私以上の屈辱を味わわせたい
「もちろん、ルドルフ殿下にはご納得いただけるだけのものを用意しております」
「? それは……?」
「はい。私達アンデション家は今後、ルドルフ殿下を支援いたします」
シーラは、その豊満な胸に手を当て、静かに告げた。
エメラルドの瞳に、まるで僕を魅惑するかのような色を湛えて。
「……僕を支援するということは、帝国内に敵を作ることになりかねませんよ? それに、シーラ嬢にそれを決める権限はないと思いますが」
「もちろん、ルドルフ殿下を支援することについては母も了承済みです」
そういえば、アンデション辺境伯家は代々女性が当主だったな。
目の前のシーラも、母親から才能と交渉術を受け継ぎ、こうして僕の前にいる、ということか。
さて……どうしたものかな。
そもそも僕は、皇位継承には興味もないし、辺境で細々と……って、それは以前の希望だったね。
今は、僕の尊敬する人……ファールクランツ侯爵のようになることだ。
そのためにも、皇族から籍を抜いてリズの婿養子を目指さないと。
僕はチラリ、とリズを見る。
すると、彼女は僕の視線に気づき、ニコリ、と微笑んだ。どうやら、この件は僕に全てを任せてくれるみたいだ。
なら。
「せっかくの申し出ですが、僕への支援はお断りいたします。なので、ご用意いただくなら別のものでお願いできますでしょうか」
「っ!?」
僕の答えに、シーラは目を見開いた。
まさか、こんな答えが返ってくるとは、思いもよらなかったんだろうね。
でも、他の貴族から支援を受けるということは、そちらに対して配慮しなければならないということ。
ファールクランツ侯爵が後ろにいてくれる以上、余計なしがらみは不要だ。
それに、皇族から離れることを目指している僕としても、この血をいいように利用されても困る。
「……何故ですか? 皇宮において味方のいないルドルフ殿下にとっては、破格の条件だったと思いますが」
「簡単ですよ。その条件が、僕にとってありがたいものではなかった、ということです」
僕を探るような視線を向けるシーラに、僕は肩を竦めてみせた。
「とはいえ、このままではシーラ嬢としても引き下がれないでしょう。一か月待ちますので、提示いただいた以外のものをご用意くださいますか?」
「……分かりました」
これ以上は何を言っても無駄だと判断したんだろう。シーラは、眉根を寄せながらも頷いた。
「では、次の話に移りましょう。僕の手助けが必要とのことですが、具体的に何をすればよいのですか?」
「はい。ルドルフ殿下には、皇室との交渉の場で立ち会っていただきたいのです。もちろん、アンデション家側として」
「それは……僕はその場にいるだけでよい、ということですか?」
「おっしゃるとおりです」
僕の問いかけに、シーラは表情を変えずに淀みなく答える。
支援の申し出を断られたことで動揺もあっただろうに、なかなかどうして。
だけど、ふむ……話を聞く分には、僕が何かをするわけではないので、特に難しいものでもなさそうだ。
ただ。
「ご存知のとおり、僕はフレドリク兄上と手を結んでおります。おそらく、交渉の席ではアリシア妃殿下に加えて当事者であるロビンがおりますが、その場合、僕がいることで、逆に交渉が不利になるおそれもあると思いますが」
アリシア皇妃としては、僕がいることでやりづらい部分もあるだろうし、ロビンに至っては僕を見た瞬間、絶対に罵ってきて交渉の場そのものを滅茶苦茶にしてしまう可能性が高い。
こうなると、交渉どころではないような気がするけど…………………………あ。
「まさか……」
「えへへ、そのまさかです」
困惑する僕を見て、シーラがはにかんだ。
どうやらアンデション家は、僕を同席させることで、交渉の場そのものを壊してしまうことが目的のようだ。
つまり……最初から交渉するつもりはない、と。
「ルドルフ殿下、それも当然だとは思いませんか? 私に何か落ち度があるわけでもなく、ただ一方的にぞんざいに扱われ、挙句の果てに他人の婚約者に横恋慕して不祥事を繰り返す。それを、ただ受け入れろというのですか?」
「…………………………」
にこやかな表情とは裏腹に、瞳に怒りを滲ませるシーラ。
そう言われてしまうと、僕は何も言えない。
「だから、私は……アンデション家は、ロビン殿下に制裁を受けていただかないと気が済まないのです。私以上の屈辱を、味わっていただかないと」
シーラは、ニタア、と口の端を吊り上げた。
「……失礼であることは承知の上で尋ねますが、シーラ嬢はロビンのことを……?」
「何とも思ってはおりません。だからこそ、ロビン殿下の分際で、このような真似をしたことが許せないのです」
なるほど……無能なロビンごときに馬鹿にされたのは、我慢ならないということか。
「分かりました」
「……はい?」
「このルドルフ=フェルスト=バルディック、シーラ嬢の依頼をお受けしましょう」
キョトン、とするシーラに、僕は微笑みを浮かべながらお辞儀をしてみせた。
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