手合わせの約束
リズベットに告白すると誓ってから、およそ三か月。
今日も僕は、ファールクランツ侯爵の厳しい訓練を受ける。
「甘い! それではリズ……コホン、敵に勝てはしませんぞ!」
「くっ!」
侯爵が放つ凄まじい連撃を、僕は必死に避け、防御し、受け流す。
自分でも明らかに実感できるほど強くなったとはいえ、それでも侯爵には遠く及ばない。
もっと……もっと強くならないと……っ!
「やあっ!」
「むっ」
侯爵が不意に放った打ち下ろしの剣を躱し、僕はその大きな懐に肉薄した。
「させるかっ!」
返す刀で、膂力に任せて剣を振り上げるファールクランツ侯爵。
ここしかないと感じた僕は、咄嗟にその剣に飛び乗った。
「むうっ!?」
「ここだあああああああああああッッッ!」
侯爵の力を利用し、僕は彼を飛び越えて背後を取ると。
「……クク、私の負け、ですな」
なんと僕は、侯爵に勝ってしまった。
「これならば、以前私が申し上げたとおりの結果を手に入れることができるでしょう」
「あ……」
彼の表情や言葉などから察するに、侯爵はわざと負けてくれたみたいだ。
僕に、自信を与えるために。
「ありがとうございます! 閣下のお気遣いに応えられるよう、全力を尽くします!」
ファールクランツ侯爵に向け、深々とお辞儀をした。
ここまで気にかけてもらったんだ。僕は、絶対にリズベットに勝ってみせる。
「ルドルフ殿下! 素晴らしい立ち合いでした!」
「あのお館様に勝つなんて、すごいですよ!」
「あ、あははー……」
リズベットとマーヤが駆け寄ってきて、手放しで褒めてくれた。
だ、だけど、単に侯爵が手加減して勝ちを譲ってくれただけなので、何だかいたたまれないなあ……。
だけど。
「リズベット殿……一週間後の夜、この僕と手合わせをお願いできますでしょうか」
「っ!?」
そう告げた瞬間、リズベットが目を見開く。
そして。
「ふふ……かしこまりました。このリズベット=ファールクランツ、全力をもってルドルフ殿下とお相手いたします」
リズベットは強者の笑みを浮かべ、優雅にカーテシーをした。
さあ……これで準備は整った。
あとは、僕がリズベットに勝つだけ……。
「ちょ、ちょっとお待ちください! 一週間後といえば、皇室主催の新年祝賀パーティーですよ!?」
「「あ……!」」
そういえばそうだった。
僕も一応は第四皇子だし、さすがに欠席するわけにもいかない。
か、かといって今さら引っ込めるのもどうかと思うし、何より、僕のリズベットへの想いは皇室のパーティーごときでは何の障害にもならない。
だから。
「……悪いけどマーヤ、そんなパーティーよりもリズベットとの立ち合いを優先させてもらうよ」
「私も、ルドルフ殿下のお申し出をそのような理由で断るなど、それこそ武門の恥というものです」
「お二人とも本気ですか!?」
「「うん!(ええ!)」」
僕とリズベットは見つめ合い、互いに頷く。
彼女の表情は、いつも僕に向けてくれる慈愛に満ちたものではなく、一人の武人としての自信と威厳に満ちた笑みだった。
「ルドルフ殿下、一週間後を楽しみにしております」
「僕もです」
互いの健闘を称えるため、僕達は固い握手を交わす。
僕は……リズベットの凛とした姿に、見惚れていた。
「……クク、よもやこの私が背中を取られるとはな……」
そんな僕達を見つめながら、ファールクランツ侯爵が呟いていたことを、僕は知る由もなく。
◇
リズベットとの立ち合いに向け、僕はいつも以上に鍛錬を行う。
それこそ、寝食を忘れるほどに。
リズベットもリズベットで、僕の隣で流れるように槍を振るっていた。
ただし、想像していたような舞いのようなものではなく、ひたすら『突く』『打つ』『払う』の三つの動作を黙々と繰り返している。
愚直に、だけど、寸分違わない動きで。
それだけで、リズベットがいかに長い年月をかけて強さを手に入れたのかが分かる。
といっても、僕もファールクランツ侯爵から剣を教わっているからこそ、彼女のすごさに気づけたんだけど。
……僕は本当に、リズベットに勝てるだろうか。
「いや、そうじゃないだろ!」
僕は大きくかぶりを振り、両頬をパシン、と思いきり叩き、一心不乱に剣を振るう。
そうだ、今しなきゃいけないことは、リズベットのすごさを目の当たりにして弱気になることじゃない。
彼女に勝つために、全力を尽くすことだけだ……って。
「…………………………」
「リ、リズベット殿……?」
気づけば、リズベットが僕をジッと見つめていた。
こ、これはどういうことだろう……。
「ルドルフ殿下、素晴らしい剣捌きですね」
「そ、そうでしょうか……」
「はい。飾り気もなく、ただ愚直に繰り返す……ですが、一度放てば誰にも止めることができないその剣撃こそ、ファールクランツ家が誇る武、そのものです」
リズベットに褒められ……いや、違う。認められたことが、僕は何よりも嬉しい。
それだけ、この僕がリズベットに相応しい男に近づいたということだから。
「さて……もうこんな時間です。そろそろ休むことにいたしましょう。この季節、汗が冷たくなってしまったら風邪を引いてしまいます」
「はい」
僕はリズベットの手を取り、冷たい風が吹く訓練場を後にした。
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