第三皇子の夜這い
「リズベット……どうして俺のことを受け入れてくれないんだ……」
……素振りをしに訓練場へ向かう途中で、よりによって思い詰めるロビンに出くわしてしまったんだけど。
というかコイツ、こんな時間になんで天蝎宮にいるんだよ。自分の宮殿に帰れ。
とりあえず、気づかれるとそれはそれで面倒なので、僕は来た道を迂回しようとすると。
「あれ? ルドルフ殿下、今日の素振りはもう終わりですか?」
「っ!?」
あああああ! なんでこのタイミングでマーヤが現れるんだよ!
しかも、そんな大きな声を出したら、ロビンに気づかれる……って。
「フ、フン! “穢れた豚”が、こんな時間にうろついているとは余裕だな!」
その台詞、そっくりそのままお前に返したいんだけど。
だけど、マーヤはロビンを見て驚いた様子もないので、さっき声をかけたのはわざとだな? 本当に、僕の専属侍女は最悪だよ。
「ハア……まあ……」
僕は溜息を吐きつつ、気の抜けた返事をしてその場をやり過ごそうとするが、しっかりと腕を握られてしまった。
どうやらコイツ、僕を逃してはくれないらしい。
「……ロビン兄上、この手を放してはくださいませんか? 僕はこれから、訓練場に行かなければなりませんので」
「ほう……? 婚約者であるリズベットを置いて、か?」
ロビンは、まるで小馬鹿にするような笑みを浮かべ、僕を見る。
コイツがこんな表情をしているのはいつものことなんだけど、僕は少し違和感を覚えた。
何よりこの半年の間、ロビンは一度だって天蝎宮に姿を見せることはなかった。
それが、ここにきてどうして……。
「フン。まあ、豚が傍にいてもリズベットにとっては迷惑なだけだからな。ある意味殊勝な心掛けともいえる」
「……それはどうも」
もう会話することすら面倒になった僕は、明後日の方向を見ながら適当に相槌を打つ。
いい加減、僕を解放してほしいなあ……。
「ハハハ。今後も、リズベットに近づくのはやめるのだな」
「「…………………………」」
ようやく僕の腕を放し、何故かロビンは上機嫌でこの場を去って行った。
「……ねえ、マーヤ。僕はこれから、ロビンの奴の後をつけようと思うんだけど」
「奇遇ですね。私もそうしようと思っていました」
僕とマーヤは頷き合い、気づかれないようにロビンの後を追う。
そして。
「いくらロビンのことを兄とも思っていないとはいえ、これはあまりにも情けなさすぎる……」
恥ずかしげもなくリズベットの部屋……ではなく、使われていない部屋の扉の鍵を必死に開けようとしているロビンの姿に、僕は耐え切れなくなって両手で顔を覆った。
「さすがにこんなことはしないだろうと思いつつも、念のために偽の情報を流したことが、こんなにも効果を発揮するとは思いもよりませんでした」
ロビンを見つめるマーヤの表情も瞳も、まさに虚無と化している。
いや、まさか弟の婚約者の部屋に夜這いをかけるだなんて、誰が想像するだろうか。
しかもリズベットは十四歳で、まだ成人もしていないんだよ?
いくら何でもこれはないよ。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
「とりあえずは様子を見守って……って」
「……ロビン殿下がもし扉の鍵を開けることができた場合は、そのままあの部屋に閉じ込めてしまいましょう」
「「リズベット殿(様)!?」」
通路の陰からマーヤと相談していたところに、いつの間にか背後にいたリズベットが、そんな提案をしてきた。
というか、彼女のこんな凍てつくような表情を、僕は見たことがない。
「ふふ……早く鍵を開けてくださらないかしら。そうすれば、明日の朝はとても面白いものが見れますのに」
「ヒイイ」
クスクスと嗤うリズベットに、僕は思わず戦慄した。
たとえ彼女がすごく慈愛に満ちた女性だということを知っていても、『ヴィルヘルム戦記』のとおり僕を暗殺することも一つの事実。
そんな彼女の片鱗を垣間見て、さっきから震えが止まらないんだけど。
「あ、無事開けることができたみたいです」
「マーヤ、今すぐ扉の鍵を閉め、明日の朝まで開けられないようにしなさい」
「お任せください」
リズベットの指示を受けたマーヤは、喜び勇んで部屋の中へ突撃していったロビンを見届けると、すぐに扉を閉めて中から開けることができないように扉を固定してしまった。
――ドンドンドン!
「っ!? 誰か! ここを開けろ!」
あ、あははー……ロビンの奴、大声で叫びながら扉をたたきまくっているよ。
そんなことをしたら、逆に他の使用人が気づいて醜態を晒すのが早まるだけなのに。
「マーヤ。明日の朝まで、絶対に他の使用人達に開けさせてはなりませんよ?」
「もちろんです。こんな楽しい……コホン、こんな不祥事、見過ごすわけにはまいりません」
ニタア、と口の端を吊り上げるリズベットとマーヤ。
この恥ずかしい思いを何とかしたくて、僕は肩を落として訓練場へ向かい、一心不乱に素振りをした。
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