また明日
「ルドルフ殿下……もう、お帰りになられるのですね……」
僕の手を取り、リズベットが寂しそうな表情を浮かべる。
リズベットの誕生パーティーは無事お開きとなり、既に招待客は帰っている。
ファールクランツ家の人達を除き、残るはこの僕だけだ。
もっと早く帰るつもりだったんだけど、リズベットや彼女の母君であるファールクランツ夫人に引き留められたのだ。
何より、僕がもっとリズベットの傍にいたかったから。
だけど、それは仕方ないというものだ。
僕は九年ぶりにあの時の女の子と再会でき、積もる話だってたくさんあったんだから。
本当は、もっともっと話し足りないんだけどね。
「リズベット殿、ありがとうございました。僕は今日という日を、一生忘れません」
「私もです。あの時の男の子であるあなた様が、私に気づいてくださったのですから」
「あ、あはは……僕も、君に教えていただいてようやく気づいたんですけどね……」
「ふふ、そうでした」
僕とリズベットは顔を見合わせ、クスリ、と微笑み合う。
こんな時間が、永遠に続けばいいのに……。
「さあ……名残惜しいですが、そろそろ帰ります」
「ルドルフ殿下、お気をつけて……」
馬車に乗り込み、窓から見つめる僕を、リズベットが手を振る。
僕もお返しに手を振ると。
「リズベット殿。明日も天蝎宮で、お待ちしています」
「! は、はい!」
馬車はゆっくりと動き出し、ファールクランツ邸の玄関から遠ざかる。
僕は、いつまでも手を振るリズベットの姿が見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていた。
◇
「ふう……ところで、いつまでそうしているつもりかなあ」
帰宅するなり、目の前で平伏すマーヤ。
僕はどうしたものかと、先程から困り果てていた。
「私はリズベット様の命により、ルドルフ殿下を監視しておりました。いくら謝罪しても、許されるものではありません」
マーヤは普段とは違う、抑揚のない声で淡々と告げる。
おそらくは、これがリズベットの侍女兼護衛としての、本来の姿なのだろう。
ハア……本当に、しょうがないなあ……。
「マーヤ」
「っ!? で、殿下!?」
平伏したままのマーヤの前で膝をつき、同じように平伏した。
「君が僕のことを監視してくれたおかげで……僕のたった一つの宝物に気づいてくれたおかげで、世界で一番大切な女性に再び巡り合うことができました。本当に、ありがとうございます」
「そ、そんな……殿下、どうかおやめください!」
「ううん、僕は君に感謝してもし足りないんだ。僕がリズベットと出逢えたことで……あの日の女の子だと気づいたことで、どれだけ救われたか。どれだけ幸せだったか」
僕は素直な気持ちを、マーヤに告げる。
マーヤがいなかったら、僕は『ヴィルヘルム戦記』のとおり暴君になって、ヴィルヘルムの嘘によってリズベットとすれ違ったまま、彼女に殺される運命だったかもしれないのだから。
そんな悲しい結末を、迎えてしまったかもしれないのだから。
「だからマーヤ……君さえよければ、これからも僕の専属侍女として、傍にいてくれないかな。僕とリズベットをつなげてくれた、君にいてほしいんだ」
「あ……本当に、よろしいのでしょうか……?」
「もちろん。これは、リズベット殿も了承してくれているよ」
そう言って、僕はマーヤの手を取り、ニコリ、と微笑みかけた。
「かしこまりました。このマーヤ=ブラント、全身全霊をもって、ルドルフ殿下とリズベット様にお仕えいたします」
「うん。でも、できれば今までどおりに接してくれると嬉しいかな」
昨日までの気安いマーヤのほうが、僕も落ち着くしね。
今のマーヤ、どちらかというと殺伐とした雰囲気だし。
「分かりました。では、そのようにしますね。ということで……」
「うわわわわ!?」
「早く服をお脱ぎになって、お風呂に入ってください!」
いつものように笑顔を見せるマーヤが、強引に僕の服をはぎ取る。
い、いや、いつもどおりってお願いしたのは僕だけど、もう少し気遣いというか、遠慮というものを考えてほしいなあ……。
彼女にされるがままになりながら、僕は苦笑いを浮かべた。
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