オスカルの勧誘
「おや? あれは……」
シーラとの会食を終えて部屋を出たところで、不快な存在が僕達の視界に入る。
噂をすれば……ではないけど、当のロビンだ。
だけど。
「あはは、ロビンが恨めしそうに僕達を見ていますよ」
「本当ですね」
「これはなかなか愉快ですね」
僕とリズ、それにマーヤは、従者に押さえつけられるロビンを見てクスクスと笑う。
アリシア皇妃との約束の元、今のロビンは監視付きなのだ。
いざという時には、今のように実力行使も認められている。
「それにしてもロビンの奴、第三皇子なのに子息令嬢のいる前であんな姿を晒しているけど、恥ずかしくないのでしょうか……」
「既に恥も外聞も地に落ちているのです。それこそ、今さらだと思います」
リズは、澄ました表情でにべもなく告げた。
まあ、確かにリズの言うとおりだけどね。
ただ。
「どうせなら、アイツも同じ取り扱いにしてほしいんですけどね」
「……はい」
僕達を凝視する。一つの視線。
言うまでもなく、ヴィルヘルムのものだ。
というか、アイツも他の子息令嬢と談笑している最中なら、こっちに気を取られている場合じゃないだろうに……って。
「ルドルフ」
「っ!? 」
突然後ろから声をかけられ、僕は慌てて振り向くと、声の主はオスカルだった。
「ど、どうしたんですか? 驚かさないでください……」
「はは、ごめんごめん。ところで、何を見ていたんだい?」
「あー……いえ、入学したばかりの子息令嬢達が、楽しそうに親交を深めているな、と」
僕はヴィルヘルムのいるグループを指差し、当たり障りなく答える。
これなら嘘は言っていないし、ヴィルヘルムを見ていたとは思われないだろう。
「それより……あれ、いいんですか?」
ヴィルヘルム達に向けていた指先を、今度はロビンへと向けた。
「いいんじゃないか。今朝も言ったとおり、ロビンはまもなく壊れる」
「その、壊れるとはどういう意味ですか?」
朝は入学式があったからはぐらかされてしまったけど、今なら消灯まで時間もあるし、逃げられる心配はないだろう。
「もちろん、そのままの意味だよ。ルドルフも分かっているだろう? ロビンが、僕達兄弟の中で最も劣っていることくらい」
「…………………………」
「しかも、ルドルフはファールクランツ侯爵を後ろ盾に得、さらにはフレドリク兄上とも手を結んだ。今までルドルフをいじめることで小さなプライドを保っていたロビンは、それもできなくなって鬱憤が溜まる一方だ」
確かに、オスカルの言うとおり、今のロビンはアリシア皇妃による監視もあり、僕をはけ口にすることができない。
なら、その矛先を使用人達にぶつけることになるのかといえば、これも学園にいる以上、つけられる従者は一人だけ。その従者も監視者と同一人物なんだから、ロビンは八方塞がりだ。
同級生の子息令嬢達も、ロビンの悪評は知っているし、今も醜態を晒しているのだから、相手にしないどころか、蔑んだ視線を向けている。
つまり……今までの僕と、立場が完全に逆転したということだ。
「そうなると、ロビンは内に鬱屈した感情を溜め込むしかない。それが、ロビンの心の容量を超えたら、どうなると思う?」
「……何かのきっかけで、暴発する」
「そのとおりさ。その時こそ、ロビンが壊れる時だよ」
そう言うと、オスカルはくつくつと嗤う。
だけど、自分の陣営に引き入れた弟に対し、ここまで酷い扱いをできるものなのだろうか。
「オスカル兄上は、ロビンのことが嫌いなのですか……?」
僕は、ふとした疑問をぶつけてみる。
今までフレドリク側にいたロビンは、オスカルのことを毛嫌いしていた。
なら、オスカルはロビンをどう思っているんだろう、と。
もちろん、ロビンに対してこんなにも蔑むオスカルは、ロビンのことが嫌いだとは思う。
だけど……僕には、どうもそんな簡単な感情や理屈では済まないように思えるんだ。
「ははは、決まっているさ。僕はロビンが……いや、琥珀色の瞳を持つ者全てが憎い」
「っ!?」
朗らかな様子から一変し、オスカルは今まで見せたことのないような、険しい表情になった。
まるで、誰かを呪い殺す勢いで。
オスカルにとって、自分だけ瞳の色が違うことが、こんなにも根深いものだったのか。
「なら、同じく琥珀色の瞳を持つ僕も、オスカル兄上の敵ということになりますね」
「そんなことはないさ」
僕の言葉を、オスカルが即座に否定する。
「確かにルドルフの瞳は琥珀色だけど、お前は僕と一緒だからね」
「それは……」
「だってそうだろう? 僕は、この黒い瞳のせいでいつも疑われ続けた。本当は皇帝陛下と血が繋がっていないのではないかと」
そんな噂が、皇宮内でも絶えず流れていることは当然僕も知っている。
だけど、瞳の色が違う以外は、皇帝に最もよく似ているのがオスカルであることも事実。
だからこそ、そんな疑惑が流れつつも、オスカルが皇子であると認められているのだから。
「ルドルフは逆に、瞳の色こそ皇族の証である琥珀色だけど、それ以外は陛下に似ても似つかない。なら、僕達はあべこべなだけで、本質は同じだと思わないかい?」
「……つまり、何をおっしゃりたいのですか?」
ここまで話しても、結局オスカルの思惑が分からず、僕は少し苛立ちを覚えながら尋ねた。
すると。
「ルドルフ……フレドリク兄上から離れ、僕につく気はないか?」
オスカルから放たれたその言葉は、僕を驚かせるには十分だった。
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