第一皇子フレドリク
「……ベアトリス、よくもまあ皇室に泥を塗るような真似をしてくれたわね」
「っ!?」
騒ぎに駆けつけたアリシア皇妃が、ベアトリスの背後から険しい表情で告げた。
「陛下が公務で僅かでも席を外せば、いつも問題ばかり。本当に、あなたという人はどうしようもないわね」
「…………………………」
いくら皇帝の寵愛を受けているといっても、皇宮を取り仕切っているのは第一皇妃であるアリシア皇妃。
さすがに分が悪いことを理解しているベアトリスは、唇を噛んでうつむく。
「皆さん、お騒がせしました。引き続き、盛大に新年を祝いましょう」
アリシア皇妃の言葉で、こちらの様子を窺っていた貴族達は落ち着きを取り戻し、それぞれ談笑やダンスに興じた。
といっても、あえて普段どおりを装ったと言ったほうが正しいだろうけど。
「ベアトリス。これ以上粗相をしないよう、自分の双子宮に戻りなさい」
「……失礼いたしますわ」
ベアトリスは僕とリズベットを一瞥し、会場から出て行く。
けど、扉の向こうから金切り声が聞こえたから、おそらくは使用人や衛兵達で鬱憤を晴らしているんだろう。使用人達からすれば、いい迷惑だ。
「ルドルフ殿下! 額にお怪我が……」
「心配いりません。それより……アリシア妃殿下、この度はご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
ベアトリスが投げつけたグラスで額を切った僕の手当てをしようとするリズベットを制止し、まずはアリシア皇妃に謝罪した。
もちろん、これはあくまでも僕とリズベットの分。たとえ実の息子であろうと、ベアトリスの行為まで謝るつもりなんてない。
あんな奴のために、謝ってたまるか。
「私はいいですから、早くリズベットに手当てをしてもらいなさい。分かったわね」
「は、はい。では、手当てが済みしだい、改めてお伺いします」
「ええ」
僕はアリシア皇妃に心配そうに見つめられる中、リズベットと会場から出て医務室へと向かう。
ただ、思ったよりグラスで切った傷が深かったようで、傷口を押さえるハンカチが血で滲み、雫が僕の手を伝った。
「……ルドルフ殿下、庇ってくださるのは嬉しいですが、どうかお気をつけくださいませ」
「すみません……」
彼女が本当に心配してくれていることが分かるからこそ、僕はただ平謝りするしかない。
でも、また同じような状況になれば、その時も当然リズベットを守るけど。
「もう……私の話を聞く気がないことくらい、分かりますよ……?」
「あ、あはは……」
口を尖らせるリズベットに、僕は苦笑するしかなかった。
◇
「申し訳ありません。大変お待たせいたしました」
手早く治療を済ませ、僕達は会場に戻ってきてアリシア皇妃に頭を下げた。
「構わないわ。それより……その額を、よく見せなさいな」
「あ……」
やはり心配そうな表情で僕の額を確認する皇妃の姿に、僕はどうしても困惑してしまう。
今まで僕は、この人のことをよく知らない……というより、ロビンの夜這い事件まで会話どころか目すら合わせたことがない。
もちろん、アリシア皇妃がベアトリスに憎悪していることも知っているし、僕のことをよく思っていないことも理解していた……はずなんだ。
なのに……。
「ふう……ちゃんと手当てはしてあるわね」
「は、はい」
「とはいえ、この後傷口が腫れたり頭痛があるかもしれないから、手短にしましょう。どうぞ、こちらへ」
僕とリズベットはアリシア皇妃の後に続いて、会場の隣にあるサロンの一室に入った。
リズベットがいても何も言わないところをみると、同席することを認めてくれたんだろう。
まあ、僕……いや、ファールクランツ侯爵の力を借りたいのだから、その一人娘であるリズベットを抜きにして話を進めてしまうことで、変に関係がこじれることを危惧してのことだろうな。
そして。
「フレドリク兄上……」
「…………………………」
既に中にいた第一皇子のフレドリクが、椅子に座ったまま僕を見やる。
その琥珀色の瞳は、リズベットとはまた違った冷たさを湛えていた。
実際、フレドリクという男は徹底した合理主義者で、全てのことを自分にとって利するかどうかで考えるところがある。
それを証明する出来事として、僕がまだ七歳でフレドリクが十歳だった頃、アリシア皇妃主催のお茶会で母親について来た同年代の子息令嬢が庭園でお菓子を食べていた時のこと。
一人の子息が、フレドリクに対して『大きくなったら、僕をフレドリク殿下の従者にしてください』とお願いした。
それを皮切りに、他の子息達もフレドリクの従者になりたいと騒ぎ出し、令嬢達は口を揃えて妃になりたいなどとはしゃぐ。
多分、子息令嬢は予め両親からそう言うように指示されていたのだろう。そうでなければ、いくら子供とはいえ無礼だからね。
そこまでしてでも、第一皇子と繋がりを持つことを重要視していうことだ。
そして、それを知っているにもかかわらず何も言わないアリシア皇妃もまた、フレドリクの支持者となり得る貴族の選別を行っていたのかもしれない。
だけど。
『君達は私の従者になることで、何を与えてくれるのだ?』
その一言で、場が凍りついてしまった。
まさかストレートにそんなことを聞いてくるとは、誰も思いもよらなかったからだ。
『お、俺はフレドリク殿下をお守りいたします!』
『僕も、殿下の右腕としてお役に立ってみせます!』
『わ、私はフレドリク殿下を癒して差し上げます!』
子息令嬢達は口々にアピールするが、フレドリクはひとしきりそれを聞くと。
『つまり、君達と友誼を結んでも、得るものはないということは理解した』
その一言を残し、フレドリクは表情も変えずにその場から立ち去ってしまったんだ。
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