ヴィルヘルムに絶望を与えたい
「……申し訳ございません。この度のことは、全てこの私に責任があります。どうか、罰をお与えください」
深夜に部屋に戻ってくるなり、マーヤは跪いてそんなことを口にした。
確かに、アンネを僕達の侍女として推薦したのは、他ならぬマーヤだ。
なら、彼女がここまで責任を感じるのも仕方ないといえば、そうなんだけど……。
でも、それを言うならアンネの登用を認めたのはこの僕だし、責任があるとすればこの僕だ。
だから……マーヤは、何一つ悪くない。
「僕が君に与える罰なんて、何もないよ。それより……君に、つらい思いをさせてしまって、ごめんね」
僕もマーヤの前で負けじと跪き、許しを乞う。
こんな結果になることは、最初から分かっていたのに。
それでも僕は、アンネに引導を渡す役目を……マーヤにとって最もつらい役目を、押しつけてしまったのだから。
「本当に、ルドルフ殿下は……っ」
「だから……もし僕を許してくれるなら、立ち上がっていつもの君に戻ってほしい」
深々と頭を下げ、マーヤに懇願すると。
「……ルドルフ殿下がどうしてもとおっしゃるのであれば、仕方ありませんね。私って、すごくご主人様想いの素晴らしい侍女だと思いませんか?」
「あ、あははー……」
立ち上がり、おどけて普段の姿を見せるマーヤ。
そんな彼女に、僕も苦笑した。
だけど、マーヤのアメジストの瞳が濡れていることは、僕だけの秘密だ。
◇
「……ファールクランツ家に連れて帰っており、今頃は尋問を受けているところでしょう」
アンネとの顛末について、マーヤは淡々と報告する。
本当はこんな話したくないだろうけど、それでも、今後の対策を考える上で大切だからね。
「そう……なら、アンネが口を割るのも時間の問題、ということでいいのかな?」
「いえ、そう簡単にはいかないかと。何故かは分かりませんが、アンネはあの男に絶対的な忠誠を誓っておりました。それこそ、大恩あるファールクランツ家を裏切るほどに」
そう言うと、マーヤは唇を噛んだ。
リズが騙され、クリステルがそそのかされたことといい、一体あの男には何があるのだろうか。
僕には、『ヴィルヘルム戦記』の主人公であり英雄が、あれと同一人物だなんてとても思えないし、惹かれる要素も何一つない。
なのに……。
「……とにかく、アンネのことはファールクランツ侯爵にお任せ……」
「ルドルフ殿下。私達諜報員は、全て奥方様の指揮下にあります」
「そ、そうなの?」
「はい」
どうやら、そういうことらしい。
いや、リズの誕生パーティーでお会いした時は、おっとりした様子で、そんなふうには見えないのに……。
「と、とにかく、アンネはファールクランツ夫人に任せるとして、ヴィルヘルムをどうするかだよ。それで、マーヤが監視している限りで、アンネとヴィルヘルムの接触は確認できたかな?」
「はい。昨夜と今朝、それに学園の授業が終了してすぐの三回、あの二人は接触しています。会話の内容から、ルドルフ殿下やリズベット様の動向を報告していたようです」
「そう……」
やはりアンネは、ヴィルヘルム達の間者としての役割を果たしていたということか。
だけど、そのことに早々に気づいてよかったよ。
そのおかげで、まだ僕が派閥を作ったこと、フレドリクとより結束していることを、悟られずに済んだのだから……って。
「……ねえ、マーヤ。今さらこんなことを聞くけど、アンネは諜報員として、その……優秀なんだよね?」
「もちろんです。師匠と私で、直々に鍛えましたので」
「そ、そう……」
マーヤの言葉に、僕は違和感を覚える。
というか、マーヤが認めるほど優秀なアンネが、間者であることを僕ごときに悟られるような失態を、果たしてするだろうか。
ひょっとしたら……。
「マーヤ……絶対に、ヴィルヘルムを絶望に叩き落してやらないと、気が済まないよ」
「私もです。妹が味わった全ての苦痛を、何倍にもして返してやります」
僕の言葉に、マーヤが力強く頷く。
彼女も、そのことに最初から気づいていたのだろう。
――アンネは、自分がヴィルヘルムの間者であることを、わざと気づかせるようにしたことを。
「ルドルフ殿下……私、悔しいです……っ」
「うん……」
肩を震わせるマーヤに、僕はただ、静かに頷いた。
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