっ。
「あはは、たしかに」
男子の方、桐生近衛くんは最初から特に警戒はしていないようだ。ならば。
「弁当の会話がチラッと聞こえてさ、ローストビーフとかちょっとすげえなって思ったらつい話しかけたくなっちゃったんだ。迷惑じゃなかった?」
「全然迷惑じゃないよ、むしろ嬉しいから」
「うんうん。もしかしてわたし達の初友達?」
「はぁ~、よかったよ。もしかしたらお二人恋人同士で、俺お邪魔虫かなーってちょっと気にしてたからさ」
「そんなわけ無いだろ?」
「もしかして『恋人同士』では無いって事?」
わざと少しボケてみる。
「そこは概ね合ってる。お邪魔虫なんかじゃないって事」
「よかった。あ、でも、概ね合ってるの『概ね』が気になるんだけど? ん?」
ちょっと強気で突っ込んでみた。
「あ、言質取られたよ? サチ、どうする?」
「いいよ。言っちゃお?」
(なんだなんだ? 幼馴染みとかか?)
「実は、俺たち……婚約してるんだ。両家公認で」
「なッ!」
確かに、予想を超えた回答をもらったが、今の声は俺じゃない。俺の隣の席の、草野瞳か……
「ちょっとゴメン。私も仲間に入れて!」
草野は机の向きを変えてきて、2×2で4つの机でグループが完成する。
(ところで、相変わらず口調が強いよ。草野さん?)
「あ、ああ。喜んで」
「……」
(ほう、草野のような奴は苦手らしいな。やはり霧島さんは人見知りか人間不信のどちらかか。男性不信の線は消してよし。あるいは、強気な人が苦手と言う線も出てきたか?)
「草野さん、少し声を抑えて」
何故だろうか……俺は霧島さんを怯えさせたくなくて、柄にもない強い口調で草野に注意していた。マジでなぜ?
「驚かせてごめんなさい? あなた達の会話が聞こえていて、少し…… いえ、かなり気になってしまって、つい我慢できずに大きい声を出してしまいました」
「ああ、大丈夫だよ。気にしないで。な、サチ」
「う、うん…… ちょっとびっくりした、だけです」
(お、やはり霧島さんは緊張している)
「草野さんが気になったのは弁当? それとも婚約?」
2人を警戒させないように会話を中継ぎしようとするなんてどうかしてるな。
俺も草野を警戒しているみたいでさっきまでとなんか調子が違う。ややビビり。
「……両方よ」
「俺はどっちかって言うと弁当だな。さあ、そろそろ食べようぜ」
一旦草野の事は後に回す。意味があるかは分からないがなんとなくの気配り。
「いただきます」
草野の圧が霧島を刺激しないように観察しながら弁当に手を付ける。うん。普通。
「ちなみに、俺の弁当も手作り。製作者俺」
冷食を多用してはいるが、彩とか栄養バランスには一応気を付けている。
桐生くんが、少し驚いた顔をして
「へー、なかなか結構やるじゃん。いろどりもいいし綺麗にできてるよ」
俺の弁当箱を覗き込む。なんかちょっと嬉しくなって
「まあね」
なんて照れてみたら、霧島さんも草野も俺の弁当を覗いて驚いている様子だった。
「あー…… 言っておくけどほとんど冷食だよ?」
「それでも良いよ、いい感じだよ」
(無理に明るく振舞っている俺の会話を桐生くんは優しく拾ってくれるんだな。なんか感じがいいし、自然で話しやすい)
「実は私も自作よ」
(まさか草野も? ここら辺自作率高くね?)
「そうなんだ? へぇ、卵焼きが輝いてるねー」
「この中でわたしだけがお弁当作れない……」
「サチには僕が作った弁当を食べてもらいたいんだから仕方ないよ」
「えへへ、うん!」
「あっま~」
(草野それ言っちゃう? いや、確かに俺も思ったけどさ、って、あの草野の表情が蕩けている!?)
隣の草野の方を向いたら、今までに見た事のない表情で目の前のカップルを見つめている。
ちなみに俺と草野は中学1、2年時の同級生だ。小学校は違う。
苗字が近い為1学期の席は近かったが、今みたいな会話や交流は特になく、無視か無関心と言っていい程度の距離間で過ごした。まさにただのクラスメイトだ。しかも実は俺、結構草野が怖い。
「木下くん、お近づきの印に一枚ローストビーフ貰ってくれる? 草野さんも」
「あ、近衛くん。草野さんにはわたしから」
「わかった。あ、ソースはこれ使って」
「うわ、めちゃめちゃ厚い! ん! しかも旨い!?」
早速頂いた。マジでうまい。お金とれるよコレ?
「ホントにおいしい。これって、家庭で普通作れるの?」
草野も目を丸くしている。いい表情だな。初めて知った。
「ああ、時間は掛かるけど、手順としてはそんなに手間じゃないんだ。クックパット見ながらだし、肉が厚かったから一応加熱時間と余熱時間を1分ずつ多めにとってみたけど、それ以外はレシピ通りなんだ」
「レシピ通りに作れるってのも案外凄い事なんですけどね?」
「あはは…… で、ソースは市販のデミグラスソースなんだけど、それにおろし玉ねぎを混ぜてみたんだ。ちゃんと味見もしたし、なかなかいい感じだったでしょ?」
「うんうん。凄く美味しかったよ~」
「サチは何にでも美味しいって言うから参考にならないからね?」
「そんなことありませーん。近衛くんが作った料理にだけですぅー」
「なにこの甘い会話? それに霧島さんめっちゃ可愛い!!!」
「流石に俺も当てられたわ」
その後は好きな食べ物の話しや、趣味の話しなどまさに『お見合いか!?』と突っ込みたくなる程たどたどしくも初々しい会話を展開しつつ、俺たちの昼休みは終わった。
その間、昼食を終えても誰一人固まった席から離れる事無く、予鈴が鳴るまで会話に花を咲かせたのであった。
最後に「えッ!? あんたたち、家まで隣同士なの!? なのに幼馴染じゃないっていったいどういう事なの~~!?」
と言う草野の叫びが教室中に響き渡り、全クラスメイトの注目を浴びた俺たちは非常にいたたまれない状態になってしまった。
「ばか草野! 俺の推しカップルに迷惑かけるんじゃねえよ!」
平手とは言え、俺は人生で初めて女子の頭をこの手で叩いた。