フレドリクの覚悟、僕の覚悟
「ルドルフ……私は、お前こそが次の皇帝に最も相応しいと、そう考えている」
フレドリクは、とんでもない一言を告げた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 兄上もご存知のように僕は私生児で、しかもベアトリスが皇帝陛下に頼み込んで、強引に皇位継承権が与えられただけの男なんですよ!?」
僕は勢いよく立ち上がり、まくし立てる。
そもそも、僕の皇位継承権がただのお飾りであることは、この僕自身が一番よく理解していた。
「だが、それでも皇位継承権を持っていることは事実だ。なら、当然ルドルフにも皇帝になる資格はある」
「で、ですが……」
見るからに、フレドリクに折れる様子はない。
それが余計に、彼が本気であるということを意味していた。
だけど。
「……申し訳ありません。僕は、たとえ皇帝になる資格があるのだとしても。皇帝などにはなりたくないのです」
このままでは埒が明かないと感じた僕は、フレドリクに本音を告げた。
「なら、お前は何を目指す。それとも、現在の立ち位置に甘んじ、排除されるその日まで無為に過ごすというのか」
フレドリクの視線が、鋭くなる。
それに、今の言葉……ただやり過ごしているだけでは、一年半前の毒殺未遂事件のように、僕の命が狙われることを示唆していた。
つまり、これはフレドリクなりの忠告……いや、思いやりなのだろう。
「いいえ、僕には憧れている人がいます。いつか……いつか、僕はその人の跡を継ぎたいのです」
そう……僕はファールクランツ侯爵のような、強さと優しさを兼ね備えた人物になりたいんだ。
だから、皇帝なんてくだらないものに、なりたくなんかない。
「そうか……ルドルフは、既に自分の行くべき道を見つけているのだな……」
「申し訳、ありません……」
肩を落とすフレドリクに、僕は目を伏せて謝罪した。
彼のその姿が、本気であったことを物語っていたから。
「ふう……いや、こちらこそすまなかった」
フレドリクは、顔を上げて逆に謝る。
そのことが余計に、僕に罪悪感を植えつけた。
「フレドリク兄上……もし、皇帝になるのがお嫌ならば、いっそのことオスカル兄上に譲ってしまうというのは……」
「それだけは駄目だ」
苦し紛れの僕の提案は、フレドリクによって一蹴された。
「お言葉ですが、兄上も僕も皇帝になりたくないのであれば、残るはオスカル兄上しかいないのでは?」
本当なら、第三皇子のロビンという選択肢もあったのだろうけど、アイツは皇位継承権を剥奪され、今はナルリクの塔に幽閉されている。
まあ、そのことがなくても、あの男に皇帝は絶対に務まらないけど。
「確かにオスカルは優秀であり、まだ帝立学園の生徒の身でありながら、よく派閥の貴族達をまとめている。それに、権謀術数に長けているところも評価に値するな」
「なら……」
「……ルドルフは気づいていないかもしれないが、オスカルの抱えている闇は深い。あのままでは、皇帝となったあかつきには、いずれこの国に大きな影を落としかねない」
そうか……フレドリクも、オスカルの中にある闇に気づいていたんだ。
確かに、もしオスカルの闇が暴走してしまったら、この帝国を滅ぼしかねないかもしれない。
オスカルは、皇族を……琥珀色の瞳を、憎んでいるから。
「……てっきり僕は、フレドリク兄上は自分以外の一切に興味がないものと思っていました」
「そうだろうな。実際、私がお前達にそのような素振りを見せたことはないのだから」
そう言うと、フレドリクは苦笑した。
表情といい態度といい、僕の知っているフレドリクとはあまりにもかけ離れていて、目の前の彼は、姿形は同じだが、フレドリクとは別人だとしか思えない。
「何故、ですか……?」
僕は、色々な意味をその一言に込めて、フレドリクに尋ねる。
すると。
「……これが、私の精一杯の抵抗だ。母上や周りの者も、いずれ愛想を尽かすだろうという、願いを込めて」
「……………………………」
「だが、私もまた、中途半端でしかなかったということだ。ロビンや以前のお前のように振舞えば、もっと楽であったのにな」
そうか……フレドリクは、アリシア皇妃の愛情や期待も理解しているから、踏み出すことができなかったんだ。
自分の母親を、悲しませたくなくて。
これじゃ、合理主義とか利己主義じゃなく、ただ不器用なだけじゃないか。
まるで、僕のリズみたいだよ。
「では、これからどうするのですか?」
「仕方あるまい……嫌だが、な」
フレドリクは、顔をしかめる。
だけど、その琥珀色の瞳は、既に覚悟を湛えていた。
「兄上……このルドルフ=フェルスト=バルディック、常に兄上を支えることを誓います。ただし」
「ん?」
「いい加減、僕だけでなくアリシア妃殿下や他の者達にも、その姿を晒していただければ、ですが」
覚悟が決まった以上、わざわざ敵を作る真似をする必要もないからね。
何より……アリシア皇妃も、絶対に喜ぶと思うから。
「今さら難しいが……努力しよう」
「本当に、お願いしますね?」
「ハハハ!」
そう言って僕がおどけてみせると、フレドリクは声を出して笑った。
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