気づいてほしい ※リズベット=ファールクランツ視点
■リズベット=ファールクランツ視点
「制限時間は二時間です。では、始めてください」
刺繍の先生の合図の元、私達は一斉にハンカチに針を通します。
デザインは各自好きなものにしてよいとのことですので、私はあのデザインにしようと思います。
ですが。
「……上手くいきませんね」
針を通してはやり直し、またハンカチに針を通す。
これを何度も繰り返しますが、やはり私は、こういったことが不得手のようです……。
「ルディ様、こんな私に幻滅なさいますでしょうか……」
もちろん、あの優しいルディ様が、このようなことで私をお嫌いになられるようなことはないと、分かってはおります。
ですが、それでも私は、少しでもあの御方が肩を落とされてしまうのではないかと思うだけで、胸が張り裂けそうになります。
ハア……こんなことなら、お母様やマーヤにもっと指導していただくべきでした……って。
「いえ! 落ち込んでいる暇はありません! 私は私にできる精一杯の刺繍を施して、ルディ様に手に取っていただくんです!」
私は気合いを入れ直し、作業に集中します。
すると。
「リズベット様、いかがですか?」
「シーラさん……」
よりによって、シーラさんがわざわざ隣にやって来ました。
一体、どういうおつもりなのでしょうか……。
「リズベット様は、もちろんルドルフ殿下にプレゼントされるんですよね?」
「……ええ、まあ」
無邪気に尋ねるシーラさんに、私は曖昧に答えます。
ロビン殿下を貶めるということでルディ様と手を結んだシーラさんですが、私は今もこの方を信用しておりません。
何より、私のルディ様に、あろうことか色目まで使ったのです。できればルディ様の半径十メートル以内に……いえ、視界にすら入ってほしくはありません。
「いいなあ……私も、ルドルフ殿下のような婚約者がいればいいんですけどね」
そう言って、シーラさんはあざとく舌を出します。
このような仕草は、殿方からすれば非常に魅力的に映ることでしょう。
……残念ながら私には、そのような真似はできそうにありませんが。
ええ、私自身が愛想もなく武術の鍛錬ばかりしていることで、周囲から“氷の令嬢”などと揶揄されていることは存じております。
どうせ私が、可愛げのないことも知っておりますとも。
でも、いいのです。
このような私でも、心から愛してくださるルディ様がいらっしゃるのですから。
むしろ、ルディ様以外の殿方など、私には一切不要。それどころか、近づいてほしくすらありません。
なのに……どうして私には、ロビン殿下やヴィルヘルムといった、ろくでもない男ばかりが寄ってたかってくるのでしょうか……。
頭が痛くなり、思わずかぶりを振ります。
「リズベット様、具合でも悪いんですか?」
いつの間にか、シーラさんが心配そうに私の顔を覗き込んでいました。
「い、いえ、大丈夫です。少し不快なものを思い出してしまいましたので……」
「ああー……」
何かを察したのか、シーラさんは遠い目をなさいました。
おそらく、私と同じもの……ロビン殿下を思い出したのでしょう。
「で、ですが、シーラさんはそのように愛くるしいのですから、素敵な殿方からたくさん求愛なされているのでは?」
話題を変えるため、私はそんなことを尋ねます。
実際、シーラさんに熱い視線を送っておられる殿方は、クラスにも大勢いらっしゃいますから。
「……有象無象が言い寄ってきたところで、迷惑なだけですよ」
「ああー……」
シーラさんの言葉に、私も遠い目をしながら同意しました。
「とはいえ、物は使いようですけどね。あの方々も、たまに便利な時もあります」
「そ、そうですか……」
やはり私には、シーラさんのようになれそうにはありません。
表情も変えず、愛想もなく、話しかけられても冷たく返す。
ルディ様をいつも束縛して、マーヤがあの御方に話しかけただけで嫉妬してしまう。
こんな私が、嫌になります。
……ルディ様もきっと、そんな面倒な女性を求めておられませんよね。
「だけど……リズベット様が、羨ましいです」
「私が……ですか?」
「はい!」
ニコリ、と微笑むシーラさんの言葉に、私は思わず首を傾げてしまいます。
私のどこが、羨ましいというのでしょう……。
「えへへ。先週の会食の際に思いましたけど、ルドルフ殿下ってリズベット様しか目に入っていないという感じですし、リズベット様のちょっとした表情や仕草を見て、すごく幸せそうでしたよ」
「え……?」
シーラ様の言葉に、私は思わず声を漏らします。
それが本当なら、こんなに嬉しいことはありません。
「それどころか、ルドルフ殿下はリズベット様に束縛されたい節まであります。あの御方もあの御方で、リズベット様に負けず劣らず大好きな女性への愛が重そう……いえ、深そうですね」
「あう……」
そこまでおっしゃられては、私も顔が熱くなってしまいます。
ルディ様……。
「残り三十分です」
「あ……えへへ、早く仕上げないとですね」
「はい」
シーラさんの言葉に私は頷き、また刺繍に集中します。
ルディ様は、このハンカチを喜んでくださいますでしょうか……。
持ち歩くことすら憚られるような、出来の悪い刺繍の入ったハンカチですが、あの御方が気づいてくださったら、それだけでこのリズベット、天にも昇る心地です。
そんな儚い期待と、ルディ様へのありったけの想いを込めて、一針一針を丁寧に縫いました。
「うわあああ、この表情……ルドルフ殿下が、大好きになるはずですよ。可愛いです。尊いです」
シーラさんが何か呟いておられますが、集中しているためかよく聞き取れませんでした。
大したことではないと思いますので、気にしないようにいたしましょう。
そして。
「そこまでです」
先生の終了の合図と同時に、私の刺繍入りのハンカチも完成しました。
「リズベット様、その刺繍のデザインは何ですか?」
「ふふ、内緒です」
出来上がったハンカチに指差すシーラさんに、私は少し彼女の真似をして、ちろ、と舌を出して悪戯っぽく微笑んだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!