皇帝の心ない本音 ※ドグラス=ファールクランツ視点
■ドグラス=ファールクランツ視点
「ふう……」
愛娘リズベットの誕生パーティーから三日後の早朝。
通常の五倍の重さのある剣の素振りを一千回行い、私は深く息を吐いた。
幼い頃から三十五年もの間、一日も欠かさず行っており、これをしないことには一日が始まらない。
「うふふ、お疲れ様でした」
「テレサ……ありがとう」
妻のテレサから布を受け取り、私は汗を拭う。
これもまた、彼女と結婚してからずっと続いている日課の一つだ。
「……早くルドルフ殿下を鍛えたいものだ」
「まあまあ。あなたもすっかり殿下にご執心ですね」
私の呟きを拾い、テレサは楽しそうに笑った。
そう……私は原石であるルドルフ殿下を、輝く宝石に磨いて差し上げたいのだ。
パーティーを抜け出しての立ち合いで見せた、彼のその才能を。
「それにしても、リズベットは見る目がありますね。『ルドルフ殿下と婚約がしたい』と言った時には、どうしようかと思いましたが……」
「うむ、そうだな」
たとえ皇帝陛下からの打診とはいえ、その出自もさることながら、皇宮内でも悪評高いルドルフ殿下と愛娘の婚約。
何より、殿下は毒殺されそうになったのだ。つまり、リズベットも同じように命を狙われる危険がある。
だから私は、丁重にお断りしようと考えていた。
だが。
『お父様。ルドルフ殿下との婚約、是非ともお受けしたいです』
そう告げた時のリズベットの表情は、喜びと覚悟に満ちていた。
まるで、この時を待ち望んでいたかのように。
私もリズベットに説得を試みるが、聞き入れようとしない。
この頑固なところは誰に似たのかと思ったが、テレサに『あなたにそっくりですね』と言われた時には、それなりに落ち込んだものだ。
テレサの説得もあり、まずは会ってみてから考えるようにと伝えたが、殿下との面会を終えて帰ってくるなり、『私の運命の御方は、ルドルフ殿下をおいて他にはおりません』などと嬉しそうに言って、すっかり気に入ってしまった様子。
普段はあまり感情を示さないだけに、それほどまでに喜びを見せるリズベットに、父として寂しさを覚えてしまった。
皇宮に潜入していたマーヤからも、ルドルフ殿下を称賛する答えが返ってくる。
確かに毒から回復されてからのルドルフ殿下は、皇宮内に蔓延っていた不正を糺し、まるで別人であるかのような振る舞いを見せてはいたが、だからといってすぐに信用できるものではない。
それでも、私は愛娘可愛さに、リズベットの願いを聞き入れたのだ。
そして、ルドルフ殿下の人となりを見定めるために行った立ち合いで、私は彼のことを理解した。
リズベットと共にありたいという願いを。
リズベットを守りたいという覚悟を。
それは、彼に秘める才能よりも、さらに輝きを放っていた、
……いや、その心の強さもまた、ルドルフ殿下の才能なのだろうな。
そのことに気づき、ルドルフ殿下に想いを寄せるリズベットの慧眼には、我が娘ながら感服した。
「あなた、そろそろ……」
「む、もうそんな時間か」
テレサに促され、私は訓練場を後にして、支度を整える。
これから私は、皇帝陛下と謁見をするのだ。
ルドルフ殿下のことについて、あることを願い出るために。
◇
「皇帝陛下、この度は急なお願いにもかかわらず拝謁をお許しくださり、ありがとうございます」
謁見の間にて、私は皇帝陛下の前で傅く。
「堅苦しい挨拶はよい。それで、どうしたのだ?」
「はっ。実は、ルドルフ殿下と我が娘リズベットは共に十四歳。来年になれば、二人は帝立学園に入学することとなります。ついてはそれまでの間、より二人が良い関係を築けるように、我がファールクランツ家で殿下をお預かりしたく……」
マーヤからの報告を聞き、ルドルフ殿下は皇宮内において決して恵まれた状況にはいない。
ならば入学までの間、彼をファールクランツ家で保護すれば、理不尽な思いをしないで済む。
何より、一年もあればルドルフ殿下を徹底的に鍛えることができるからな。
彼の成長する姿を想像し、私は伏せたまま思わず顔を緩めそうになる。
「ふむ……ならん」
「っ!? ……それは、何故でしょうか?」
「決まっておる。ルドルフはまがりなりにもバルディック帝国の皇子。臣下の家に居候などさせるわけにはいかん。それに」
「……それに?」
「最愛の息子がいなくなっては、ベアトリスの奴が悲しむからな」
「……っ!」
皇帝陛下の言葉に、私はギリ、と歯噛みする。
我が息子を一切顧みず、陛下との享楽に溺れているような女狐が、そのようなことを思うはずがあるか!
だが、陛下がそのように認めてくださらないのであれば、私にも考えがある。
「承知しました。ならばその代案として、リズベットを殿下のお傍に置くことをお許しくだされ。加えて、娘の身の回りの世話をする者として、幾人かの者の皇宮への入場もお認めいただきたく」
「む……」
まさかこのように返されると思っていなかったのか、皇帝陛下が唸った。
私としてもリズベットを皇宮のような場所に送るのは断腸の思いだが、かといって息子となるルドルフ殿下を犠牲にすることもできない。
それに、私が言うのも何だが、リズベットは強い。
皇宮の中であっても、気後れすることはないだろう。
後は……この私が、ルドルフ殿下に稽古をつける意味でも、毎日通えばよいのだ。
「陛下」
「……仕方あるまい」
さすがにこれ以上は無下にできないと考えたのか、皇帝陛下も渋々了承した。
だが……やはり、テレサの言ったとおりになったな。
ここまで見越しているテレサは、最高の妻というよりほかはない。
「では、早速そのように手配いたします。それと話は変わりますが、実は先日、ルドルフ殿下と手合わせをする機会がございまして……」
「ほう……」
私の話に興味を持ったのか、皇帝陛下が身を乗り出す。
どうやら陛下の中には、少しはルドルフ殿下への愛情というものがあるのかもしれない。
「帝国最強と謳われるファールクランツ卿と手合わせとは、名誉ではあるがルドルフには無謀だったのではないか?」
「とんでもありません。ルドルフ殿下は剣術を習ったことがないのか、剣筋や体捌きは素人ではありました。ですが、正しい指導者さえいれば、いずれこの私ですら凌駕するほどの才をお持ちのようです」
皇帝陛下に対し、私はルドルフ殿下を手放しで褒めた。
この言葉に偽りはないが、実は気になっていることがある。
それなりに武をたしなんでいるものであれば気づくであろう殿下の才能を、皇宮の者達はどうして気づいていないのか、ということに、どうしても違和感を覚えるのだ。
すると。
「分かっておる」
「…………………………え?」
「ルドルフの才は、最初から分かっておると言ったのだ」
……どういうことだ?
ルドルフ殿下の才能をご存じであるならば、むしろそれを積極的に伸ばすべきであるし、そのほうが皇室にとっても有益なはず。
だが、それをあえてしないということは…………………………まさか。
「皇帝陛下、これにて失礼いたします」
私はこれ以上この場から一刻も早く立ち去りたくなり、会話を切り上げて恭しく一礼する。
「ハハハ……ファールクランツ卿。お主の娘の件は、一つ貸しだぞ?」
「…………………………」
皇帝陛下の言葉に振り返ることなく、私は足早に謁見の間を出た。
「クソッ!」
怒りのあまり、皇宮の壁を思いきり殴りつける。
少々陥没してしまったようだが、そんなもの知ったことか。
「これではルドルフ殿下は、わざと虐げられていたということではないか……っ!」
元々、彼の母親は身分も低い愛人ということもあり、皇宮内外でよく思われていないことは最初から分かっていた。
だが、何故実の父親であるはずの皇帝陛下までもが、ルドルフ殿下を蔑ろにしていたのだ!
あれほど才能に溢れたルドルフ殿下を無視し、周囲が蔑む環境を作って。
「……そういうことなら、こちらにも考えがある」
ならば、ルドルフ殿下に対してそのような真似をできぬよう、この私が変えてみせる。
これまでの彼に対する扱いを、後悔させてやる。
私は謁見の間の扉を見据え、そう呟いた。
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