二人でダンスを
「……本当に、面倒でした」
ようやく招待客の対応を終え、リズベットが疲れた顔をして僕のところへやってきた。
「そ、その、僕の傍に来てくださるのは嬉しいんですが……」
ここで僕は、リズベットに対して余計な気遣いを見せる。
一緒にいたいのはやまやまだけど、そうしたら彼女まで嫌な思いをしてしまうかもしれないから。
でも。
「……ルドルフ殿下は、婚約者である私と一緒にいるのは嫌ですか……?」
「っ! まさか!」
泣きそうな表情で見つめるリズベットを見て、僕は慌てて否定した。
彼女に迷惑はかけたくないけど、それ以上に、僕のせいで悲しませたくはない。
「なら、どうしてですか……?」
「そ、それは、その……ご存知のとおり、僕はこの国では疎まれておりますから……って!?」
「ルドルフ殿下」
僕は歯に物が挟まったような物言いをして視線を逸らしたら、リズベットは両手で僕の顔を強引に彼女のほうへと向ける。
「殿下の本当のお姿を見ようともせず、ただ皇帝陛下と殿下のお母様との関係だけであなた様を評価するような愚か者のことなど、お気になさる必要はありません。それに」
リズベットが、お互いの鼻先が触れそうになるほど、ずい、と顔を近づけると。
「私のことは、あなた様が見てくださっています。他の有象無象の視線や評価など、この私にとって何の価値がありましょうか」
そう言って、彼女はニコリ、と微笑んだ。
あ、あはは……さすがは『ヴィルヘルム戦記』で暴君のこの僕を暗殺するだけあって、苛烈というか想いが真っ直ぐというか……。
「その……ありがとうございます」
「はい」
僕はそんな彼女の想いが嬉しくて、素直な感謝の言葉を告げた。
その時。
「あ……演奏が始まりました」
「そう、ですね」
まるでダンスをせかすように、ホールに曲が響き渡る。
今日はリズベットが主役なんだ。彼女がダンスを踊らない限り、招待客も踊ることができない。
「……ルドルフ殿下、この私をダンスに誘ってはくださらないのですか?」
アクアマリンの瞳をキラキラさせ、リズベットは僕をジッと見つめる。
「す、すみません……実は僕、ダンスを踊ったことがないんです……」
おかげさまで前世の記憶があるから、一般教養は身に着けているものの、皇宮ではずっと捨て置かれている僕だから、ダンスに限らず文字すらまともに習ったことがない。
何より、この僕と踊ろうと言ってくれる女性なんて、リズベットを除いているわけがない。
……一応、前世では村祭りで到底ダンスとは呼べない踊りなら、踊ったことあるけど。
「ふふ……でしたら、この私が殿下の初めてのお相手ですね」
「わっ!?」
強引に腕を引っ張られ、ホールの中央に連れていかれてしまった。
「ルドルフ殿下、私がリードいたしますので、ご安心くださいませ」
「あ、あはは……」
こうなってしまっては、さすがにもう逃げられない。そんなことをしたら、せっかく僕を選んでくれた彼女に失礼だ。
それに。
「殿下とダンスなんて夢のようです……」
こんなにも喜んでくれるリズベットと踊れるんだ。僕だって、まるで夢みたいな気分だよ。
「さあ、私に合わせてくださいませ。一、二、三。一、二、三」
「一、二、三。一、二、三……」
足元を見ながら、彼女の口ずさむリズムに合わせる。
さすがに彼女の綺麗な足を踏んでしまうわけにはいかないからね。
「殿下、ダンスの時は相手の顔を見るのがマナーですよ?」
「そ、そんなあ……」
リズベットにたしなめられ、僕は思わず情けない声を漏らした。
顔を上げると、少し悪戯っぽい微笑みを浮かべるリズベットの顔があった。
僕は必死になって足を踏まないように、リズベットの綺麗な顔を見つめながら踊る。
そして。
「な、何とか足を踏まずに踊り切ったぞ……!」
彼女と手を繋ぎ、僕は深々とお辞儀をした。
僕に向ける周囲の視線は、皇宮でいつも感じているような蔑んだものだったけど、それでも。
「ふふ! ルドルフ殿下、とても素敵でした!」
こんなに喜んでくれるリズベットが見つめてくれるなら、また踊るのもいいかな。
それまでに、ダンスの練習をしておかないと……だけどね。
ホールの中央から離れる僕達と入れ替わるように、招待客が次々とダンスに興じる。
やっぱり普段から踊り慣れているだけあって、みんな上手だなあ……。
などと呑気なことを考えていると。
「んぐ!?」
「ルドルフ殿下、しっかりと食べないといけませんよ?」
突然、フォークに刺した料理を口の中に入れられ、僕は思わず驚いてしまう。
な、なんというか、リズベットってこんなに面倒見がいいんだっけ……?
まあでも。
「もぐ……うん、美味しい!」
「それはよかったです!」
美味しそうに食べる僕を見て、リズベットが顔を綻ばせた。
あはは、こうやって誰かと一緒に食事することだって、僕には初めての経験だからね。楽しくて仕方ない。
うん……あの時の女の子が……リズベットが傍にいてくれるだけで、こんなにも幸せなんだな……。
「ふふ。殿下、次は野菜です」
「ええー……できればお肉のほうがいいんですが……」
「駄目です。ちゃんとバランスよく食べませんと」
こんなやり取りだって、これまでの僕からすれば夢のようだ。
しかも、全部僕のためを思ってのことなんだから、嬉しいに決まっている。
すると。
「……ルドルフ殿下、少々よろしいですかな?」
……ファールクランツ侯爵が、険しい表情で声をかけてきたんだけど。
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