マーヤの落胆
「これで少しずつ、あの男の外堀が埋められていきますね」
そんな一言とともに、リズが容赦ない突きを繰り出した。
「っ! そ、そうですね! ですが、まだまだこれからです。この後のアンネからの報告次第で、次の一手を考えましょう……っとお!?」
「油断大敵です」
あ、危うく地面に叩き伏せられるところだったよ……。
というか、やっぱり訓練になるとリズは容赦ないなあ。もちろん、望むところだけど。
それから、打ち合うこと数合。
「……まいりました」
「ハア……ハア……か、勝った……」
何とかリズの鳩尾へ木剣の切っ先を寸止めしたところで、リズが負けを宣言した。
だけど負けたことが悔しいのか、リズは思いきり頬を膨らませている。
「ルディ様、もう一手願います」
「ちょ、ちょっと待ってください。もうこんな時間ですし、今日のところはそろそろお開きにしましょう」
「っ! か、勝ち逃げなさるのですか!?」
「そ、そうではありません! この後、アンネの報告を聞いて作戦会議をしないといけないんですよ!?」
詰め寄るリズを、何とかなだめる。
というか、やっぱりリズは負けず嫌いだなあ。こういうところも、僕は可愛くて仕方がない。
「ほら、また明日も手合わせをしますから、ね?」
「むう……絶対ですよ?」
「はい」
よしよし、どうにかリズが折れてくれた。
明日は彼女のために、訓練の時間を多く取るようにしよう。
「では、マーヤとアンネも首を長くして待っていると思いますので、急ぎましょう」
「はい」
ということで、僕とリズはお風呂で汗を流した後、着替えてマーヤが用意した部屋で合流した。
「それじゃ、お願いするよ」
「は、はい! まず……」
アンネは、ヴィルヘルムの動向について詳細に報告を始める。
ただ、その内容は生徒会に顔を出していたことと、オスカルと二言三言会話したというだけの、当たり障りのないものでしかなかった。
「……それだけ?」
「はい……ファールクランツ家を通じてスヴァリエ公爵家も監視してもらいましたが、そちらも動きはありませんでした……」
アンネは、あからさまに肩を落とした。
期待どおりの結果にならず、恐縮しているのだろう。
「……まあ、仕方ない。そういうこともあるよ」
「申し訳ありません……」
僕のがっかりした様子に、アンネがますます恐縮する。
「マーヤのほうはどうだった?」
「オスカル殿下は、今日も精力的に自身の派閥の面々を白羊宮へ呼び出し、打ち合わせをしておりました。特に、吸収した元ロビン派の貴族の処遇について、決めかねているようです」
「ふむ……」
取り込んだのはいいけど、いくら数が力になるとはいえ、数が増えすぎて持て余しているってところかな。
特に、ロビンが幽閉される前と後で引き入れた貴族で、その処遇に差をつけないといけないし、あからさまにやり過ぎても、反目されたり他の貴族も疑心暗鬼になったりするし。
数が多いのも、良し悪しだよね。
「それと……オスカルは、見慣れない男と会談をしておりました」
「見慣れない男?」
「はい。どうやら、外国の使者だと思われます」
外国の使者、ねえ……。
通常、そういった使者は大臣などが相手にするはず。重要な相手なら、それこそ皇帝自身が。
なのに、まだ帝立学園の生徒の身分であるオスカルに、そんな役割を任せるはずがない。
だとしたら……何かあるな。
「分かった。マーヤはその外国の使者とやらの素性を調べてみてくれ」
「かしこまりました」
マーヤは、恭しく一礼した。
さて……今できそうなのは、こんなところかな。
「じゃあ、今日のところはこれでお開きにしよう。リズ、明日に備えてゆっくり休んでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
僕はリズの手を取り、女子寮の入口まで送った。
「リズ、おやすみなさい」
「ルディ様、おやすみなさいませ」
「失礼いたします」
リズとアンネはお辞儀をし、女子寮の中へと入っていった。
「マーヤ」
「……ルドルフ殿下、どうか今夜一晩、お時間をいただけませんでしょうか。明日の夜には、必ず……」
「分かった。僕は、君を信じているからね」
「ありがとう、ございます……」
いつも飄々としているマーヤが珍しく、思いつめた表情を浮かべている。
つまりは、そういうことなのだろう。
なら、僕のできることは、ただこの大切な侍女を待つだけだ。
「さあ、戻ろうか」
「はい」
女子寮の入口を振り返り、僕の後に続くマーヤ。
そんな彼女を、僕はただ見守っていた。
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