アリシア皇妃から言質をいただきました
『つまり、君達と友誼を結んでも、得るものはないということは理解した』
その一言を残し、フレドリクは表情も変えずにその場から立ち去ってしまったんだ。
どうしてこんなに詳しく知っているかって?
この時の僕は、大勢に囲まれて美味しそうなお菓子を食べているフレドリクが羨ましくて、庭園の物陰から恨めしそうに眺めていたんだよ。
いや、あの光景を見た時には、フレドリクに対してよからぬ感情を抱いていたけど、あれは殺意に近かったかも。
だって、僕がどれだけ望んでも手に入らないものが手に入るのに、フレドリクは全部拒否したんだから。
「そういえば、あなた達がこうして面と向かって顔を合わせて話をするのは、今回が初めてよね」
「はい」
「……はい」
抑揚のない声で返事をするフレドリクに対し、僕は少し躊躇してから返事をした。
僕自身はあの日以降、難癖をつけては暴力を振るうロビンを除けば、あとは精々使用人達の事務的な会話しかない。
でも……この目の前の男は、はっきりと認識しているんだ。
これまでの僕なんかとは、会話を交わすに値しなかった、と。
そのことを、躊躇いもなく返事をした姿を見て理解したよ。
「ルドルフ殿下。フレドリクにはあなたからのお願いについては、先に説明をしてあるわ。それで、お願いの見返りとして、フレドリクに力を貸してくれるのよね?」
「はい、おっしゃるとおりです」
「このことは、父も了承済みです」
僕の答えに続き、リズベットが念押しをしてくれた。
「ウフフ、ならよかったわ。後で話が違うなんてことになったら、困るものね」
僕達の返事を聞いて安心したのか、アリシア皇妃の表情に笑みが零れる。
……アリシア皇妃としては、実の息子であるフレドリクが可愛いだろうからね。何としても、次の皇帝にしたいだろう。
なら。
「アリシア妃殿下、フレドリク兄上と僕が手を結ぶのはいいのですが、ロビン兄上はいかがなさるのですか?」
僕は、かねてから気になっていたことを尋ねた。
あのロビンによる夜這い事件で、アリシア皇妃は迅速に動き、元々フレドリクと手を結ぼうと考えていた僕とは、結果的に良い方向に進んだ。
だけど個人的には、あそこまで醜態を晒したロビンを見捨てたほうが、フレドリクのためにもよかったのではないかと思ったりもする。
そうすれば、僕ともっと有利に交渉もできただろうから。
「……ルドルフ殿下も気づいているとは思うけど、あの子は皇帝の器ではないわ」
アリシア皇妃は、床に視線を落としてそう話した。
その言葉には完全同意だけど、だったらなおさら、ロビンは切り捨てるべきだっただろうに。
「だから私は、あの子が皇帝になれなかったとしても、平穏に暮らせるようにと考えているの。そのために、フレドリクとは別に派閥をつけ、いざという時に兄をサポートさせることで、フレドリクが皇帝になったあかつきには、安定した地位に就けるつもりでいるのよ」
要は、ロビンがどれだけ最低でろくでもない男だったとしても、アリシア皇妃にとっては可愛い子供でしかないということか。
アリシア皇妃という女性はもっと現実的で、たとえ肉親であっても切り捨てることができる人物なんだと思っていたんだけどなあ……僕も、まだまだ人を見る目がない。
「……アリシア妃殿下。お言葉ですが、今のお話を私は到底許容できません」
「リズベット……?」
隣に座るリズベットが、眉根を寄せてアリシア皇妃を見据える。
「私の夫となるルドルフ殿下は、幼い頃からロビン殿下の手によって誹謗中傷だけでなく、従者による暴力を受け続けていたんです。なのに、自分のしたことに責任も取らないで平穏に暮らすなんて、私は絶対に認めない」
「…………………………」
リズベットの真っ直ぐな視線を、言葉を、思いを、アリシア皇妃は受け止めることができずにただ目を伏せた。
ロビンのこれまでの所業を、アリシア皇妃もよく知っているから。
そして……彼女自身が、それを放置してきたことも。
でも。
「アリシア妃殿下……少なくとも、僕は申し上げたとおり、フレドリク兄上と手を結びたいという思いに変わりはありません。なので、引き続きどうぞよろしくお願いします」
僕は、アリシア皇妃に向かって深々と頭を下げた。
もちろん僕だって、今までロビンから受けてきた暴力などの数々を、受け入れるなんてしたくはないし、するつもりもない。
そんなことをしたら、せっかくリズベットが僕のためにアリシア皇妃に言ってくれたことを……彼女の想いを、蔑ろにしてしまうから。
でも、だからってフレドリクと手を結ぶのは、僕がリズベットを幸せにするためにはどうしても必要だ。
だったら僕は、迷うことなくアリシア皇妃とフレドリクとの関係構築を図るよ。
「……あなた達には、絶対にロビンを近づけさせるようなことはさせない。このことは、バルディック帝国第一皇妃、アリシア=フェルスト=バルディックの名にかけて誓うわ」
「……今は、そのお言葉を信じることにします」
フレドリクと手を結ぶことの重要性は、聡いリズベットはもちろん理解している。
だから、アリシア皇妃が自分の名をかけて提示した約束を、不本意ながらもリズベットは受け入れてくれた。
「ふむ……母上、これでルドルフとの話は終わりですか?」
「え? え、ええ……」
「なら、私は支援者との今後の打ち合わせがあるので、これで失礼します」
あまりに突然で空気を読まないフレドリクの台詞と行動に、アリシア皇妃も呆けてしまう。
そんな自分の母親に一瞥もくれず、フレドリクはサロンから退席してしまった。
徹底した合理主義者とはいえ、さすがにこれはないんじゃないかなあ……。
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