ようやくロビンがいなくなりました
「ふう……」
ロビンをアリシア皇妃に差し出し、部屋へ戻ってきた僕は深い息を吐いた。
まさか皇妃が出張ってくるとは思わなかったけど、貸しも作れたし、結果的によかった……って。
「リ、リズベット殿……?」
「ルドルフ殿下は、無理をし過ぎです」
リズベットが、いきなり僕の頭を抱きしめる。
でも、『無理をし過ぎ』って、どういうことだろう……。
「あなた様には、私が……このリズベットがおります。あなた様は一人じゃない。一人じゃないんです……っ」
「あ……」
そうか……先程のアリシア皇妃とのやり取りを、彼女は気にして……。
彼女を知れば知るほど、“氷の令嬢”から程遠くなるね。
本当のリズベットは、こんなにも温かいのだから。
「あはは……大丈夫ですよ。僕は無理もしておりませんし、もちろん悲しんだりもしていません」
生憎、僕は前世の記憶を取り戻したことによって、人格も前世に引きずられている。
そのおかげ……といったらなんだけど、母……ベアトリスに対して、特別な感情を抱いたりはしていない。
もちろん、前世の記憶を取り戻す前の、ルドルフ=フェルスト=バルディックとしての記憶は全て持ち合わせているし、想いだって抱えている。
だけど……結局、僕にとって大切なものは、あの日の思い出だけだったってことだ。
そうじゃなきゃ……絶対にあり得ないものなんかに期待し続けていたら、待っているのは絶望しかないのだから。
おそらく『ヴィルヘルム戦記』のルドルフは、その絶望を味わったからこそ暴君になってしまったのだと思うから。
「君が言ってくださったように、僕には君がいます。リズベット殿がいるんです。君さえいれば、僕は悲しくなどありません」
そう言って、僕は精一杯の笑顔をみせた。
リズベットに、『心配いらないよ』って知ってもらうために。
「本当に……あなた様は……っ」
「ありがとう、ございます……」
僕は、僕の代わりに涙を零してくれるリズベットの背中を、泣き止むまで優しく撫で続けた。
◇
「……それは災難でしたな」
僕の全力の剣撃を受け止めながら、ファールクランツ侯爵は涼しい表情で呟いた。
いや、僕だって半年やそこらで侯爵に一矢報いることができるなんて思っちゃいないけど、ここまで圧倒的実力差があると、何気に凹むんだけど。
「っ! はい! ですが、アリシア妃殿下は僕の願いを聞き届け、早速ロビン兄上を学園寮に送り出したそうです……っ」
侯爵の鋭い袈裟斬りをバックステップで躱すと、僕は体勢を整える。
でも、今までなら僕もただ打たれるだけの案山子だったと思うから、成長は実感しているんだけどね……っと!
とにかく、今朝のことなのに、昼食前にはわめき散らすロビンを、まるで物でも扱うかのように強引に馬車に放り込んで皇宮から追い出す様は、さすがに僕も驚いたよ。
だけど、これでアイツがリズベットの周囲をうろつくこともなくなるし、ようやく彼女がこの皇宮で平和に過ごせるようになるから嬉しい。
「ふむ……私としては、少々甘いと思いますがな」
「っ!? あ、あはは……」
いつもより強めに打ち込まれ、僕は乾いた笑みが零れる。
どうやら侯爵は、僕の対応に納得していないようだ。
「では、今日のところはここまでといたしましょう」
「え? もう終わりですか?」
訓練がいつもより一時間以上も早く終わり、僕はついそんなことを言ってしまった。
いや、もちろん嬉しいんだけど。
「そうですな。訓練の残りはリズベットに頼んでおくので、まずは今後について話をするのが先かと」
「は、はい……」
侯爵の言う『今後』というのは、おそらく僕の立ち回り方についてだろう。
何せ僕は侯爵に確認もしないで、勝手にアリシア皇妃と交渉してしまったのだから。
うう……侯爵、絶対に怒っているよなあ……。
「ふふ、お疲れ様でした。後で、一緒に訓練いたしましょうね」
「リズベット……ありがとうございます」
リズベットにハンカチで汗を拭ってもらい、僕は感謝の言葉を告げる。
こんなことをしてもらえるのも、婚約者の特権……ってわけじゃないか。
彼女は、僕だからしてくれるんだし。
「……早く行きますぞ」
「は、はい!」
「もう……」
ギロリ、と睨みながら促す侯爵と、そんな彼に口を尖らせるリズベット。
間に挟まれる僕は、毎度のことながらいたたまれないんですけど。
義父上の機嫌を損ねるわけにもいかないので、僕はリズベットの手を取って慌てて侯爵の後に続いた。
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