覚悟と想い
「……ルドルフ殿下、少々よろしいですかな?」
……ファールクランツ侯爵が、険しい表情で声をかけてきたんだけど。
というか、嫌な予感しかない。
「お父様、ルドルフ殿下は一緒に私をお祝いしてくださっているのです。ご用件があるのでしたら、別の日にしてくださいませ」
「む……」
リズベットに凍えそうなほど冷たい視線を向けられ、侯爵が声を詰まらせる。
多分、彼女も侯爵の用件があまりよろしくないことを察したんだろう。
だけど。
「分かりました」
「っ!? ルドルフ殿下!?」
せっかくリズベットが僕のためを思って断ってくれたけど、先延ばしにしたところで結局は日を改めて侯爵と話をするだけだろうし、それに……彼は、リズベットの父親なんだ。
なら僕は、ちゃんと向き合わないといけない。
他でもない、リズベットの婚約者であるために。
「では、こちらへ」
「はい」
「っ! 私ももちろんご一緒しますから!」
ファールクランツ侯爵の後に続く僕の手を、リズベットは絶対に離さないとばかりに握りしめる。
そんな彼女の気持ちが、僕は何よりも嬉しかった。
そして。
「……ルドルフ殿下、一手お手合わせ願えますでしょうか」
誰もいない殺風景な訓練場に来るなり、ファールクランツ侯爵がそんなことを言ってきた。
ええー……これ、受けないと駄目かな?
大体、ファールクランツ侯爵はバルディック帝国の武の象徴だけあって筋骨隆々だし、木剣で軽く撫でられただけで僕は大怪我してしまいそうなんだけど。
「っ! お父様!」
「リズベット、お前は黙っていなさい」
「っ!? で、ですが……」
ファールクランツ侯爵の有無を言わせない言葉に、さすがのリズベットも何も言えなくなってしまった。
そうか……やっぱり侯爵は、僕が婚約者であることを認めていないんだ。
おそらく、皇帝が無理やりにリズベットを婚約者にしたんだろう。
いくら帝国軍を司る侯爵でも、それを拒否することはできないから。
なら。
「はい。どうぞ、よろしくお願いします」
「ルドルフ殿下! いけません! お父様は、帝国最強と謳われるほどの武人なのですよ!? それにお父様の性格上、絶対に手加減などいたしません! ですから!」
僕の腕をつかみ、必死に訴えるリズベット。
うん、君の言うことは間違っていないし、僕を心配してくれていることはすごくよく分かっているよ。
でも……それでも僕は、手合わせするしかないんだ。
僕が、侯爵に認めてもらうために。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
木剣を受け取り、僕は切っ先を侯爵に向けて構えるけど……いやあ、どうあがいても勝てる気がしない。
というか、威圧感が半端ないんだけど。
なお、リズベットは少し離れた場所で、僕達の様子を固唾を呑んで見守っている。
こうなったら止めることはできないと、理解したみたいだ。
「殿下、好きなように打ち込んでいただいて構いませんぞ。そうですな……剣先がわずかでも私の身体に触れれば、殿下の勝ちといたしましょう」
「あ、あはは……」
なるほど、つまり僕程度がどう攻撃を仕掛けてこようが、かすらせない自信がある、と。
そのとおり過ぎて、苦笑いが零れる。
こうなったら、覚悟を決めて突貫するしかない。
それに触る程度であれば、この僕だってどうにかなるかもしれないからね。
僕は腰を低く構え、後ろ足に体重を乗せると。
「行きます!」
思いきり地面を蹴り、ファールクランツ侯爵目がけて突撃した。
一応、僕だって剣の訓練をしてこなかったわけじゃない。
ただ、誰も教えてはくれなかったので、騎士達の訓練風景を盗み見て素振りの真似をしただけの、独学でしかないけど。
それに、前世はただの村人だったから、荒事なんて無理に決まっているんだ。
だから。
「くうっ!?」
腕を思いきり叩かれ、僕は握りしめていた木剣を地面に落とした。
いてて……やっぱり侯爵は、手加減する気は一切ないみたいだ。
「次です」
「……っ!」
表情も変えず、冷たく言い放つファールクランツ侯爵。
僕は急いで木剣を拾うと。
「やあああああああああああああああッッッ!」
掛け声とともに、木剣を侯爵に打ちつける。
でも、全て侯爵に弾かれ、躱され、いなされ、切っ先をかすらせることすらできない。
「あうっ!?」
「次」
「ぐふっ!?」
「次です」
もう何度、これを繰り返しただろう。
気づけば僕の身体はぼろぼろで、木剣で支えて立っているのがやっとの状態だ。
一方のファールクランツ侯爵は、切っ先を僕の眉間に合わせ、冷たく僕を睨んでいる。
もちろん、汗一つかかず、一切息も乱れずに。
「……こんなものですか」
「っ!」
侯爵の口からふいに放たれた一言に、僕は思わず睨み返した。
今の言葉を、生まれてからこれまで、何度も味わってきた。
僕に何一つ期待していない、突き放すだけの言葉を。
「ああああああああああああああああッッッ!」
ファールクランツ侯爵の耳障りな口を塞ごうと、僕は怒りに任せて突っ込む。
剣術の型だの、姿勢だの、そんなことはお構いなしに。ただ、闇雲に。
僕は……僕は……っ!
今まで味わってきた悔しさも、苦しみも、悲しみも、全部ひっくるめ、鬱屈したどす黒い感情を侯爵に叩きつけた……はずなのに。
――バキッッッ!
「が……は……っ」
僕のほうが叩きつけられ、地面で踏まれた蛙のようになっている。
苦しさでまともに呼吸もできず、口から涎を垂れ流しながら。
「……その程度で、私の愛娘を守れると思っておられるのですか」
は、はは……誰が、誰を守る……だって……?
ああ……そういえば、僕が侯爵と戦っているのは、リズベットの婚約者として認めてもらうため……だったな……。
そんな大切なことを忘れているなんて……僕も、どうかしてるよ。
「ルドルフ殿下!」
見かねたリズベットが、僕の元に駆け寄ってきた。
だけど。
「来るな!」
「ッ!? ですが……ですが、このままでは!」
それを止める僕に、彼女はなおも訴えようとする。
駄目なんだ、リズベット……それじゃ、駄目なんだよ。
僕はこれから先の、暴君になってしまう未来に抗わないといけないんだ。
それだけじゃない。先日の毒殺未遂事件もあり、いつ命を狙われてもおかしくはない。
これまでは、史実どおりなら死なないと分かっていたから安心していたところもあったけど、こうしてリズベットと結ばれて、歴史が変わった以上、死んでしまう未来も想定しないといけない。
もしそんなことになったら、傍にいるリズベットまで危険な目に遭うかもしれないんだ。
その時、誰が彼女を守るんだよ。僕しかいないだろ。
だから……だから、僕は侯爵に勝たないといけないんだ……っ!
「ああああああああああああああッッッ!」
僕は痛みで悲鳴を上げる身体を無理やり奮い立たせ、再び吠える。
侯爵に、一矢報いるために。
ただし、さっきまでの感情に任せてのものじゃない。
これは……リズベットを絶対に守ると決めた、僕の決意だッッッ!
立ち合いを開始した直後の、ほんの数分前と比べ、僕の動きは酷い有様だ。
だけど、今の僕は覚悟が違う。想いが違う。
さあ……躱せるものなら躱してみろ。
その時は、刺し違えてでもオマエの身体に食らいついてやる。
僕は渾身の力を込め、突きを放った。
でも、それはあまりにも遅すぎて、小さな子供でも簡単に躱せてしまう、情けない突きだ。
なのに。
「……私の負け、ですな」
「あは……は……やっ、た……」
木剣の切っ先が侯爵の身体に触れ、微笑む彼の敗北宣言を聞いて、僕は……そのまま意識を失った。
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