騙された侯爵令嬢の忠告
「ええー……」
「目障りな……」
次の日の朝の教室。
そこには、心配そうな表情を浮かべる多くの令嬢に囲まれながら談笑する、ヴィルヘルムの姿があった。
いやいや、僕はあの実技試験で、間違いなくヴィルヘルムの左足の甲を潰したはずだ。
なら、あの左足は確実に骨まで損傷していると思うから、とてもじゃないけど学園に来れる状態じゃないのに……って。
「「「「「…………………………」」」」」
うわあ……ヴィルヘルムを囲んでいる令嬢達、ものすごく僕を睨んでくるんだけど。
というか、令嬢達はどうしてヴィルヘルムなんかにご執心なんだろうか。
確かにアイツの容姿だけはクラス……いや、学年でも一、二を争うほど整っているかもしれないけど、中身は最低だというのに。
それに、令嬢達にだって婚約者がいる者もいるだろうに、こんなことをしていたら婚約破棄されて、ロビンとはいかないけど下手をしたら修道院送りなんてことにもなりかねないんじゃないのかなあ。
などと考えていると。
「……ルドルフ殿下には、罪悪感というものがないのかしら」
「本当ですわね。卑怯な手を使われたのですから、謝罪があってもおかしくはないですのに」
ええー……なんで僕、朝からこんな誹謗中傷を受けているんだろう。
先に足を踏んだの、ヴィルヘルムなのに。
その時。
「そのような男の肩を持つなんて、あなた方も趣味が悪いですね」
「「「「「っ!」」」」」
おおう、リズが令嬢達を煽っているよ。
リズ、僕以外にはものすごく冷たい印象を与えるから、それはもう令嬢達は凍えそうに……いや、今回は違うか。
だって令嬢達、明らかに怒って顔を真っ赤にしているし。
多分リズも、いつものようなプレッシャーをわざと控えているからだろうな。
だけど……これは、ちょっとリズらしくない。
いつもの彼女なら、絶対零度の視線を向けて黙らせて終わりなのに。
なら、一体どんな理由で、こうやってわざわざ他の令嬢にちょっかいをかけたのかってことだけど……まあ、いいか。
僕はただ、リズを信じるだけだ。
「リズベット様……今のお言葉はないのでは?」
一歩前に出てリズに挑む勇者は、スヴェルソン伯爵家の令嬢、“クリステル=スヴェンション”だった。
「あら、どうして? 先日の実技試験でルディ様に敗れ、無様な姿を晒したのをもうお忘れなの?」
「っ! それこそ、ルドルフ殿下が卑怯な真似をされたからではないですか! あのようなもの、無効です!」
リズの言葉に、怒髪天を衝く勢いのクリステル。
それを黙って聞きいているヴィルヘルムは、そうだとばかりに頷いている。
しかも、それだけで満足できなかったのか。
「クリステル嬢……たとえどのような形であれ、負けは負けだ。俺は、実技試験の結果を受け入れる」
「そ、そんな! いけません! ヴィルヘルム様こそが、勝利するに相応しい御方です! このような理不尽なことに、屈してはいけません!」
わざとらしくかぶりを振るヴィルヘルムを、クリステルは必死にフォローした。何この茶番。
すると。
「ふふ……っ」
「……何が可笑しいのですか」
「可笑しいわね。戦場で、『足を踏まれて戦えなくなりました』だとか『卑怯な手を使われたので、本当は自分の勝ち』と宣うなんて、恥もいいところですもの。それって、死を意味しますのに」
「っ!?」
さすがはファールクランツ家の令嬢であるリズ。考えが常在戦場だ。
「そ、そのような血なまぐさいこと、貴族である私達が……いえ、スヴァリエ公爵家であり皇族でもあるヴィルヘルム様には無縁のことですわ!」
「そうですか……話になりませんね」
リズは眉根を寄せ、かぶりを振った。
確かにリズの言うとおり、これじゃ話にならないよ。
万が一他国と戦争になったら、僕達は帝国を守るために戦わないといけないんだ。
もちろん、他の者達に任せて引きこもるって選択肢もあるかもしれないけど、戦争が終わった頃にはその地位も、名誉も全て失われているだろうね。
皇族であるということは、貴族家以上の立場と重い責任を背負っているのだから。
ヴィルヘルムも、公爵家ではあるけど皇族の一員なのだから。
「では、戦場ではなく敵前逃亡で裁かれるのですね。ああ……それとも、『臆病者』という不名誉な二つ名をご所望ですか」
「リズベット様!」
とうとう堪え切れなくなったクリステルが、リズに詰め寄った。
だけど……このクリステル、どうしてそこまでヴィルヘルムの肩を持つのだろう。
仮にこの男に懸想しているにしても、絶対に敵わないリズに突っかかってくるなんて、自殺行為だということくらい分かるだろうに。
「分からないの? 私は、あなた達の……あなたのためを思って忠告してあげているの。このような最低の詐欺師に、騙されないように」
あの日の思い出を穢されたリズだからこそ、他の令嬢がヴィルヘルムという男の毒牙にかかるのを見ていられなかった、ってことかな。
冷たい素振りを見せておきながら、実は彼女達を心配しての行為だったんだね。
本当に、僕の婚約者は不器用で、優しいんだから……。
「よく考えなさい。あなたが選ぶべきは、少なくともこの男なんかではないことを」
「…………………………」
アクアマリンの瞳が、クリステルを捉えて離さない。
どこまでも冷たい淡青の中に、どこまでも深い慈愛を湛えて。
それが分かったのだろう。
クリステルは、これ以上リズに絡むようなことはしなかった。
「ルディ様。勝手なことをしてしまい、申し訳ありません」
「ううん。僕は、君が僕の婚約者であることが、こんなにも誇らしくて仕方ありません」
「あ……ふふ、やっぱりあなた様だけですね。あなた様だけが、本当の私を知っていてくださる、たった一人の御方です」
リズの瞳は、今度は僕だけを映し、優しく微笑んでくれた。
もちろん、その中にヴィルヘルムはいない。
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