ロビンの寝返り
「……結局、あの男は一体何だったのでしょうか……」
「さあ……」
僕とリズベットは顔を見合わせ、首を傾げた。
いつもどおり迷惑であることには変わりないんだけど、去り際は珍しく思い詰めた表情をしていたし。
「いずれにしましても、私と殿下の大切な思い出の場所であるこの庭園を、あのような男に汚してほしくはありません」
「同感です」
冷たく言い放つリズベットに、僕はクスリ、と微笑んで頷く。
でも、彼女はますます不機嫌な顔をした。
「あ、ああ、違いますよ? 僕は、君のそんな表情も可愛いと思って、つい笑ってしまっただけですから」
勘違いされても困るので、僕は慌てて理由を説明すると。
「むう……私は怒っているんですよ? なのに、これではどうしても頬が緩んでしまうじゃないですか……」
僕の服をつまみながら、リズベットが上目遣いで睨む。
でも、その口元はゆるっゆるだ。可愛い。
「それより、早く部屋に帰りましょう。マーヤも首を長くして待っていることでしょうから」
「ふふ、そうですね」
リズベットの手を取り、僕達は部屋へと戻った。
でも……僕達は、ロビンのあの呟きにもっと注意を払うべきだったと、少し後悔している。
何故なら。
「ハア……」
「「…………………………」」
次の日の朝、アリシア皇妃に呼ばれてやって来た、巨蟹宮の応接室。
アリシア皇妃は、額を手で押さえながら深い溜息を吐くが、数える限りこれで十七回目だ。
一体何があったのかって?
ロビンの奴が、とんでもないことをやらかしたんだよ。
「……まさか、ロビン兄上がオスカル兄上側につくなんて」
「言わないでちょうだい……」
僕の言葉に、アリシア皇妃が頭を抱えた。いや、そりゃ抱えたくもなるよね。
自分の息子が、敵陣営に寝返ったんだから。
確かに僕も、フレドリクと手を結ぶことによってロビンとフレドリク……ひいてはアリシア殿下と仲違いすることは予想していたし、むしろそうなるように仕向けたところもあった。
でも、だからって普通、敵であるオスカルにつく?
「実は……」
とりあえず、僕は昨夜の出来事について、アリシア皇妃に説明する。
おそらく、あれがオスカルへの寝返りを決めた最大の要因だと思うから。
「情けない……そもそもあの子には、“シーラ”がいるというのに……」
アリシア皇妃の言うシーラというのは、ロビンの婚約者であるアンデション辺境伯家の令嬢だ。
この婚約者の実家であるアンデション家は、隣国ノルディア王国への備えとして西の国境を代々守ってきた由緒ある貴族家だ。
なので、当然ながら軍事力もある……と思いきや、実はアンデション家は、豊富な資金力と外交能力で国境を維持してきた。
そのおかげで、現在はバルディック帝国とノルディア王国は友好関係にあり、交易も盛ん。全ては、アンデション家の恩恵によるものなのだ。
要するに、アンデション家も帝国になくてはならない貴族家の一つなんだけど、その令嬢が次期皇帝の芽もない、しがない第三皇子のロビンと婚約するなんて、普通ならあり得ない。
それに、ロビンも僕ほどではないにせよ、貴族達からの評判もよろしくない。
それでもシーラ嬢と婚約できたのは、ひとえに目の前のアリシア皇妃の働きかけによるものだろう。
なのに、そんな婚約者そっちのけでリズベットに懸想し、挙句にはフレドリクを裏切って皇位継承争いの敵であるオスカルに与する始末。
おかげで僕も、空いた口が塞がらないよ……。
「それで……どうなさるのですか? フレドリク兄上にとっても、かなりの痛手になるのでは……」
とはいえ、あんなに節操もなく失礼千万のロビンなので、今まで支援してきた貴族達はすぐに離脱しそうな予感がしないでもないけど。
それに、ロビン派閥の貴族もアリシア皇妃が用意したんだろうし。
「まずは、アンデション卿に謝罪するところから始めることにするわ。最悪、ロビンとの婚約解消についても話し合わないと……」
「お、お疲れ様です……」
僕には、そんな言葉をかけるのが精一杯だった。
「あなた達にも迷惑をかけて、申し訳なかったわね……私の名にかけて、決してロビンを近づかせないと約束したばかりなのに……」
「アリシア妃殿下、お気になさらないでください。ただ、今後ロビン殿下にお会いした際は、少々やり過ぎてしまうかもしれませんが」
それを聞いたアリシア皇妃は、ますます頭を抱える。
でも、ロビンが完全にアリシア皇妃の手を離れてしまった以上、アイツはもう好き勝手に暴れるに違いない。
そうなると僕達が迷惑を被るんだから、アリシア皇妃に遠慮なんかしていられない。
なら、そうなる前に先手を打ってロビンを排除することも考えないと。
「いずれにしても、僕達は引き続きフレドリク兄上を支持します。なので、こちらのことはお気になさらず」
「ありがとう……」
うなだれるアリシア皇妃を見やり、僕とリズベットは応接室を後にした。
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