パーティーのはじまり、僕の決意
「それで、あの日の男の子がルドルフ殿下であると分かり、マーヤにヴィルヘルムへの絶縁状を届けてもらうのと併せ、もう一度確認したのです。私があの時渡したものが、何だったのかを」
「…………………………」
「するとあの男は悩んだ後、『ブローチ』と答えたそうです。これで、あの男が私を騙していたことが確定したのです」
リズベットは全てを話し終え、悔しそうに唇を噛んだ。
そうか……ヴィルヘルムは、僕とリズベットの思い出を利用し、彼女に近づいたんだな。
何故そんなことをしたのかは、考えるまでもない。
あの男は、ファールクランツ侯爵家の軍事力を手に入れたかったんだろう。
実際、『ヴィルヘルム戦記』においても、暴君である僕が暗殺された後、ファールクランツ侯爵家を筆頭とした貴族達の力を借りて、残されたバルディック帝国を打ち滅ぼしたのだから。
……いや、ひょっとしたらリズベットが僕を暗殺したのも、全てはヴィルヘルムの策略だった可能性もある。
「ふふ……こんな愚かな女、ルドルフ殿下も呆れてしまわれましたよね……」
リズベットは、そう言って寂しげに笑った。
おっと……僕が考え込んでいたせいで、ひょっとしたら勘違いさせてしまったかもしれない。
とにかく、色々考えるのは後だ。
それよりも。
「あ……」
「そんなことはありません。全ては、君が大切にしてくれた僕との思い出を、あの男が踏みにじったのが悪いんです。リズベット殿は、決して愚かなどではありません」
彼女の細い手を握り、僕はニコリ、と微笑む。
そうだ、悪いのは全てヴィルヘルム。リズベットはただの被害者だ。
それに、あの男の嘘に気づき、こうして僕を見つけてくれた彼女が、愚かであるはずがない。
「ルドルフ殿下……っ」
「さあ、もうあのような男のことなど、忘れてしまいましょう。今日はあなたの誕生パーティーなのですから」
「はい!」
落ち込んでいた様子から一転、リズベットは咲き誇るような笑顔を見せてくれた。
ジャスミンが一面に咲く、あの庭園で見せた笑顔のように。
すると。
――コン、コン。
「リズベット、お客様が全員お越しくださいましたよ……って、あらあら、お邪魔だったかしら」
「っ!? お母様!」
「あはは!」
手を握る僕とリズベットを交互に見て、彼女の母君が愉快そうに笑う。
照れ隠しで声を上ずらせる彼女が可愛くて、僕も笑ってしまった。
「むう……ルドルフ殿下まで……」
「あはは、すみません。ではまいりましょうか、僕の誰よりも大切な婚約者様」
口を尖らせるリズベットの前に跪き、僕は改めて彼女の手を取った。
「はい……よろしくお願いします。私の誰よりも大切な婚約者様」
◇
「リズベット様、本日はお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
多くの子息令嬢達からの祝辞を、一つ一つ丁寧に返すリズベット。
というか、バルディック帝国の軍部のトップであるファールクランツ侯爵家だけあって、招待客の数もものすごいな。
まあ、そのうちの半分以上は、侯爵に取り入りたい、あるいは取り込みたい貴族達だろうけど。
それに、悲しいかな僕とリズベットが婚約していることは、まだ公表されていない。
あの皇帝にどんな思惑があるのかは分からないけど、僕達のことを伏せなければならない理由があるんだろうね。
最初はリズベットと関わり合いになりたくなかったから、婚約を解消しても面目が立つなんてことを考えていたけど……。
「リズベット嬢……やはり、あなたは誰よりもお美しい……」
「……そうですか」
ああもう……あの子息、少し馴れ馴れしすぎやしないか?
僕との婚約が発表されてさえいれば、あんな悪い虫が彼女の周りに飛び回ることもなかったのに……。
唯一の救いは、そんな男連中に対してリズベットが絶対零度の視線を向けながら塩対応してくれていることだ。
ちなみに僕は今、ホールの壁の花になって、ただリズベットを眺めていますが何か?
一応、僕は第四皇子としてリズベットをエスコートすることはできたけど、婚約が公表されていない以上、僕ができるのはここまでだ。
でも。
「……(ニコリ)」
時折、リズベットがこうして僕を見ては、微笑みかけてくれている。
あはは……出逢った当初は、いかにしてリズベットとの婚約を解消して逃れられるかについてばかり考えていたのに、全てを知った今では、こんなにも傍にいたいと願ってしまう。
でも、逆にこうも考えてしまう。
本当に、帝国にとって邪魔な存在でしかない僕が、このままリズベットと結ばれていいのか、と。
ここに訪れた時のファールクランツ侯爵の態度だって、明らかに僕を毛嫌いしていた。
彼女の母君も、表向きは僕のことを歓迎してくれたけど、本心ではどう思っているか……。
「僕は、どうすれば……」
もちろん僕だって、彼女から離れたくない。
僕の存在を認めてくれるのは……僕を見てくれるのは、彼女しかいないんだ。
「……いっそ、歴史どおり暴君になってみるか……?」
そんな邪な考えが、脳裏をよぎる……って、そんなことは駄目だ。
もし暴君なんかになって、リズベットが幻滅して、僕のことを嫌いになってしまったらどうするんだよ……。
僕はそんな考えを払拭しようと、思いきりかぶりを振った。
そうじゃなく、これからもずっとリズベットと一緒にいられる方法を考えないと。
「……大丈夫、僕ならできる」
そうだ。僕はこの世界の……バルディック帝国の歴史を知っている。
なら、それを活かして僕が歴史を書き換えてやる。
――笑顔のリズベットとずっと一緒にいるという、ささやかで幸せな歴史に。
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