第三皇子の婚約者
「アンデション辺境伯家の長女、シーラと申します」
聞き覚えのある名前が、僕の耳に飛び込んできた。
ハーフアップにまとめた鮮やかなホワイトブロンドの髪に、輝くエメラルドの瞳。
どこか幼さを残すものの、優しそうな顔立ちとぷっくりとした桜色の唇は、どこか安心感を覚えさせる。
でも、そうか……彼女が、ロビンの元婚約者か……って!?
突然感じた太ももの激痛に、僕は慌てて隣を見ると。
「むうううう……っ」
……リズが、大層ご立腹でした。
どうやら、僕がシーラに見惚れていると勘違いしたらしい。
「ち、違いますよ。彼女を見ていたのは、ロビンの元婚約者だからです」
これ以上勘違いされては困るので、僕はすかさずリズに耳打ちした。
というか、リズも彼女の名前は知っているはずですよね?
「……本当に、それだけなのですか?」
「本当です! それ以外に、思うところは何もありません!」
底冷えするような、リズの声。
僕は思わず、背筋をピン、と伸ばす。
「ならいいですが……あまり、他の令嬢方をご覧になられるのは、おやめくださいね?」
「も、もちろん!」
怪訝そうに見つめるリズに、僕は何度も頷いた。
疑われるのは嫌だけど、こうやって嫉妬してくれることはたまらなく嬉しい。
そうこうしているうちに、いよいよ僕の自己紹介の番がやってくる。
「ルディ様、頑張ってください」
「あはは……」
フンス! と意気込むリズを見て、僕は苦笑いを浮かべながら立ち上がると。
「バルディック帝国第四皇子、ルドルフ=フェルスト=バルディックです。どうぞよろしくお願いします」
「「「「「…………………………」」」」」
自分の身分と名前を名乗る程度に留め、僕はすぐに席に座った。
それでも、クラスの注目を集めるには十分だったようで、クラスのほぼ全員が今も僕を見ている。
困ったような表情を浮かべる者、苦虫を噛み潰したような顔の者、そして……射殺すような視線を向ける者。
それだけで、子息令嬢達の実家がどの派閥に属しているのかが、よく分かる。
そんな中。
「……(ニコリ)」
ただ一人、僕に微笑みかける者がいた。
それは……あのシーラだった。
「ふふ……私だけの婚約者に色目を使うなんて、いい度胸ですね」
お願いだからリズ、ちょっと落ち着いてくれませんかね。
思うところはあるかもだけど、さすがに婚約解消の原因となった僕に対し、リズが心配するようなことはないと思いますよ?
なんてことを言いたいけど、それはそれで僕がシーラを庇うみたいな形になってしまうので、やめておこう。
それこそ、リズが嫉妬で狂ってしまうよ。ちょっとそんな彼女も見てみたいけど。
「ほ、ほら、次はリズの番ですよ」
「はい」
リズは立ち上がり、教室を見回……すことなく、ただ一点だけを睨んだ。
「ファールクランツ侯爵家の長女で、ルドルフ殿下の婚約者のリズベットと申します。どうぞお忘れなきよう、お願いしますね」
そう告げると、リズはクスリ、と嗤う。
彼女の表情は、無関係であるはずの子息令嬢達の表情を凍りつかせた。
リズを知らない者からすれば、恐怖に違いない。
なのに。
「ええー……」
慄く周囲をよそに、氷の視線を一身に浴びているシーラだけが、にこやかな表情を浮かべているんだけど。
こ、これは彼女、かなりの猛者なのでは……。
「……本当に、いい度胸ですね」
「リ、リズ、落ち着いてください」
「ご安心ください、ルディ様。私はとても落ち着いておりますよ? 戦いを前に心を乱すなど、ファールクランツの者としてあってはならないことですから」
駄目だ、完全に臨戦態勢じゃないか。
僕は何とかリズをなだめている間に、全員の自己紹介が終わった。
きょ、今日はこれで終わりのはずだから、さっさとこの教室から退散しよう。
そうじゃないと、リズがシーラに何をしでかすか……って!?
「ルドルフ殿下、リズベット様、お初にお目にかかります。シーラと申します」
わざわざ僕達の席に来て、優雅にカーテシーをするシーラ。
どうして自分から、猛獣の檻に飛び込んでくるかな!?
だ、だけど、シーラが名乗った以上、僕達も無視するわけにはいかない。
「こ、こちらこそ。ルドルフです」
「……リズベットと申しますが、ご用件は?」
おおう……リズが全力で威嚇している。
一歩間違ったら、今にもシーラに飛び掛かりそうだ。
「えへへ。実は一度、お二人とお話をしたかったのです。それで、よろしければこれからお茶でもいかがですか? 学園内に、素敵なテラスがあるそうですよ?」
屈託のない笑顔を見せながら、シーラが僕達をお茶に誘ってきた。
「そ、そのう……シーラ嬢もだと思いますが、僕達はこれから暮らす学生寮の荷ほどきなどが……」
「わああああ! 私の名前、憶えてくださったんですね!」
体よく断ろうとしたのに、シーラは僕が彼女の名前を憶えていたことに感動している。
うわあ……これ、まだ十五歳になりたての男子なら、間違いなく勘違いしてしまうと思う。
「シーラさん、聞こえていらっしゃらないのですか? ルディ様はお忙しいのです。残念ですが、あなたにお付き合いする時間はないんです」
僕の腕をぐい、と引き、リズが僕の代わりに答えた。
「そうですか……では、せっかくですから夕食をご一緒するのはいかがでしょうか!」
落ち込んだ様子を見せたのも束の間、シーラは妙案とばかりに、手を叩いてそんなことを提案してきた。
だけど……。
「何度も申し上げますが……」
「分かりました。では、今夜七時に、学生寮の食堂で待ち合わせをすることにいたしましょう」
「ルディ様!?」
僕はリズの言葉を遮り、勝手に夕食の約束をした。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!




