いくらなんでも、これは酷すぎる
「…………………………」
「…………………………」
天蝎宮の中庭のテラスで、婚約者候補のリズベットと向かい合わせに座りながら、僕は絶賛混乱中である。
いや、なんで僕の婚約者候補が、よりによってリズベットなんだよ。
確かに僕と同年代の令嬢で、皇族である僕に釣り合う身分となると侯爵以上の貴族家になるのは分かる。分かるけど、いくらなんでもこれは酷過ぎる。
この世界は、僕に死ねと言っているのでしょうか。
「ルドルフ殿下、お茶はいかがなさいますか?」
お茶はカップになみなみと注がれているのに、そんなことを尋ねるマーヤ。その瞳は、『早く話題を振って会話しろ』とプレッシャーをかけていた。
いやいや、将来僕を暗殺する令嬢と会話なんて無理だよ。
それにリズベットには、既にヴィルヘルムっていう未来の英雄がいるんだぞ?
いくらこれが政略結婚で、僕自身も後ろ盾が欲しいからってこれはない。
とはいえ、僕から婚約者が欲しいと頼んでおいて断ったら、それこそ皇帝の不興を買い、廃嫡からの国外追放で済めば御の字。最悪は僕の殺害ルートまであり得る。
そうなってしまったら、僕は歴史どおり暴君の道を歩むしか、選択肢がなくなってしまうよ。
なので。
「そ、その……リズベット殿も、僕との婚約についてお聞きになった時は、驚かれたのではないでしょうか……」
僕は精一杯の勇気を振り絞り、会話を試みる。
おかしいな、前世でそれなりに初恋の女性と会話をしていたから女性との会話には慣れているはずなのに、すごくどうでもいい話題を振ってしまった。
「はい、お父様からこの話をお伺いした時は、本当に驚きました。まさか私のような者が、ルドルフ殿下の婚約者候補に選ばれるなんて、光栄過ぎて……」
リズベットは仕草こそ恥ずかしそうにするものの、その表情はまるで仮面を被っているかのように変化がない。
なるほど、光栄過ぎるから僕との婚約なんて取りやめにしたいと。
僕としても同意見だけど、できれば君のほうから断りを入れてくれないかな?
ほら、僕もお願いした手前、皇帝に言い出せないんだよ。
「あ、あはは……やはり、僕のような者との婚約なんて、望まれませんよね。であれば、ファールクランツ閣下を通じて、断りを入れていただければ……」
「いえ、決してそのようなことはございません」
僕がやんわりと断るように誘導しようとした瞬間、リズベットはすかさずそれを否定した。
でも、冷たさを湛えるアクアマリンの瞳は、言葉とはまるで正反対の意味を持っているとしか思えない。
あー……これは性急過ぎた僕に、もっと上手くやれと言外に告げているんだな。
確かに婚約を取りやめにするにしても、それなりに理由や段取りが必要だしね。
「そうですか……でしたらよかったです」
僕は胸を撫で下ろし、安堵したふりをした。
とにかく、皇帝に目を付けられないようにしつつ、リズベットが婚約を断りやすい状況を作ってやろうじゃないか。
「で、では、まずは僕のことを知っていただきたく……」
それから僕は、延々と自分のこと……もとい、自慢話を始めた。
といっても、この僕に自慢できるようなことなんて何もないので、多分に嘘を織り交ぜながら。
リズベットだって僕がどうしようもない皇子だということは知っているはずだから、これが嘘だってことも分かっているだろうし。
これで僕が平気で嘘を吐くろくでもない人間だということを喧伝すれば、晴れて婚約はなかったことにできるというわけだ。
「……というように、この天蝎宮では皆が僕のことを誉めそやしています。マーヤ、そうだろう?」
ここですかさず、後ろに控えるマーヤに相槌を求める。
マーヤ、それはもう盛大に、僕を侮蔑の表情で見て否定してくれ。頼んだぞ?
「はい、ルドルフ殿下のおっしゃるとおりです」
「マーヤ!?」
「リズベット様も既に聞き及んでいらっしゃるかと存じますが、殿下は天蝎宮に蔓延っていた不正を糺し、今はこの皇宮に新しい風が吹き始めております」
全く期待していなかった反応に、僕は思わず名前を呼んでしまった。
というか、新しい風どころか、使用人達からの失笑の嵐だよね?
「ルドルフ殿下は、本当に素晴らしい御方なのですね」
「い、いや、あははー……」
乾いた笑みを浮かべつつ、僕はリズベットの凍えそうなほど冷たい口調で言い放った褒め言葉に、背中にうすら寒いものを覚える。
おのれマーヤ、よくも裏切ってくれたな。この面会が終わったら、絶対に仕返ししてやる。
これ以上この空気に耐え切れそうにない僕は、この場をなんとかしようして色々考えていると。
「ところで……ルドルフ殿下の小さな子供の頃のお話を、お聞かせいただけますでしょうか……?」
表情こそ冷たさを湛えているものの、リズベットは上目遣いで窺うように尋ねた。
だけど、僕の小さかった頃なんて、人に話せるような楽しい思い出は何一つない。
……いや、リズベットからすれば愉快極まりないかも。
だって、皇帝の命で僕との婚約話に付き合わされ、こうやって嫌な相手と面会をさせられているんだ。そんな奴がつらい目に遭う話を聞けば、少しは溜飲が下がるかもね。
だからこそ、目の前の彼女は僕の話を求めたのだろう。
愛するヴィルヘルムに、笑い話として聞かせるために。
だったら僕も、精一杯面白おかしく聞かせてやろうじゃないか。
それこそ、淑女のマナーも忘れて笑い転げてしまうほどに。
僕はおどけながら、胸に手を当ててお辞儀をする。
そして。
「ではお聞きください。ただ滑稽で、間抜けで、惨めな僕の喜劇を」
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