第二皇子との接触
僕は、咲き誇るような笑顔を見せるリズの手を取り、行列によって立ち往生している馬車の横を悠々と歩いた……んだけど。
「…………………………」
……馬車の中から忌々しげに睨む、ヴィルヘルムと目が合ってしまった。
そういえば、マーヤからの情報によれば、スヴァリエ公爵家の長男のパトリックが突然の病で亡くなり、ヴィルヘルムが正式に後継者になったらしい。
ひょっとしたら、『ヴィルヘルム戦記』でこの男が長男とされたのも、そういった事実は重要ではないとして、省略されたのかもしれないな。どうでもいいけど。
「……せっかくのルディ様とのお散歩が、あの男によって台無しになってしまいました」
リズも負けじとヴィルヘルムを睨み返しつつ、辛辣な言葉を呟く。
なので。
「あ……」
「リズ、あなたが見るべきはヴィルヘルムではなく、この僕です。なので、学園に着くまで僕だけを見てください」
はっきり言って、リズの視界にアイツが入っていることすら気に入らないので、僕はリズの視線を遮るように前に立ち、微笑みながら告げた。
よくよく考えると、僕もリズに負けず劣らず独占欲が強いんだろうなあ。
まあ、『ヴィルヘルム戦記』では僕達の思い出を偽って、二人が結ばれてしまったから、余計にあの男が許せないというのもあるんだけど。
「そうでしたね。せっかくルディ様と一緒に歩いているというのに、あのような羽虫を気にするなど、時間の無駄です」
リズは頬を緩め、僕だけを見る。
どうだヴィルヘルム。リズは僕だけが好きなんだから、オマエが入ってくる余地はどこにもないんだぞ。
だから、いい加減僕達に関わるのはやめるんだな。
「さあ、まいりましょう」
「はい!」
ヴィルヘルムの視線を背中に感じつつも、僕達はそれを無視して先に進み、帝立学園の門をくぐった。
◇
「あーあ、殿下とリズベット様のために骨身を削ってお仕えしている部下を、こんなにもないがしろにするとは思いませんでした」
僕達から遅れて帝立学園に到着するなり、マーヤはこれでもかと盛大に嫌味を言ってくる。
これくらいは予想の範疇ではあるけれど。
とはいえ、これはこれで非常に面倒くさい。
僕達だって婚約者同士、二人きりになりたい時だって多々あるんだから、それくらいは大目に見てほしいなあ。
「大体マーヤだって、私達が仲睦まじくしていると、何かにつけて文句を言ってくるじゃない。でしたら、たまにはこうやって別行動してもいいと思うのだけど?」
リズ、よく言ってくれた。
僕も君と同じ思いだよ。
「それとこれとは話が別です。今日はお二人の記念すべき入学の日。最もお傍でお仕えする私がいなくて、どうするのですか」
「そ、それはまあ……」
マーヤのくせに、理詰めで責めてくる。
おかげで僕もリズも、思わず口ごもってしまった。
「そうですよね! なら、もうこのようなことはなさらないように。それに……ここは天蝎宮ではないのですよ」
「「っ!?」」
普段とは違う、諜報員としての顔を見せたマーヤに、僕達は息を呑む。
確かに彼女の言うとおり、僕は少し浮かれてしまっていたようだ。
皇宮の外に出た以上、これまで以上に警戒をしなければいけなかったのに。
特に、帝立学園には同じく入学するヴィルヘルムのほか、一学年上にはロビンが、最高学年にはオスカルがいる。
それを考えれば、取るべき行動は自ずと決まっていた。
「……お分かりいただけたようで何よりです。いずれにしましても、授業中以外は常に私やアンネと行動を共にするように心がけてください」
「「はい……」」
僕とリズベットは、肩を落としながら素直に頷いた。
「では、入学式の会場へまいりましょう。お任せください、本日執務のために出席できないお館様に代わりまして、このマーヤ=ブラントがバッチリお二人の凛々しいお姿をこの目に焼きつけておきます」
「わ、私もマーヤ先輩と同じく、殿下とリズベット様のお姿を心に刻みつけます……っ」
少しふざけるマーヤとは対照的に、思いつめた表情でそう告げるアンネ。
そんな彼女に、僕は妙なプレッシャーを感じてしまった。いや、重いよ。
「ま、まあいいや……リズ」
「は、はい」
気を取り直し、リズの手を取って入学式の会場となる講堂へと向かう。
その途中。
「入学おめでとう、ルドルフ」
「……オスカル兄上」
僕達の前に現れたのは、爽やかな笑顔を見せる第二皇子のオスカルだった。
同じ学園の生徒なのだから、こうして遭遇することは想定していたものの、初日から僕を待ち構えているって面倒だなあ……。
「どうかなさいましたか? 僕達は入学式がありますので、急いでいるのですが」
「それを言うなら、この僕も同じだ。一応、これでも帝立学園の最高学年で、最も身分が高いからね」
「ああ……そういうことですか」
帝立学園では、入学式で新入生への歓迎の挨拶を最高学年の生徒が行うことになっている。
フレドリクが先月をもって卒業した以上、身分も学年も最も高いのは必然的にオスカルになるからね。
「でしたら、それこそ僕達に構っている暇などないのでは? 学園の教師達や従者も、兄上をお探しだと思うのですが」
「まあまあ、そう邪険にしなくてもいいじゃないか。せっかく弟が入学したのだし」
……突然、何を言っているんだ?
これまでずっと、僕のことを弟と認めていなかったくせに。
「それはそれで問題になりますよ。特に、ロビン兄上はオスカル兄上と一緒にいることを絶対に許さないと思いますから」
そうとも。惚れているリズはともかく、最も憎い僕のことは、すぐにでも殺してやりたいと思っているだろうし。
「それについても心配いらないさ。だって」
オスカルは、僕とリズを交互に見やった後。
「アイツは、すぐに壊れるだろうから」
口の端を、三日月のように吊り上げた。
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