とある侯爵令嬢の想い ※リズベット=ファールクランツ視点
■リズベット=ファールクランツ視点
「……以上となります」
ルドルフ殿下との面会から三日後、目の前で傅くマーヤが、報告を終えて首を垂れた。
「そう……それで、ルドルフ殿下は私のこと、何かおっしゃっていたかしら?」
「……リズベット様のことをおっしゃっていた、というより、婚約を了承するお手紙を眺めては、しきりに首を傾げておいでです」
「?」
これは、どういう意味でしょうか……?
私との婚約を喜んでいらっしゃるのか、それとも落胆しておられるのか、判断に困るところです。
「私から見た様子ですと、やはり距離を感じておられるのだと思います。リズベット様が、あのような態度を取られるから……」
「っ!? そ、それは仕方ないではありませんか!」
表情を変えずに蔑視だけを向けるマーヤに、私は思わず声を荒げてしまいます。
だってそうではないですか。私が、どれほどルドルフ殿下にお逢いすることを楽しみにしていたか……。
幼い頃からずっと想い続けていたのですから、緊張してぎくしゃくしてしまうのも、無理もないというものです。
「では、よろしいのですか? このままでは、ルドルフ殿下に誤解されたままとなりますが」
「そ、それは嫌です! 九年もの時を経て、やっと巡り合えたのですよ!?」
そう……私は、ルドルフ殿下と五歳の時にお逢いしております。
あの日のルドルフ殿下の愛くるしくも凛々しいお姿を……真っ直ぐに私を見つめる琥珀色の瞳を、この身も心も蕩けてしまいそうな優しい声を思い出すだけで、私は幸せに包まれるのです。
「はあ……ルドルフ殿下……」
「……そこまでお好きなのですから、もう少し愛想よく振舞えばよろしいですのに。今の殿下であれば、リズベット様のそのお姿を見れば誤解も解けて、間違いなく溺愛していただけると思うのですが」
せっかくあの日のルドルフ殿下を思い浮かべていたというのに、マーヤのせいで台無しです。
そもそもマーヤは私の侍女兼護衛なのに、どうしてこう遠慮がないといいますか、主を主とも思っていないといいますか……。
まあ、これは今さらなのでもういいですが……。
「……それよりも、やはりマーヤの言っていたように、ルドルフ殿下で間違いなかったわね」
「はい」
私とマーヤは頷き合う。
ルドルフ殿下が不意に落とされた、あの一枚の金貨。
あれこそが、あの日に私が差し上げた金貨なのですから。
ふふ……今思い出しても、金貨を初めてご覧になったルドルフ殿下の無邪気な笑顔は最高です。至高です。究極です。
「……リズベット様、だらしない表情をなさっていますよ?」
「ええ!?」
マーヤの指摘に、私は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠しました。
い、いけません。ルドルフ殿下のことを考えてしまうと、どうしてもこの顔が緩んでしまいます。
この私は、帝国の武を象徴するファールクランツ家の者だというのに。
「コホン……ですが、マーヤに皇宮に入ってもらって、正解でしたね」
元々、マーヤには悪名高いルドルフ殿下の監視と、私の想い人を探していただくために、三か月前に皇宮に潜入させていました。
それより前から、お父様の命を受けたファールクランツ家の手の者が潜入はしておりましたが、あのことがあったために、お父様とは別に、私は最も信頼のおけるマーヤにお願いしたのです。
マーヤが皇宮に入ってすぐにルドルフ殿下の毒殺未遂事件が起こり、犯人は捕らえられて処刑されたものの、真犯人が別にいることは明白。
この事件に蓋をしてしまうために、皇室が速やかに幕引きをしたのでしょう。
真の犯人は、それほどの人物だったということです。
ですから、ルドルフ殿下の本当のお姿を知ったのは毒から回復された後ではあるものの……ふふ、やはり噂などあてになりませんね。
面会の時にお逢いしたルドルフ殿下は、少しおどけたりしてはおられましたが、私に誠意ある対応をしてくださいました。
何より……ルドルフ殿下の琥珀色の瞳は、あの日と同じく温もりを湛えておりましたもの。
ですが。
「……ルドルフ殿下が、相も変わらずあのような仕打ちを受け続けていらっしゃったなんて……っ」
面会の時に、ルドルフ殿下からお聞きした幼少の頃のお話。
あまりの理不尽に、不条理に、救いのないお話に、怒りのあまりそのような仕打ちをした者達を、即刻処断してやりたかった。
もちろん、たとえそれが皇族であったとしても、関係ありません。
それに……私はもう、あの日の私じゃない。
「マーヤ。ルドルフ殿下は、今も同じようにつらい思いを受けていらっしゃるのかしら?」
「いいえ。既にご報告しておりますタッペル夫人と侍従による横領事件以降、ルドルフ殿下に不敬な真似を行う者はおりません。何より、そのような者達は、専属侍女であるこの私が全て排除いたしました」
胸に手を当て、どこか誇らしげな様子のマーヤ。
特に、専属侍女という部分を強調しているところに、少し苛立ちを覚えます。
わ、私だって、ルドルフ殿下の特別でありたいのに。
「マーヤ。絶対にルドルフ殿下をお守りし、全力でお支えするのです。分かりましたね」
「かしこまりました。このマーヤ=ブラント、命に代えましても」
マーヤは再び傅き、恭しく首を垂れた。
「ところで……あの者については、どうなさいますか?」
「どうもこうもないわ。あろうことか、この私をたぶらかそうとしたんですもの。このファールクランツ家を敵に回したこと、はっきりと教えておやりなさい」
「かしこまりました」
マーヤがニタア、と口の端を吊り上げ、この場から消えました。
それにしても、皇族の血を引いているだけしか取り柄のない公爵家風情が、調子に乗ってくれたものです。
ファールクランツ家の後ろ盾が欲しくて必死なのでしょうが、そうはまいりません。
何より、私の全てはルドルフ殿下のためにあるのですから。
今も皇宮にいらっしゃるルドルフ殿下を思い浮かべ、私はクスリ、と微笑んだ。
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