第二皇子オスカル
「アリシア妃殿下も、相当参っておられましたね……」
天蝎宮へと戻る途中、リズベットがポツリ、と呟いた。
これまで色々しでかしても見捨てずに可愛がってきたのに、あの馬鹿息子は手のひらを返してこんな裏切りを働いたんだからねえ……親の心子知らずとは、よく言ったものだよ。
「いずれにせよ、これからロビンがどのような行動に出るか、注意しておく必要があります。さすがにアリシア妃殿下の管理下に置かれている皇宮で、あの男も下手な真似はできないとは思いますが……」
「そうですね。もっとも、実力行使にくるのであれば、私もやりやすいのですが」
そう言って、リズベットは凛々しい表情を見せる。
いや、君が誰よりも強いことは理解しているけど、物理に訴えるようなことはやめようね?
「ですが……せっかく昨日は、あなたに告白して受け入れてくださって、最高の夜になるはずだったのに……」
昨日のこと、今日のこと、これからのことを考え、僕はがっくりと肩を落とした。
普通さあ、こういう時って少しは遠慮するものなんじゃないかな? リズベットの誕生パーティーの時もそうだったけど、必ずといっていいほど邪魔が入るんだよなあ……。
「ルドルフ殿下のおっしゃるとおりです。これは、到底許せるものではありません」
あああ……逆効果だった。
リズベット、ますます険しい表情になっちゃうし。
もしここでロビンの奴が現れたら、それこそ八つ裂きにしてしまうんじゃないだろうか……って。
「ハハハハハ! どんな気分だ? この、“穢れた豚”が!」
ああもう、どうしてお約束とばかりに現れるかな。ロビンの馬鹿は。
ひょっとして僕、呪われてる?
「母上から聞いただろう? 俺が、オスカル兄上についたことを!」
「ハア……ええ、聞きましたよ。アリシア妃殿下も、大層嘆いておられました」
「そうだろう! 母上も、このような豚と手を結んだりするから、こうなることを分かっていただけただろうし、もう貴様と手を結ぼうなんて馬鹿な考えを持ったりはしないはずだ!」
駄目だ。この男、まるで分かっちゃいない。
これまで、どれだけ助けてもらっていたのかを。
「……いい加減にしろ」
「は?」
「いい加減にしろって言ったんだ! 今まで散々お世話になっておいて、尻拭いまでさせて! オマエのせいで、アリシア妃殿下がどれだけ大変な目に遭っているのか……いや、どれだけ傷ついたのか、分かっているのか!」
ロビンの暴言の数々に堪えきれなくなり、僕は口汚く叫んだ。
だってそうだろう? コイツは、僕がずっと望み続けても手に入れられなかったものを持っていたのに、信念も何もない、ただの私利私欲で手放したんだから。
「いいか! オマエは、ここまで育ててくれた……愛情を注いでくれた、アリシア妃殿下を裏切ったんだ! それだけじゃない! オマエの婚約者であるシーラ嬢も、その父親のアンデション辺境伯も、オマエに関わる全ての者を裏切ったんだぞ!」
「う、うう……」
まさか今まで蔑んできた僕が、こんな態度を見せるなんて予想していなかったのだろう。
ロビンは困惑し、思わずたじろぐ。
「そ、それは、貴様が俺のリズベットをたぶらかしたからだろう! 全部貴様のせいだ! 貴様がサッサと、リズベットから手を引けばよかったんだ!」
言うに事欠いて、ロビンは僕に責任転嫁し、リズベットまでも巻き込んできた。
そんな馬鹿で愚かで、救いようのないこの男の姿に、僕は逆に心が急速に冷えていく。
「……ロビン、オマエに言っておく。僕のリズベットに手出ししたら、ただじゃおかない。覚悟しておくんだな」
「っ! それはこっちの台詞だ! 今すぐリズベットを解放しなかったこと、後悔するんだな!」
ロビンはそれだけ最後に言い放つと、足早にここから立ち去っていった。
だが。
「……オスカル兄上」
通路の先でロビンを待ち構え、まるで慰めるように肩を叩くオスカル。
ロビンも何やら必死に訴えているが、どこか心を許しているかのように、時折笑顔さえ見せている。
その時。
――ニコリ。
オスカルが、僕達を見て微笑んだ。
「へえ……ロビンを上手く取り込んだだけでなく、僕達にまで秋波を送ってくるつもりなのかな」
「そのようですね。ですが……私には、オスカル殿下の微笑みのほうが、不気味でなりません」
「僕もそう思います。それに、ロビンに向ける表情は、兄として慰めているようにも見えますが、あの瞳には思いやりのようなものは欠片も感じません」
四人の兄弟の中で、唯一黒色の瞳をしているからそう感じるのか。
だけど、僕にはあの瞳に、どこまでも深い闇が潜んでいるように思えた。
「……行きましょう」
「はい」
僕とリズベットは踵を返し、部屋へと戻った。
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