妹との別れ ※マーヤ=ブラント視点
■マーヤ=ブラント視点
「…………………………」
今から七年前、ファールクランツ侯爵家に諜報員となるべく連れられてきた、十二歳のアンネ。
それが、私と彼女との出会い。
ボロボロの服を身にまとい、痩せこけ、そのエメラルドの瞳は世界の全てに対する怒りと憎しみで満ち溢れていました。
まるで、かつての私のように。
彼女の出自を尋ねると、私の師匠である執事長の“モルテン”様が帝都の貧民街で拾ってきたとのこと。
相変わらず、私の師匠はお人好しです。
とはいえ……そのおかげで、今の私がいるのですが。
「そういうことだからマーヤ……あなたが、彼女の面倒を見てくれるかしら」
「かしこまりました」
奥方様の命により、私は正式にアンネを世話することになりました。
といっても、諜報員としての技術と心構えは、全て師匠が教えることになるので、わたしは侍女としての日々の指導をするだけですが。
特に。
「そうじゃありません。私達は、常にお館様や奥方様、そしてリズベット様のことを考え、行動するのです」
「…………………………」
今まで貧民街で生きてきたアンネには、私の言っていることはすぐに理解できないでしょう。
でも……お館様や奥方様、何よりリズベット様に触れていけば、自ずと変わることは分かっております。
だって。
「……私は今忙しいのです。だから、あなた達も私に構っていないで、休憩でもしていなさい」
「ありがとうございます」
「あ……ありがとう、ございます……」
ほら、リズベット様はそんなことをおっしゃって、私達のためにお菓子まで用意しているじゃないですか。
お菓子をどこに隠し持っていたのかは後で問い詰めるとして、ツン、と澄ましながらも私達がお菓子を食べるのを、今か今かと待ちわびている姿は、愛くるしくて仕方ありません。
本当に……私はこの御方のおかげで、救われたのですから。
うふふ、アンネも戸惑っていますね。
でも、こうやって温かさに触れていけば、あなたもすぐに好きになってしまいますよ。
だって……私のご主人様は、まさに天使……いえ、小さな女神なのですから。
◇
「そう、私は確信していたんですけど、ね……」
「…………………………」
深夜の学園寮の裏庭。
私は、アンネと対峙していた。
互いに、武器を構えながら。
「アンネ、教えなさい。どうしてあなたは、リズベット様を裏切ったのかを」
「……簡単です。私にとって、真に仕えるべき御方はリズベット様ではなかったということ」
「プッ」
殺気のこもった視線を向けるアンネの答えに、私は思わず吹き出してしまいました。
「マーヤ姉様、何が可笑しいのですか?」
「可笑しいに決まってますよ。よりによって、リズベット様を差し置いて、あのような者が仕えるべき主だなんて、趣味が悪いにも程があるわ」
「たとえマーヤ姉様でも、今の言葉は許せません! 撤回してください!」
目を吊り上げるアンネは、音もなく地面を這うように近づき、急所目がけてダガーナイフを突き出してくる。
容赦のないところは、師匠と私の教えどおりですね。
だけど。
「甘い」
「っ!?」
私は自分の得物……マチェットでアンネのダガーナイフを叩き落した。
「あなたでは私に敵わないことは、分かっているでしょう。これ以上抵抗するのなら、容赦はしませんよ」
「…………………………」
利き手を押さえ、アンネは忌々しげに私を睨む。
もう、私から逃れられないことを悟って。
「それで、あなたの言う『真にお仕えすべき御方』というのは、ヴィルヘルム=フォン=スヴァリエでいいんですよね?」
「……さあ、どうでしょう」
アンナは顔を背け、吐き捨てるように告げた。
だけど……本当に甘いというか、まだまだ未熟というか。
それでは、簡単に心を読まれてしまいますよ?
「うぐっ!?」
「早く答えなさい。私は、あなたのくだらないやり取りに付き合っている暇はないんです」
私はアンネの腕を取り、そのまま地面に押さえつける。
ほんの少しでも力を加えれば、腕の骨が折れてしまうぎりぎりで加減して。
「さあ」
「……アハ、ハ……さっさと私の腕を折ったら、どうなんですか……? そんなことをしても、私に答える気はありませ……ああああああああああああッッッ!?」
アンネの望みどおり、私は彼女の右腕を折った。
悲鳴を上げようが、お構いなしに。
「次は、左腕です」
「うぐ……う……さっさとやれえええええ……ああああああああああああッッッ!?」
彼女の絶叫が、乾いた音とともに悲鳴に変わる。
「次は右足です」
「うぎッッッ!?」
「左足」
「あああああああああああああ……ッッッ」
アンネの四肢が、いずれもおかしな方向に曲がっていた。
まるで、マリオネットのように。
……まあ、そのようにしたのはこの私なのですが。
「……まだ答える気はありませんか」
「…………………………」
歯をかたかたと震わせ、脂汗を流しながらも、不敵な笑みを浮かべるアンネ。
どうしてあのような男が彼女を裏切らせ、これほどまでの忠誠を誓わせたのでしょうか。
「残念です」
私はそう告げると、右手をゆっくりと上げた。
すると。
「……アンネ=オールソン、貴様を拘束する」
音もなく現れた、ファールクランツ侯爵家の諜報員達。
もちろん、予め師匠に話をして、派遣してもらいました。
「では、よろしく頼みます」
「「「はい」」」
諜報員達は拘束したアンネを連れ、学園寮の闇に消えた。
「……さようなら、アンネ」
こうなった以上、私があの子と再び会うことはもうないでしょう。
私は、妹に別れの言葉を告げ、今のご主人様であるルドルフ殿下の元へ帰った。
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